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隻腕の代理王 ―腕一本で国が救えるなら、安いものだ―  作者: ryoma
【第4章:決別と喪失編】

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第22話 包囲網と、響き渡る地下からの合唱

ヴォルカスの決死の情報を飲み込む。

雨は激しさを増し、視界を白く塗り潰していく。

若き新王はゆっくりと馬首を巡らせ、大蔵卿カストルを見据えた。


「カストル殿」


雨音を切り裂く声。


「何かな、新王よ。案内を拒むと?」


カストルは薄く笑っている。

絶対的な権力。張り巡らされた策謀への自負。


「……陛下が会えぬのは、仕方あるまい。先日、ヴォルカス千人長にも同じ対応をして門前で待たせた。……その無礼は、呑み込もう」


カストルの白眉がピクリと動く。

若造の癇癪を予想していたか。

計算が狂う微かな音。


「だが」


声の温度を下げる。研ぎ澄まされた刃のように。


「……兵站に関する日記だか、帳簿だか。北から脱走した兵が言っていた」


カストルの目が細められる。

「帳簿」。

その単語が、周囲の空気を凍りつかせた。


「死に際の遺言だ。『大蔵卿カストルだけは信じるな』と。……唯一それだけ、助言を聞いてな」


瞬間。

老人の顔から、余裕という名の仮面が剥がれ落ちた。


眉が跳ね上がる。

爬虫類めいた瞳の奥。冷酷な計算が、剥き出しの殺意へ変貌する。

獲物を前に鎌首をもたげる毒蛇。

生理的な悪寒が背筋を走る。


だが、即座に能面のような無表情が戻る。


「……脱走兵の世迷言です。保身のための嘘を、聡明な新王陛下が信じているとは思えませんが」


若者は首を振る。


「信じてはいないさ。……だが、疑われるような場所に自ら飛び込むほど、私は愚かではない」


ズキン。

右腕が疼く。

包帯の下、腐った肉と混じり合った呪いが、骨をきしませて警告を発している。

焼けるような熱。

歯の隙間から、熱い息が漏れる。


「……そのままついていくことはできないな」


カストルの声が、絶対零度まで冷え込む。


「……ほう。戯言を真に受け、帝国の法と私の好意に抗うと? 王としては、あまりに幼く、無謀な判断ではありませんかな」


ジャラリ。

背後の常駐軍が一斉に剣に手をかける。

鉄と殺気の音。


一触即発。

だが、若者は引かない。


「我が国でも、ヴォルカスには外で待たせた。礼儀には礼儀を、無礼には無礼を」


傲然と言い放つ。


「第一皇子殿下に、ここに来てもらおうか。……そうだな、外郭の練兵場ででも待たせてもらおう。あそこならば、軍事演習のついでに会見もできよう」


練兵場。

ヴォルカスが告げた「話の通じる将軍」、ベリサリウスの居場所。


若者はカストルの返答を待たず、ヴォルカスを見た。


「ヴォルカス千人長。引き続き案内を任せた。……練兵場へ導け」


決定的な楔。

帝国の指揮系統を無視し、敵国の王が命令を下す。


ヴォルカス千人長の手が震える。

心臓の早鐘が聞こえてきそうだ。

だが、賽は投げられた。


彼はカストルの私兵の包囲網を突き破るように、馬を進めた。


「——道を開けろッ! 陛下をご案内する!」


血を吐くような怒号。

気圧された兵士たちが道を譲りかけ、一斉にカストルを振り返る。

斬り捨てろと命じられれば、泥沼の乱戦だ。


しかし。

カストルは動かない。

雨に濡れる若者の背中を、毒蛇のような粘着質な目で見つめているだけだ。


「帳簿」の中身が公になるリスクか。

あるいは、練兵場に行こうとも、盤面は揺るがないという自信か。


「……よろしい」


氷のような声。


「そこまで仰るなら、練兵場の泥の中で、第一皇子の『慈悲』を待たれるがいい。……後悔なさらぬよう」


許可ではない。宣告だ。


若者は振り返らない。


ドクン、ドクン。

右腕の黒い蔓が、カストルへ向かって激しく脈動する。

骨の髄まで響くノイズ。

この腕は知っている。

目の前の老人が、明確な「敵」であることを。


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