第八話:孤児の描いた肖像画を「醜い」と罵倒したら、「才能を否定しない教育者」と讃えられました。〜私の毒舌、優しい世界では「心の豊かさを教える愛のムチ」らしい〜
アリアは、悪行のネタが尽きかけていることに、焦りと怒りを感じていたとき、アリアは、シスター・ロゼッタの孤児院で開かれる「感謝の絵画教室」へ招待された。
(国家レベルの横領未遂も、国民への侮辱も通用しない。次は、最も純粋な子供たちの心を、芸術という最も繊細な領域で叩き潰してやるしかないわ!)
「感謝の絵画教室」は、孤児たちが、日頃の感謝を込めて『聖女アリアの肖像画』を描くという企画だ。
これを利用して、子供たちの純粋な努力と才能を否定し、彼らの心を傷つけることが、今回のアリアの目的だった。
教室には、年齢も才能もバラバラな子供たちが集まっていた。皆、一生懸命、自分たちの知る「聖女アリア」を色鉛筆やクレヨンで表現している。どの絵も、技術的には拙いが、愛情と尊敬に満ち溢れていた。
(さあ、私の毒舌が炸裂する最高の舞台よ。子供たちの自己肯定感を、根こそぎ破壊してやる!)
絵が完成し、アリアが一人一人の絵を見て回る時間になった。
最初に選んだのは、目立つ才能はないが、真面目に線を描いていた少年、リクトの絵だ。それは、顔のバランスが崩れ、体が不自然に伸びた、お世辞にも上手とは言えない肖像画だった。
アリアは、リクトの絵を掴み上げ、満面の悪意を込めた笑顔で、全員に聞こえるよう、高らかに宣言した。
「リクト。あなたの絵は、醜いわ。見てごらんなさい、私の顔はこんなに歪んでいないし、体もこんなに不格好じゃない。これは見るに堪えない、失敗作ね。さっさと破ってしまいなさい」
周囲の子供たちとロゼッタが、一瞬、息を飲んだ。アリアは、子供が描いた絵を「醜い」と断じたのだ。これで、リクトは傷つき、二度と絵筆を握れなくなるはず。
しかし、リクトは目を輝かせ、その場で立ち上がった。
「アリア様……! ありがとうございます!」
「は、はあ?」
リクトは、感動で肩を震わせながら、両手を胸に当てた。
「アリア様は、私たちが傷つくことを恐れて、あえてご自身の絵を『醜い』と断定するという、究極の謙遜と自己犠牲の愛を示してくださったのですね!」
ロゼッタも優しく微笑みながら、アリアの隣に歩み寄った。
「ええ、リクト。アリア様は、技術的な才能がないことを理由に、誰かの心や努力を否定することは、最も醜い行為だと知っていらっしゃるのです」
ロゼッタは、リクトの絵を優しく指さした。
「だからこそ、『絵なんて、上手いか下手かではない。あなたたちの心が込められていることが、何よりも美しい』という真実を伝えるために、絵の技術的な欠陥を、ご自身の言葉で『醜い』と表現されたのです。これは、我々の慢心を戒める、愛のムチなのですよ!」
(愛のムチ!? 私は純粋に、お前の絵を酷評しただけなのに!技術的な欠陥を指摘しただけなのに!)
周囲の子供たちも、「そうだよね!」「アリア様の心はいつだって一番美しい!」と口々に叫び、リクトに駆け寄った。
リクトは再びアリアに向き直り、尊敬の眼差しで訴えた。
「アリア様! 私、絵の才能がないことを恐れるのは、醜いことだと教わりました! ありがとうございます! これからも、アリア様への愛を込めて、技術なんて気にせず描き続けます!」
アリアの毒舌は、「技術を重視するな、心が大切だ」という、この世界の純粋な価値観を肯定する最高の教えへと変換されてしまったのだ。
その後、アリアは他の子供たちの絵にも「色彩感覚が悪い」「線が雑」といった毒舌を浴びせたが、全て「あなたの個性は誰にも真似できない」「既成概念に囚われるな」という、芸術教育の極意として解釈され、子供たちの絵への情熱を異常なまでに高めてしまった。
絵画教室が終わり、孤児たちは口々に「アリア先生!」「聖女教育者様!」と彼女を讃えた。
アリアは、この世界の純粋さの前に、自分の悪意がまるで無力な泡のようにはじけるのを感じた。
(ダメだ……何をしても、この世界は私を最高の教師にしやがる! 私はもう、何を信じればいいのよ!?)
悪役としての誇りと、この世界に蔓延する善意の波に板挟みになり、アリアの心は激しく揺れる。しかし、彼女はまだ、「優しいアリア」を受け入れる準備ができていない。
(いいえ。私は諦めない。私を教育者にするなら、次はこの世界で最も聖なる概念を、最も下劣な手段で汚してやるわ!)
アリアは、次なる悪行の準備を始める。その横顔は、悪役に執着するが故に、どこか健気な孤独を漂わせていた。




