第十五話:世界の「悪意の再発」を防げ。〜私の邪な目的、世界の救済という「偽善」らしい〜
「優しさ合戦」という美談によって、ルナはアリアの告発を乗り切り、その信頼を確固たるものにした。アリアは、ルナの極悪な支配計画が、着々と進行しているのを肌で感じていた。
(あの女の目的は、この国を崩壊させることじゃない。支配よ。そして、この世界の人間を支配下に置くには、『悪意』の概念を完全復活させる必要はない。『敵意』、たったそれだけで十分だわ)
アリアは、ルナが図書館で調べていた古代の文献の断片を思い出していた。初代聖女が封印したのは、憎悪、嫉妬、裏切りといった複雑な悪意であり、「単純な敵意」は、世界から完全に消滅したわけではなく、『清浄な眠り』についている状態だと記されていた。
ルナは、その「単純な敵意」を再発させることで、自分に都合の悪い存在(王族、教会、あるいはアリア自身)に、国民の単純な「敵対心」を向けさせ、混乱に乗じて支配権を握ろうとしているのだ。
アリアは、ルナが次に狙う場所が、王族の権威の象徴であり、最も国民が信頼する場所である『王立慈善基金の宝物殿』だと推測した。ルナは、そこに保管されている「初代聖女の記念メダル」を使って、国民の心に眠る敵意を刺激するつもりなのだ。
夜。アリアは再び忍びの装束を纏い、王立慈善基金の宝物殿へと向かった。ルナの計画を阻止するため、記念メダルを先に盗み出し、破壊することがアリアの目的だった。
宝物殿には、ルナの姿はまだなかった。アリアはメダルの前に立ち、躊躇なくそれを掴み取った。
その時、宝物殿の扉が開き、ルナが、護衛の兵士たちと共に現れた。
「あら、アリア様。やはりいらっしゃいましたか」
ルナは、天使のような笑顔を浮かべたまま、冷たい視線をアリアに突き刺した。
「あなたに私の計画を邪魔させるわけにはいきませんわ」
護衛の兵士たちは、アリアの姿を見て驚いた。ルナはすかさず、彼らに向かって計算された、しかし悲痛な嘘を囁いた。
「皆様! アリア様は、私を過度に心配して、古代の呪具であるこのメダルを、ご自身の危険を顧みず破壊しようとしてくださっているのです!」
ルナは、持っていた偽の記録文書を兵士に見せた。そこには、「このメダルには、古代の呪いが潜んでおり、触れた者に一時的な精神錯乱をもたらす」と書かれていた。
「アリア様は、私たちがこのメダルを恐れるのを嫌がり、国民への愛から、一人で呪いを引き受けようとしていたのです! 今、アリア様は呪いによって、心を乱されているだけなのです!」
兵士たちは、ルナの言葉に騙され、アリアに向かって同情の眼差しを向けた。
「アリア様! ご自分の心身を犠牲にしないでください! なんと健気な……!」
「ルナ様! アリア様を一人にしないでください! 聖女同士、協力して呪いに立ち向かうのです!」
ルナは、その言葉を待っていたかのように、演技がかった涙を流しながらアリアに駆け寄った。
「アリア様! 私は、あなた様を一人でこの危険な道に進ませるわけにはいきません! 私も一緒に呪いを引き受けます!」
そして、ルナは、アリアの持つメダルに両手を重ねた。
ルナの狙いは、メダルの力を使ってアリアの憎悪を増幅させ、その悪意を媒介に「敵意」を再発させることだ。しかし、アリアの強烈な「悪役の魂」と「邪な嫉妬」は、ルナの計画を逆手にとった。
メダルに触れたアリアは、ルナの極悪な企みを全て察知した。アリアの脳裏に浮かんだのは、「この女に、私の遊び場を壊させてたまるか」という、極めて邪な動機だった。
その瞬間、アリアの「悪役の力」と、ルナの「支配の魔力」がメダルを介して激しく衝突した。
キン!という、清浄な金属音が宝物殿に響き渡った。
メダルは、敵意を再発させるどころか、アリアの憎悪エネルギーを吸い込み、聖女の力によって浄化されてしまったのだ。メダルは、以前よりも温かく、清らかな光を放ち始めた。
ルナは、信じられないという表情でアリアを見た。
(な、なぜ!? 私の支配の魔力が、「慈愛」に変換された!? あの女の憎悪の力が、世界を守る「防壁」として機能しただと!?)
ルナの計画は、アリアの「悪役の魂」という、最も邪悪で、同時に最も純粋なエネルギーによって阻止されてしまった。
アリアは、ルナを睨みつけ、心の中で叫んだ。
(ざまあみろ、偽善者! あんたの支配なんて、私の悪役のプライドの前では、無価値なのよ!)
しかし、この光景は、兵士たちの目には、「二人の聖女が協力して、古代の呪いを打ち破った、愛と献身の儀式」として映っていた。
「ああ! ルナ様の愛の協力と、アリア様の健気な覚悟が、メダルを清浄化させた!」
「お二人は、互いを高め合う、真の世界の守護者だ!」
アリアは、「悪意の再発」という最悪の事態を防ぎ、世界の清浄化を深めるという、最大の善行を、「自分の遊び場を守る」という最も邪な動機で成し遂げてしまったのだ。
ルナは、アリアの「悪役の努力」が、世界の防壁となっていることを悟り、アリアを排除する最終手段を決意するのだった。




