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義賊、草原を駆ける!~人助けを続けていたら、いつの間にか祭り上げられていく俺の英雄伝説~  作者: 塩野さち


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第5話 草原の主のウワサ

【草原の青年カイ視点】


 王都アステリアからリナを連れ帰って、季節が二つ巡った。

 あの石の檻から出たばかりの頃は、まるで怯えた小動物のようだった彼女も、草原の風と太陽を浴びるうちに、みるみる元気を取り戻していった。今では奴隷だった頃の暗い影はどこにもなく、昔のように快活な笑顔を見せるようになっている。


「カイ兄ちゃん、ぼーっとしてないで手伝ってよ! その羊、毛を刈る時期でしょ!」

「ああ、わかってる」


 羊の群れを見張りながら物思いにふけっていると、リナの甲高い声が飛んでくる。すっかり昔の調子を取り戻した彼女は、今や俺の尻を叩くしっかり者になっていた。

 俺たちの周りには、いつの間にか小さなパオがいくつも立ち並び、ちょっとした集落のようになっている。俺の暮らしは、あの日を境に大きく変わろうとしていた。


 リオンハルト王から「カイの草原」と名付けることを許されたあの土地は、実質的に俺の領地となった。

 そうなると、やることは一つだ。俺は、俺の草原で好き勝手をする奴らが、心底気に食わなかった。家族を奪った馬賊はもちろん、弱い者から奪うことしか知らない野盗の類も、同罪だ。

 俺は来る日も来る日も、草原の治安維持に明け暮れていた。


 ある日のことだった。草原の東の端にある小さな農村が、十数人の野盗に襲われているという知らせが舞い込んだ。収穫期を狙った、悪質な略奪だった。

 俺は数人の仲間と共に馬を飛ばし、現場へと急行した。

 村では、男たちが錆びついた農具を手に必死に抵抗していたが、多勢に無勢。野盗どもは穀物の袋を馬にくくりつけ、嘲笑を浮かべている。


「そこまでだ、クズども」


 俺の低い声に、野盗たちが一斉に振り返る。


「あんだぁ、てめぇは?」

「俺の草原でみみっちい真似してんじゃねえ。その袋を全部置いて、とっとと失せろ」

「ふざけやがって! やっちまえ!」


 数人の野盗が、汚い雄叫びを上げて斬りかかってくる。俺は馬上から槍を振るい、その刃をまとめて弾き返した。そのまま馬を駆けさせ、敵の群れに突っ込む。統率の取れていない烏合の衆など、敵ではない。槍の一振りで二、三人が薙ぎ払われ、逃げようとする者の足を弓で正確に射抜く。

 俺の圧倒的な力に恐れをなしたのか、野盗たちは悲鳴を上げて散り散りに逃げていった。


「あ、ありがとうございます……! あなた様は、もしや噂の……」

「別に。俺の庭が荒らされるのが気に食わなかっただけだ」


 村人たちに礼を言われても、俺はぶっきらぼうに返すだけ。だが、彼らが差し出してくれた焼きたての黒パンと温かいスープの匂いには、素直に腹が鳴った。


 またある時は、王国へと向かう大きな商隊が、馬賊に襲われているとの情報を掴んだ。

 奴らは、かつて俺が頭を討ち取った一味の残党だった。復讐の機会をうかがっていたのだろう。以前よりも統率が取れており、数も三十騎以上と手強い。

 だが、今の俺は一人ではなかった。


「いいか、奴らがこの岩場に差し掛かったら、合図と共に一斉に矢を放つ! 混乱したところを、俺が本隊を率いて横から叩くぞ!」


 俺の元には、噂を聞きつけて集まってきた若者たちが、いつしか三十人近くもいた。野盗に故郷を焼かれた者、俺の強さに憧れてやってきた遊牧民、中には馬賊から足を洗いたいと願った男もいる。

 俺の指示通り、馬賊の隊列が狭い岩場に差し掛かった瞬間、崖の上から無数の矢が降り注いだ。

 先頭の数騎が馬ごと倒れ、隊列は一気に混乱に陥る。


「今だ! 行くぞぉっ!」


 俺の号令と共に、側面の茂みから仲間たちが一斉に飛び出し、馬賊の側面に襲いかかった。奇襲の成功と、予想外の兵力に、馬賊どもはあっという間に戦意を失い、武器を捨てて逃げ出していった。

 商隊の護衛隊長は、俺の前にひざまずき、深々と頭を下げた。


「なんと見事な戦いぶり……! あなたが『草原の王』のカイ殿ですな! このご恩は、金銀財宝、望むままにお支払いいたします!」

「礼も褒美もいらねぇ」


 俺は馬の上から男を見下ろして言った。


「ただし、この草原には俺のルールがある。安全は保証する。だが、ここで悪さをする奴は、商人だろうが貴族だろうが容赦はしねえ。肝に銘じておけ」


 その言葉に、商人たちはただただ畏怖の念を浮かべ、頭を下げ続けるだけだった。


 それからのこと。

 『カイの草原』は、王国で最も安全な交易路として知られるようになった。旅人や商人たちの間で、俺の噂は尾ひれがついて広まっていった。「草原には雷鳴の槍を振るう守り神がいる」「カイという名の王は、風を読んで未来を見通す」など、好き勝手なことばかり。

 そんな噂が人を呼び、俺の元にはさらに多くの人々が集まってきた。

 いつしか俺たちの集落は、一つの大きな氏族(クラン)となり、俺はその長として、人々をまとめる立場になっていた。

 リオンハルト王が冗談で口にした『草原の王』という呼び名が、今や現実のものとなりつつある。


 夕暮れ時、俺は集落を見下ろす丘の上に立ち、眼下の光景を眺めていた。

 穏やかに草を食む羊の群れ。いくつも立ち並ぶパオから立ち上る夕餉の煙。仲間たちの笑い声。そして、その中心でかいがいしく立ち働き、時折こちらを見てはにかむリナの姿。

 守るべきものが、知らぬ間にこんなにも増えていた。


(王、ね……)


 柄じゃない。そう思う。

 だが、この平穏を壊そうとする奴がいるのなら、誰であろうと叩き潰す。

 俺は、この草原の主だ。

 夕陽に染まる槍の穂先を握りしめ、俺は静かにそう誓った。

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