第十六話:偽善と極悪の決別。〜私の孤独な勝利、ルナへの「成長の贈り物」らしい〜
王立慈善基金の宝物殿での出来事以来、ルナの焦燥は限界に達していた。アリアの「悪役の魂」は、ルナの計算し尽くされた「支配の魔力」すらも、世界の浄化エネルギーに変換してしまうのだ。
(あの女の悪役としての執念こそが、この世界のシステムを維持する「究極の清浄剤」になっているなんて。このままでは、私がどんなに巧妙な支配計画を立てても、アリアの邪な嫉妬が全て愛の献身として機能し、私を聖女として祀り上げるだけだわ!)
ルナは、一旦この場を離れ、アリアの「悪役の魂」に対抗できる、新たな支配手段を見つける必要があると決断した。
そして、ルナは、アリアへの最後の嫌がらせを仕掛けることを思いついた。それは、アリアの評判を、もはや聖女という枠すら超える領域まで押し上げ、二度と悪役に戻れない「究極の善意の檻」に閉じ込めることだった。
翌日、ルナは王城にて、王族や教会の重鎮、そしてもちろんアリア本人の前で、帰郷の挨拶を述べた。
ルナは、これまでで最も悲痛で、感動的な涙を流しながら、頭を下げた。
「皆様……私は、故郷に帰ります。アリア様から賜った偉大なる教えを胸に、故郷の貧しい人々のためにも、さらなる自己犠牲の奉仕を捧げたいのです」
周囲の者たちは、ルナの健気な奉仕の精神に感動し、涙した。そして、ルナは、主役であるアリアに向き直った。
ルナは、アリアの手を優しく、しかし冷たい憎悪を込めて握りしめ、周囲に聞こえる最大の声で、究極の嘘を口にした。
「アリア様。私に悪意を教えてくださって、本当にありがとうございます」
アリアは、その言葉に思わず目を見開いた。
(この女…! 最後の最後に、私の悪役の魂を肯定しやがった!)
ルナは、言葉を続けた。
「アリア様は、私のような未熟な聖女が、この平和な世界で慢心しないように、あえて『悪意』という存在しない概念を演じ、私に『常に謙虚でいなければならない』という、最大の試練を与えてくださったのですね」
そして、ルナは、アリアの目だけを見て、口パクで「さようなら、浄化装置さん」と囁いた後、声を張り上げた。
「皆様! アリア様の愛の深さは、私が想像する遥か上にあります! 彼女は、世界全体の愛を完成させるために、自らが悪役という『憎まれる役』を引き受けるという、究極の自己犠牲を毎日演じておられるのです!」
「アリア様こそ、世界の愛の形を完成させる、真の『創世の聖女』です! どうか皆様、これからもアリア様の孤独な献身を、最大限の愛で包んであげてください!」
ルナの最後の「告発」は、アリアのこれまでの全ての「悪行」に対する、完璧な総括だった。
「悪役を演じる自己犠牲」という、この世界では誰も考えつかない、究極の美徳。
周囲の感動は、もはや涙腺の崩壊どころではなかった。王は立ち上がり、教会の最高神官はアリアの足元に跪いた。
「『創世の聖女』……! そうだ、アリア様は、愛の形を完成させるために、孤独な悪役という茨の道を、健気に選ばばれたのだ!」
「我々は、アリア様の孤独な献身を、ただ感謝するだけでなく、神話として永遠に語り継ぐべきだ!」
アリアは、ルナが仕掛けた究極の嫌がらせの前に、全身から力が抜けていくのを感じた。
(嘘よ……! 「悪役を演じる」なんて、私が一番言われたくない真実なのに!この女は、私が悪役を諦めていないことを理由に、私を二度と抜け出せない『聖女の座』に固定しやがった!)
ルナは、アリアの顔に浮かんだ絶望と悔しさを見て、最高の勝利の笑みを浮かべた。ルナにとって、アリアを殺すよりも、悪役としての存在意義を完全に奪い、永遠に善行を強制することこそが、最大の復讐だったのだ。
「さあ、アリア様。頑張ってくださいね。永遠に、世界から愛され続けるという、最も過酷な試練を」
ルナは、そう心の中で別れを告げ、笑顔で去っていった。アリアの「悪役の努力」は、ルナという真の悪意を退けたが、その代償として、「創世の聖女」という、究極の善の烙印を押されてしまったのだった。




