第十一話:聖女、自らの「悪意」を証明するため、世界の「悪意の封印」に挑む。〜私の破壊工作、世界の清浄をもたらす「創世の儀式」らしい〜③
聖域の泉で、「悪意の再誕」の儀式(指を傷つけ血を流す)を敢行したアリアは、結果として「血の誓約」を果たし、聖女としての地位と世界の清浄を究極的に強化してしまった。
(私の悪意は、もう、この世界では存在そのものが許されない……。肉体的な行動も、呪詛も、血までもが、最高の善行に変換されるなんて!)
泉の前で、神官たちの熱狂的な祈りに包まれながら、アリアは絶望していた。悪役としての道は完全に閉ざされた。
しかし、悪役としての誇りを捨てることはできない。彼女に残された、この世界への最後の抵抗は、精神的な破壊だった。
(この世界が、私の言葉をどう解釈しようと関係ない。私は、聖女の口から、世界が滅亡する、絶対的な『絶望の預言』を吐き出してやる!そして、希望に満ちた彼らの心を、根源から打ち砕いてやる!)
アリアは、まだ祈りを捧げている神官たちの前に立ち上がった。その顔は、極度の疲労と、悪役としての最後の執念が入り混じった、壮絶な表情をしていた。
筆頭魔術師は、アリアの前にひれ伏しながら、声を張り上げた。
「おお、聖女様が立たれた! 血の誓約を終え、我らに聖なるお言葉を賜るおつもりだ! 皆の者、心して聞くように!」
全神官と警備員が一斉に沈黙し、アリアに注目した。アリアは、泉の光を背負いながら、最大限の憎悪と絶望を込めて、声を張り上げた。
「静かにしなさい! 貴方たちに、絶望的な真実を教えてあげるわ! 私が泉で見たのは、破滅よ! この世界は、すぐに闇に飲まれて滅亡する!」
アリアは、目を見開いて続けた。
「貴方たちの平和と努力は無駄! どんなに希望を口にしても、全て無意味になる! 貴方たちに救いは無い!」
アリアの絶叫は、洞窟の中にこだました。神官たちは、その言葉を聞き、顔を上げた。彼らの表情は、絶望ではなかった。
彼らは、喜びと確信に満ちていた。
筆頭魔術師が、感動に打ち震える声で、泉に向かって叫んだ。
「ああ、なんと優しく、深遠なる預言! 聖女様は、私たちの慢心を心から案じていらっしゃる!」
「『闇に飲まれて滅亡する』とは、今の小さな幸福に胡坐をかくな、という厳しくも優しい忠告なのだ! 我々が感謝の心を忘れた瞬間に、平和は音を立てて崩れる、という教訓を、命懸けで伝えてくださった!」
「『平和と努力は無駄』とは、結果を求めるのではなく、努力し、愛し合う過程そのものにこそ、真の価値があるという、精神的な豊かさを教える、最高の訓示だ!」
神官たちが、口々にアリアの預言を解釈し、その深遠な愛に涙する。
「『救いは無い』とは、安易な他者依存を戒め、自らの手で未来を築け、という、自立を促す、健気なメッセージだ!」
アリアの、世界への憎悪を込めた「絶望の預言」は、完全に「国民への愛と、自立を促す希望のメッセージ」として機能してしまったのである。
そして、その「預言」は、聖域から瞬く間に王都へ広がり、国民は「聖女アリア様の愛の預言だ!」と、これまでの悪行(善行)以上に彼女を讃え始めた。この預言により、人々は慢心を捨て、より一層感謝し、助け合うようになった。
悪役としての最後の試みも、世界に希望と団結をもたらすという、最も皮肉な結末を迎えた。
アリアは、泉の前で、自分の存在が完全にこの世界の「善」の歯車の一部として組み込まれてしまったことを悟った。自分の悪意は、もはや世界をより良くするための燃料にしかならない。
彼女は、静かに、そして激しく、涙を流した。
それは、悪役としての敗北に対する悔しさの涙だった。 だが同時に、自分の悪意が、図らずも多くの人々に幸福と希望を与えてしまったという、強烈な罪悪感の涙でもあった。
(私は……私は、悪役になりたかっただけなのに……! なんで、この身体は。こんなにも……優しい涙が止まらないのよ……!)
アリアは、世界を救ってしまったという重い事実と、その結果として芽生えた「人々の幸福への貢献」という名の罪悪感を抱きながら、聖域の丘を後にした。
彼女はまだ、優しさに目覚めたわけではない。しかし、彼女の魂に刻まれた「悪役の道」は、もはや「健気な聖女の道」と表裏一体となってしまったのである。




