表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隻腕の代理王 ―腕一本で国が救えるなら、安いものだ―  作者: ryoma
【第2章:狂った忠臣と北の地獄編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/43

第11話 城壁の演説 ~父より託された「宝印」と全権~

城壁の上。

吹き抜ける風には、雨上がりの土の匂いと、鉄錆の気配が混じり合う。

眼下には、黒い甲冑の群れ。

帝国の軍団が、巨大な怪物のように城門を取り囲んでいる。

数百頭の軍馬が吐く白い息が、朝霧のように立ち込めた。


「合図は出た! 公王は死に、城内で反乱が起きた! 我ら帝国軍が盟約に基づき『秩序』を回復するため、これより入城する!」


千人長の怒号。

もはや交渉ではない。武力による恫喝だ。


だが、若き主君は微動だにしなかった。

城壁の最も高い位置。

隻腕の立ち姿は、孤独だが、孤立ではない。


ズキン。

幻肢痛。

失った右腕の断面が、万力で締め上げられるように痛む。

骨の軋む音。

若者はそれを、息を吐くことで逃がす。


「千人長! 聞こえているか!」


若者の声が、軍馬のいななきを貫く。


「目が霞んだか! あの煙は、貴国と通じていた裏切り者が放った『偽りの合図』だ」


千人長の顔が強張る。


「証拠に、父王は今、目を覚まされた。反乱などどこにもない。あるのは、裏切り者の掃討が完了した事実のみだ」


畳み掛ける。


「……それでも『秩序の乱れ』を憂うならば、城内を隅々まで確認しても構わぬぞ」


息を呑む兵たち。


「ただし、一兵たりとも武装して門を潜ることは許さぬ。丸腰で、検分を受ける勇気はあるか? まさか武器がなければ何もできぬ臆病者ではあるまい」


「……何だと?」


千人長が絶句する。

武装解除しての入城は、捕虜同然。

だが拒否すれば、「秩序の回復」が大嘘だと認めることになる。


アラリックは震えるような高揚感を覚えた。

この主君は、「正論」という見えない鎖で、数千の軍勢を縛り付けている。


「先ほどから、王代理である私に向かって『若造』と言い、スパイを送り、誤情報で攻め込もうとし……挙句、確認すらビビって行わない」


若者の声が、氷点下まで冷たくなる。


「いくら小国とはいえ、あまりに無礼すぎるのではないか」


千人長の顔が真っ赤に染まる。震える拳。


「……よって、上層部に確認させていただく。もしこちらからの確認が困るのであれば、一度撤退して自分で説明しに行け」


最後の一手。ジョーカーを叩きつける。


「無理やり攻めてくるというのであれば……我々は教皇国側の国境警備を捨て、この城門のみに全兵力をもって抵抗させていただく」


重苦しい沈黙。

教皇国側の警備放棄。

それは、帝国が攻めあぐねる間に、教皇国に背中を刺させるということだ。

戦争の引き金を引き、泥沼の責任を、この千人長一人に負わせる脅し。


「……おのれ……っ。小国の若造が、これほどの博打を……!」


千人長は、若者の瞳に計算された「本気の狂気」を見た。

この男はやる。国を灰にしてでも、帝国に傷跡を残すつもりだ。


「……全軍、後退! 国境線まで引き上げろ!」


苦渋の決断。

千人長は荒々しく馬首を巡らせた。


「……殿下、必ずや外交官が『挨拶』に伺う。首を洗って待っておれ!」


黒い波が、地響きと共に遠ざかる。

退潮のような光景を、兵たちは信じられない思いで見つめていた。


◇ ◇ ◇


続いて、矛先は広間の聖騎士たちへ。

若き主君は、氷のような視線で彼らを射抜く。


「いつまで武装状態で滞在するつもりだ。問題を起こしたのは貴国だ。一度撤退せよ。居続けるなら武装解除せよ」


教皇国の指揮官は、戦意を喪失していた。

帝国の脅威がない今、戦う大義名分はない。


「……異教徒のような不当な拘束は受け入れぬ。……マルクスの一件は、彼個人の暴走として報告する。……退散だ!」


逃げるように去る聖騎士たち。

その背中は、あまりに惨めだった。


◇ ◇ ◇


敵が消え、重い静寂が戻る。

若き主君は、息つく間もなく父王の寝室へ。


父王エドワード三世は、寝台の上で震えていた。

視線が定まらない。


「……消えたか。だが、奴らはすぐそばにいる」


父王が息子の手首を、縋るように掴む。


「息子よ……。北だ。北の『鉄の山脈』で、古き契約の杭が引き抜かれた」


寝間着を乱暴にはだけさせる。

アラリックは息を呑んだ。

背筋が凍る。


心臓を中心に、あるはずのない「黒い蔓」のような奇怪な紋様が、皮膚の下で脈打っていた。

血管のようであり、植物の根のようでもある。


「……代々隠してきた『血の刻印』が、目覚めてしまった……」


ただの病ではない。

太古の呪い。


若き主君は、静かに、確固たる意志で問う。


「父上。『血の刻印』とは何ですか。……そして、今この場で、私に退位する意思はおありですか」


父王の目が、一瞬だけ正気を取り戻す。

王としての光。


「……賢明だな。お前は私よりも、この『重み』に耐えられるかもしれぬ……」


自らの胸の黒い蔓を、忌々しげに、しかし慈しむように撫でる。


「レムリア公国が、なぜこの『鉄の峡谷』を守り続けてこられたか……。我ら一族が『門番』だからだ」


掠れた声。


「北の地下には、かつて大陸を飲み込もうとした『古き神の残滓』が封印されている。我らの血は、その封印の『杭』なのだ……」


呼吸が乱れる。黒い紋様がドクンと蠢く。


「『血の刻印』は、封印が弱まった証拠。帝国が山を穿ち、教皇国が魔力を吸い上げたせいで、均衡が崩れた……」


父王は、枕元の「公国全権委任の宝印」を手に取った。

鈍色に光る金属の塊。


「息子よ、全権を譲ろう。だがそれは、栄光ある玉座ではなく、逃れられぬ『呪い』を譲るということだ。それでも……この絶望を背負うと言うか?」


若き主君は、一瞬も迷わなかった。


「背負います。父上が守り抜いたものを、私が継ぎます」


父王は微かに微笑んだ。

宝印を息子の手に押し込む。


「これを受け取れ……。そして、民には私が『隠居し、国を託した』と告げよ。クーデターではない……これは、死にゆく門番から、新たな門番への交代だ」


父王は糸が切れたように眠りに落ちた。


若き主君の手の中にある宝印。

それは、かつて感じたどんな剣よりも重く、冷たく。

逃れられぬ未来の重みを湛えていた。


お読みいただきありがとうございます!

もし「面白そう!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、

広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆(投稿)の励みになります!

ブックマークもぜひポチッとお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ