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義賊、草原を駆ける!~人助けを続けていたら、いつの間にか祭り上げられていく俺の英雄伝説~  作者: 塩野さち


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第7話 緊急会議

【リオンハルト・ルクス・ルミナリア視点】


 わし、リオンハルト・ルクス・ルミナリアは、玉座の間で退屈な報告書に目を通していた。

 西の州で起きた小競り合い、南の港での税収の微増……どれもこれも、このルミナリア王国という巨大な生き物の、日々のささやかな営みに過ぎない。

 だが、その日の午後に側近中の側近であるバルドゥス将軍がもたらした報告は、わしの退屈を一瞬で吹き飛ばすに足るものだった。


「陛下。例の男、『草原の王』カイについて、緊急にご報告すべき儀がございます」


 バルドゥスは、百戦錬磨の老将軍にふさわしい、厳格な表情でそう切り出した。


「カイ、か。あの男がどうかしたか」


 一年ほど前、娘のセレスティアを馬賊から救ったという、あの風のような遊牧民の青年。物怖じしないその瞳と、金や名誉に一切興味を示さぬ在り方が、妙にわしの記憶に残っている。

 わしが冗談半分で与えた『草原の王』という称号。それが、どうやらただの冗談では済まなくなっているらしい。


「はっ。カイの拠点――彼らはそこを『ハルハ』と呼んでいるようですが――その規模が、この一年で驚くべき速さで拡大しております。当初は数十人程度だったものが、今や百を超えるパオが立ち並び、五百人以上が暮らす巨大な集落へと変貌。もはや、王国の西の国境に、新たな街が一つ生まれたのも同然でございます」


 ほう。五百人、か。

 わしは內心の驚きを悟られぬよう、努めて冷静に報告の続きを促した。

 バルドゥスの報告は、軍事的な側面に留まらなかった。入れ替わるようにして進み出た財務官は、さらに由々しき問題を口にした。


「陛下、西部の村々からの税収が、この半年で三割近くも減少しております。調査によりますと、村人たちは収穫物の一部を、カイへの感謝のしるしとして自主的に『献上』しているとのこと。彼らにとっては、王国の騎士団よりも、カイとその仲間たちの方が、よほど頼れる守り手だと認識されているようで……」

「なんと……」


 玉座の間に、どよめきが走る。民が、王家よりも一介の遊牧民を頼りにしている。それは、国家の根幹を揺るがしかねない事態だ。

 報告は、まだ終わらない。


「加えて、カイの草原を通過する商人たちは、王国の法で定められた関税とは別に、カイの定めたルールに従い、自主的に『通行料』のようなものを支払っている模様。しかし、それによって街道の治安は劇的に改善。結果として、王国西部との交易量は、昨年比で二倍近くに増加しているという、皮肉な状況にございます」


(面白い……! 面白いぞ、カイよ! だが、これはもはや単なる余興では済まされん。あの男は、使い方次第で我が国をさらに大きく飛躍させることも、あるいは……破滅させることもできる、危険な駒よ)


 わしは湧き上がる感情を、玉座の肘掛けを強く握ることで押さえつけた。

 わしが与えたのは、主のいない空っぽの草原だけ。だというのに、あの男は、わずか一年でそこに人を集め、秩序を作り、経済を回している。

 わしの冗談が、本物の『王』を、このルミナリアのすぐ隣に生み出してしまったというのか。


「……バルドゥス。主要な大臣、将軍をすべて評議の間に集めよ。緊急会議を開く」

「ははっ!」

「それから、セレスティアも呼べ。すべての始まりは、あの娘だ。意見を聞かねばなるまい」


 数刻後、王城の評議の間には、王国の重臣たちが顔を揃えていた。円卓を囲む彼らの表情は、一様に硬い。末席には、少し緊張した面持ちのセレスティアも座っている。

 バルドゥス将軍が現状を説明し終えると、すぐに激しい議論の火蓋が切られた。

 ガタン! と大きな音を立て、バルドゥスが椅子を蹴って立ち上がった。


「カイの存在は、もはや看過できませぬ! 国境に非公式な武力集団が居座るなど、国家の恥! 陛下、ただちに討伐軍を編成し、芽を摘み取るべきです!」


 拳を机に叩きつけ、血管を浮き上がらせて叫ぶバルドゥスに対し、財務官はふん、と鼻で笑い、冷笑を浮かべた。


「将軍、お待ちくだされ。血気にはやるのは若者の特権ですぞ。彼を敵に回すのは得策ではありますまい。彼のおかげで西方の交易路が安定し、国が潤っているのもまた事実。下手に手を出せば、経済が混乱する恐れがございます」

「しかし、民の忠誠がカイに移りつつあるのだぞ! それを放置せよと申すか!」

「ならば、彼を王国の体制に組み込む道を模索すべきでは? 例えば、辺境伯の地位を与えて正式に臣下とするなど……」

「遊牧民風情に貴族の位を!? 正気か貴様は!」


 議論は、完全に二つに割れた。カイを『脅威』とみなし排除しようとする者と、『有益な存在』として懐柔しようとする者。どちらの言い分にも、一理ある。


 しばらく彼らの醜い言い争いを黙って聞いていたわしは、やがてゆっくりと口を開いた。


「セレスティア。其方の意見を聞こう」


 皆の視線が、一斉に娘に集まる。

 セレスティアは一瞬息を呑み、静かに目を伏せた。


(焚き火の明かりに照らされ、無心に羊肉を頬張っていた、あの飾らない笑顔が脳裏をよぎる……)


 娘は小さく息を吸うと、再び顔を上げ、凛とした声で答えた。


「はい、お父様。わたくしがカイと旅をしたのは短い間でしたが、彼が己の欲望のために力を振るう人間ではないことだけは、断言できます。彼はただ、自分の信じるやり方で、あの草原の平穏を守っているだけなのだと思います。ですから……まずは、彼と話し合うべきではないでしょうか。彼の真意を、我々はまだ何も知らないのですから」


 娘の言葉に、評議の間は静まり返った。

 わしは、満足げに頷いた。


「うむ。セレスティアの言う通りだ。カイがこの国に牙を剥く意思がないことは、わしにもわかる。あの男は、そもそも国や領土などというものに興味がない」


 わしは席を立ち、重臣たちを見渡した。


「だが、このまま野放しにもできん。彼の力が、良くも悪くも、我が国に大きな影響を与え始めているのは事実だ。これ以上、彼を『客人』として扱うわけにはいくまい」


 わしは、バルドゥスに向き直る。


「バルドゥスよ、使者を立てよ」

「はっ。して、いずこへ?」

「決まっておろう。もう一度、あの『草原の王』を、この王都アステリアに呼ぶのだ。今度は、客人としてではない。この国の未来を左右する、重要人物としてな」


 わしの決断に、もはや異を唱える者はいなかった。

 さて、今度はどんな顔を見せるかの、カイよ。一年ぶりに会うのが、今から楽しみでならなかった。

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