第2話:信じるということ
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春はまだ半信半疑だった。あの奇妙な生き物――妖精のまる――が本当に存在するのか、自分の目を疑わずにはいられなかった。ドラム缶の中で過ごす朝、目覚めて最初に感じたのは、あの小さな羽の光景だった。光を放つ小さな生き物が、ただそこにいる。それだけで、頭の中はぐちゃぐちゃに絡まっていた。「まだ、信じられないの?」まるは言う。
「本当に…君は存在するのか?」春は自分に問いかけるように、しかし声には迷いが混じった。まるは楽しそうに羽をはばたかせ、くるくると春の周りを舞う。
「えへへ、もちろんよ!春くんのおかげで現れたんだから!」
その元気な声は、春の重たい心のどこかに突き刺さる。信用できない。だが、否応なしに自分の世界に入り込んできたこの存在にやはり、春は戸惑うしかなかった。
春は結論を出す前に、インターネットで調べてみようと決めた。スマートフォンを手に取り、「妖精」「現れる」「光」などのキーワードを打ち込む。だが、どのサイトにもまるの情報は載っていなかった。現れるのは春の目の前だけ――まるはこの世界に「公認」されていない存在だったのだ。
「うーん…やっぱり、君は誰も知らないんだな」春は眉間に皺を寄せる。頭の中は整理がつかない。現実と幻想の境界線がぼやけていく感覚。まるはそんな春の顔を見て、首をかしげた。
「どうしたの?困ってる?」
「いや…いやいや…困ってるっていうか…」春は言葉を探す。「いや、存在を認めるけど…ちょっと、危ないこと思いついちゃったんだ」
その瞬間、春の頭に閃いた考え――まるをSNSにさらせば話題になるかもしれない、金にもなるかもしれない、という現実的な発想。しかし、その思いつきは同時に恐怖も伴った。もし本当に妖精が現実に存在したら、どうなるのか。春は一歩引いてまるを見つめた。
「え?なにそれ…!」まるは驚いて、額から小さな光線を放つ。瞬間、春はその光に当たり、目の前が真っ白に染まった。倒れ込み、意識がぼんやりと混ざり合う。悪夢を見たような感覚、体の中に震える感覚。心臓が早鐘のように打つ。
「大丈夫?春くん!」まるの声が遠くから聞こえる。春は必死に目を開ける。倒れていた自分の体を起こし、深呼吸を繰り返す。夢だったのか、それとも現実か。答えはわからない。ただ、あの小さな光の刺激が、頭の中に何かを残したことだけは確かだった。
「ど、どんな夢だった?」まるは優しく問いかける。
春は言葉に詰まった。口には出せないほど、危険で、理解しがたい光景が頭をよぎる。
「いや…やばいやつ…だ…」春は震える声で答えた。
まるは顔をしかめる。「やばいやつ…?うーん、なんだろう…」首をかしげ、春の表情を見つめる。その純粋な瞳は、春に何かを問いかけているようで、逆に春の心をかき乱した。
二人はしばらく無言で対峙していたが、やがて春は自分の気持ちを整理し始めた。まるはただの存在ではない。いや、存在していること自体が問題なのではなく、自分と共にいることが重要なのだ。友達になるとか、信じるとか、そんな単純な言葉では括れない。だが、一緒にいる価値はあると、春は徐々に思い始める。
「…わかった。一緒に暮らすことにしよう」春は低くつぶやく。
まるは跳ねるように喜び、羽を広げて春に飛びついた。「やったー!嬉しい!」
春は思わず苦笑する。混乱しながらも、少しだけ心が軽くなる。これから、どんな日々が待っているのかはわからない。ただ、目の前にいるこの小さな存在と、自分の生活が交わることだけは確かだった。
春はそっとまるを見つめる。小さな妖精の存在が、少しずつ、しかし確実に自分の孤独を溶かしていくのを感じた。信じること、受け入れること。それは、思ったよりも難しく、しかし、思ったよりも温かいことだった。
そして、部屋のドアが開いた‥




