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悪事を働くたび、私は聖女に祭り上げられる。〜性悪だった私が転生したのは、悪の概念がない「優しい世界」でした〜  作者: かわうそくん


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第三話:困った人の相談を「冷たく無視」したのに、「沈黙の美徳」として崇拝されました。〜私の無関心、優しい世界では「自己解決を促す叡智」らしい〜

二度にわたる「悪行」の失敗は、アリアの闘志をより一層燃え上がらせた。屋敷の人間や街の人々への干渉は、すべて彼らの過剰な善意によって裏目に出る。


(もうわかったわ。この世界の人間は、言葉や行動の裏を、勝手に最高の善意として解釈する。なら、何も言わない、何もしない、無関心でいるという究極の悪意を試すしかないわ!)


悪意を抱いたまま、他者を徹底的に無視する。これほど性悪で、人を傷つける行動はないだろう。


次の日、アリアは屋敷の庭にある東屋で、わざと難しい顔をして本を読んでいるフリをした。そこへ、最近この屋敷で働き始めたばかりの若い庭師、ローレンがやってきた。


ローレンは、真面目だが少し引っ込み思案な青年で、庭の手入れに関して何か悩んでいるようだった。


「あ、アリア様……」


ローレンは恐る恐る、アリアの前に進み出た。彼の顔は不安と疲労に満ちている。これは絶好の機会だ。困っている人間に、決定的な冷遇を与える。


「申し訳ありません。お邪魔ではないでしょうか……。実は、庭の噴水周りの花壇のことで、少しお伺いしたいことがありまして。どうしても上手くいかなくて……」


ローレンは、自分の悩みを話し始めた。噴水の水しぶきが強すぎて、噴水周りの道が水浸しになっている。彼は技術的な問題で、誰かにアドバイスを求めているのだ。


アリアは、ローレンの訴えを一言一句すべて聞き流し、手元の本から一度も視線を上げなかった。そして、返事の代わりに、わざと「チッ」と舌打ちに似た小さな音を鳴らした。これは、「面倒だから話しかけるな」という明確な拒絶の意思表示だ。


ローレンの言葉が途切れる。周囲は静寂に包まれた。


(どうよ? この露骨な無視、この冷淡さ! さすがに、これにまで『優しさ』を見出すことはできないでしょう?)


私の計算では、ローレンは傷つき、自分の無能さを恥じて、自信を完全に失うはずだった。


しかし、ローレンは再び、ゆっくりと口を開いた。彼の声は、今度は自信に満ち、敬愛の念が溢れていた。


「……あ、ありがとうございます、アリア様!」


「は?」


アリアは思わず本から目を上げた。ローレンは、まるで悟りを開いたかのような、晴れやかな笑顔を浮かべている。


「やはり、アリア様は聖女様でいらっしゃいました! 私の悩みは、アリア様の『沈黙の美徳』によって、全て解決いたしました!」


(沈黙の美徳? 何言ってんのコイツ!)


ローレンは興奮気味に続けた。


「アリア様は、私の稚拙な質問に、あえて何もお答えにならなかった。そして、『チッ』という短い音で、私に気付きを促されたのですね! 『他者の助言に頼るな。自らの力で解決策を見つけなさい』と!」


彼は熱弁する。


「私、アリア様のお心を見習い、もう一度自分で考えてみました。そして気づいたのです! 噴水の水しぶきが多すぎるのなら、周りに背の高い花を植えて、水しぶきから守るという、抜本的な解決策を! これこそ、アリア様が私に求めていらっしゃった『自己解決を促す叡智』! 凡庸な私では、言われなければ気づけませんでした!」


ローレンは感極まり、その場で深く、深くお辞儀をした。


「アリア様! 私の成長を願い、あえて突き放してくださる、その健気な冷たさに、心より感謝申し上げます! あなた様は、真の教育者でございます!」


「教育者ですって……!? 私はただ、お前をシカトしただけだろ!」


私が何も言えないでいるうちに、ローレンは感謝の言葉を何度も口にして、スキップでもしそうな軽快な足取りで、解決策を実行するために庭へと戻っていった。彼の背中は、自信と喜びに満ちていた。


(嘘でしょ……。冷たい無視が、人の自立を促す『叡智』だと? 究極の無関心が、最高の『教育』として受け取られるなんて……!)


アリアは、持っていた本を思わず地面に叩きつけた。


私の「悪意」は、この世界の「善意」のフィルタを通り抜けることができない。まるで、私が放った黒いインクが、彼らの純粋な心に触れると、途端に眩い白に変わってしまうようだ。


昨日までの罪悪感とはまた違う、ゾッとするような感覚が私の背筋を走った。


(私は、この世界で、永遠に『善行』を強制されるの……? 誰も傷つけられないなんて、拷問だわ!)


その夜、アリアはベッドの中で、誰も知らない涙を流した。泣いている理由は、自分の無力さと、悪役になれないことへの悔しさ、そして――自分の悪意が、図らずもローレンを成長させてしまったという、微かな「人の役に立ってしまった」という罪悪感からだった。


彼女の流す涙は、明日もまた、この世界のどこかで「聖女アリアの、人知れぬ苦悩」として、健気な美談に変わってしまうことだろう。

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