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隻腕の代理王 ―腕一本で国が救えるなら、安いものだ―  作者: ryoma
【第4章:決別と喪失編】

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第21話 練兵場の老兵たちと、帝国の「盾」ベリサリウス

ヴォルカスの決死の抗議と、アラリックの整然たる軍容。

帝都の門が、巨大な蝶番を軋ませて開く。

ギギギギギ……。


しかし、現れたのは歓迎の使者ではない。

ザッ! ザッ!

千人規模の「帝都常駐軍」が、若者たちを包囲する。

威圧的な「死の回廊」。


「……入れ。だが、武装は解いてもらう」


指揮官の冷たい声。


「新王とヴォルカス、数名の従者以外は、外郭の練兵場で待機だ。これは決定事項だ」


若き王は、言葉を遠くで聞いていた。

門を潜った瞬間、右腕の呪いが反応したのだ。

「二重の視界」が激しく明滅する。


現実の帝都。

雨に濡れた白い石畳。天を突く尖塔群。金箔の看板。

圧倒的な繁栄。


影の世界。

帝都の地下全域に張り巡らされた「黒い蔓」。

巨大な血管のように脈打っている。

街路を這い、土台を侵し、都市全体を苗床にするかのように。

そして、すべてが中央の丘、「金剛宮アダマン・パレス」の地下へと収束している。


北の異変は、ここから吸い上げられた結果か、あるいはその逆か。

帝都そのものが、巨大な「黒死病の心臓」になろうとしている。


「……陛下、気分が悪いのですか?」


カイルが小声で馬を寄せる。


「メフィストが変異体のサンプルを調べて『面白いこと』を見つけました。この黒い泥、人間の『野心』や『魔力』に反応して増殖するそうです」


カイルの目が街並みを見渡す。


「……この帝都のような、欲と陰謀が煮詰まった場所は、奴らにとって最高の餌場でしょうね」


リラが竪琴を短く鳴らす。ポロン。


「……聞こえます、陛下」


声が震えている。


「皇帝陛下の宮殿の奥深くから、レオン様の歌っていた歌が……何千人もの合唱となって、響いています」


若者の背筋を冷気が走る。

ヴォルカスが横に並んだ。硬い表情。


「陛下、これから大蔵卿カストル、第一皇子の聴取を受けることになるだろう」


死地へ赴く覚悟。


「……北の真実は通じないかもしれない。俺の命もここまでかもしれんが……俺は、あんたの言葉を信じる」


◇ ◇ ◇


若者は、常駐軍の指揮官を見据えた。


「なぜ罪人のような扱いを受けないといけない?」


静かだが、鞭のように鋭い声。


「貴国の失態の抗議に来た身だぞ? 賓客として迎えるのが礼儀であろう」

「我らは全員でこのまま宮殿へ向かわせていただく」


指揮官を射抜く視線。


「もし分断するというなら、ここまで皇帝を連れてこい」


ピシリ。

場が凍りつく。

小国の王にはあまりに不敬な要求。


「貴様……! 分をわきまえろ! 属国の王風情が!」


指揮官が抜剣する。


「帝都グラディウムだぞ! 貴様の首など――」


若者が一歩進む。

マントの下で脈動する「黒い右腕」を僅かに晒す。

「ヒッ」と兵士たちが後退る。


雨脚が強まる。一触即発の沈黙。


◇ ◇ ◇


沈黙を破ったのは、冷徹な拍手の音だった。


「……素晴らしい」


雨音の中で明瞭に響く。


「小国の若き獅子が、これほどの牙をお持ちとは」


常駐軍が分かれ、黒塗りの馬車が現れる。

降り立ったのは、白髪を整えた老人。

爬虫類のように冷たい目。

大蔵卿カストル。


若者の右腕を、珍しい古美術品のように見つめる。

好奇心、蔑み、微かな狂気。


「新王よ。我が軍の『不手際』という言葉、聞き捨てなりませんな」


氷の刃のような声。


「北の山脈は帝国の内政事項。貴国の領分ではない」

「……ですが、貴殿が『何か』を抑え込んでいるのも事実のようだ。興味深い」


カストルは冷たい笑みを深める。


「よろしい。皇帝陛下には会えぬが、第一皇子殿下がお待ちだ」

「……武装解除は求めまい。だが、宮殿へ行くのは側近と護衛数名のみ。残りは私が責任を持って『賓客の宿舎』へ案内させよう」


目が怪しく光る。


「……これ以上の譲歩は、帝国の法が許しませんぞ」


◇ ◇ ◇


カストルが喋っている間も、「二重の視界」は乱れていた。

カストルの足元から、黒い蔓が地中深くへ根を張っている。

彼自身の血管も、微かに黒ずんで見える。


彼は「知っている」。

あるいは、汚染を「利用」しているのか。


「陛下……あの大蔵卿の足元の地面、雨水が吸い込まれています」


カイルが囁く。


「……地下に空洞がある証拠です。『賓客の宿舎』は、我らを閉じ込める檻でしょう」


アラリックは槍を握りしめ、合図を待つ。

ヴォルカスは唇を噛み締めていた。


「……ヴォルカス」


カストルが呼ぶ。


「貴殿の処遇は後ほど軍事法廷で。今は案内人の義務を果たせ」


宮殿へ続く大路。

びっしりと並ぶ親衛隊。逃げ場のない「歓迎」。


◇ ◇ ◇


若者はヴォルカスに低い声で語りかける。


「ヴォルカス千人長」

「……何だ」


表情を変えないヴォルカス。額を伝うのは冷や汗か。


「帝国の腐った上層部とは無縁の将として、意見を聞きたい」

「『賓客の宿舎』は、行っていい場所か?」


ヴォルカスは唸るように囁き返した。


「……『賓客の宿舎』だと? 笑わせる」

「あそこは『白銀の牢獄』と呼ばれる離宮だ。一度入れば鴉の一羽も出られん。行けば終わるぞ」

「……カストルの奴、陛下を飼い殺すつもりだ」


若者は核心を問う。


「この国で信頼できる上層部、貴殿の上官は誰だ? 信頼はできるのか?」


ヴォルカスの目が揺れる。


「……俺の上官は、かつて『帝国の盾』と呼ばれたベリサリウス大将軍だ」


微かな敬意が滲む。


「今は疎まれ、隠居同然で練兵場の奥に追いやられている」

「だが……あの御方ならば、真の脅威を私欲なく見極めてくれるはずだ。唯一、話が通じる相手だ」


声が震える。


「……陛下、俺の首は既に飛んでいる。力を貸すも何も、この命、最初から陛下に拾われたものだ」


若者は静かに頷いた。


「ならば、この若輩の王に力を貸してくれ。牢獄ではなく、その将軍のもとへ」


ヴォルカスの目に、覚悟の炎が宿った。


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