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妖精のまる  作者: たかし
3/11

第3話 黒い靄の来訪

――ガチャリ。


部屋のドアが、ゆっくりと軋みをあげながら開いた。

その隙間から、冷たい風が吹き込む。だが風だけではなかった。黒いもやもやとした靄が、まるで意志を持つ生き物のように、じわじわと室内に流れ込んできたのだ。


春の背筋が一瞬で凍りついた。


(な、なんだ……あれは……!)


全身に鳥肌が立つ。足の裏から頭のてっぺんまで冷たいものが駆け上がり、体が石のように固まった。目の前の黒い靄は、ただの煙ではない。どす黒い影が集まって渦を巻き、人の形に近づいていく。まるで化け物が実体化していくような、得体の知れない不気味さ。


「ひっ……!」


思わず声が漏れる。春は情けないほど小さな悲鳴を上げ、尻もちをつきそうになった。心臓が喉元で暴れ、手が勝手に震える。


そんな春の横で、まるは一歩も動じなかった。まるは春より手のひらサイズな少女に見えるが、その目は不思議な静けさを湛えている。


「……もう来てしまったのか」


落ち着き払った声で、まるは呟いた。


春は慌てて彼女に問いかける。

「ま、まる! あれは何なんだよ!? モンスターか!? それとも……」


「違うよ、春。あれは、この世界でいう“宅配便”なんだ」


「……た、宅配便?」


意味が分からず、春は口をぱくぱくさせる。こんな恐ろしい存在が“宅配便”などと呼ばれるはずがない。だが、まるは真剣な顔でうなずいた。


黒い靄の化け物は、ゆらりと姿を揺らすと、ゆっくりと春とまるの前に立ちはだかった。ゴウッと低い音が室内を満たし、空気が重く沈む。だが襲いかかる気配はない。ただ、その手のような影が何かを抱えている。


「受け取ろう、春」


まるが一歩前に出ると、黒い靄はぐにゃりと形を変え、影の腕から“それ”を差し出した。


――金色に輝く大きな鍵。


春は目を疑った。

「……お、おい、これ……!」


「そう。王様が使っていそうな特別な鍵だね」


光を放ちながら、まるで命を宿しているかのように脈打つ鍵。その存在感は圧倒的で、ただ見ているだけで胸が締めつけられる。


まるは両手でそれを受け取ると、深く息を吐いた。

「これが、次の扉を開くためのもの」


春は混乱していた。

宅配便? 鍵? 化け物? 理解が追いつかない。だが、まるは春にその金色の鍵を差し出した。


「受け取って。これは君のものだから」


春は反射的に後ずさった。

「ちょ、ちょっと待てよ! なんで俺が!? そもそも、あんな化け物が運んできたモノを……!」


「大丈夫。あの靄は敵じゃない。ただの配達人。怖がる必要はないよ」


まるの穏やかな声に押され、春はおそるおそる手を伸ばす。冷たく震える指先が、金色の鍵に触れた瞬間――温かな光が春の手を包んだ。


(……あったかい?)


不思議な安堵感が心に広がる。さっきまで全身を支配していた恐怖が、すうっと溶けていく。


「春」

まるが真剣な目で見つめる。

「この鍵は、君の役割を示している。まだ分からないことが多いと思う。でも、君が受け取らなければならないものなんだ」


春は言葉を失った。頭の中は混乱の渦。それでも、鍵を放り投げる気にはならなかった。


――そのとき。


黒い靄の化け物が、ふっとかき消えるように消滅した。部屋の中は静寂に戻り、重苦しい空気も嘘のように晴れた。


春は呆然と玄関を見つめる。まるは鍵を見つめながら、小さく微笑んだ。

「……これで準備は整った」


「準備……? 何の?」


春が問い返すと、まるはにやりと笑った。その顔は、今まで見せたことのない自信に満ちあふれている。


「せっかくだから、ちょっと私の“力”を見せてあげる」


そう言うやいなや、まるの体を淡い光が包み込んだ。髪が宙に浮き、瞳の奥が金色に輝く。部屋の空気が一変し、まるを中心に風が巻き起こる。


春は思わず後ずさった。

「な、なんだよ……まる、お前……!」


にっこりと笑うまる。

「驚かないでね」


その瞬間、春の視界がまばゆい光に覆われた――。


――つづく。



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