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義賊、草原を駆ける!~人助けを続けていたら、いつの間にか祭り上げられていく俺の英雄伝説~  作者: 塩野さち


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第3話 草原の王

【草原の青年カイ視点】


 謁見の間は、しんと静まり返っていた。

 磨き上げられた床に、ずらりと並んだ貴族や家臣たち。その誰もが、値踏みするような、あるいは侮るような視線で、場違いな俺の一挙手一投足を見つめている。羊の匂いが染みついた革の服は、このきらびやかな空間ではひどくみすぼらしく見えた。

 やがて、玉座に座る男――この国の王が、重々しく口を開いた。その声は、腹の底に響くような、威厳に満ちたものだった。


「面を上げよ。娘、セレスティアを救った勇士よ」


 促されるままに顔を上げると、王の鋭い瞳と視線がかち合った。まるでこちらの魂の奥まで見透かすような、強い眼光だ。


「我が名はリオンハルト・ルクス・ルミナリア。このルミナリア王国を治める者である。して、其方の名を申せ」

「カイだ」


 俺が短くそう答えると、周囲の家臣たちから「無礼な!」というささやきが漏れたが、リオンハルト王は気にした様子もなく、満足げにその見事な髭を撫でた。


「カイ、か。セレスティアより話はすべて聞いた。馬賊の頭を一騎打ちで討ち取り、我が娘の窮地を救ったそうだな。見事な働き、まこと天晴れである。ついては、褒美を取らせたい。望みのものを申してみよ。金か? 宝石か? あるいは、望むだけの名誉か?」


 王の言葉に、家臣たちが期待に満ちた表情で俺を見る。だが、俺の答えは決まっていた。


「別に何もいらねぇ。俺は気に食わない馬賊をブッ殺しただけだ。助けたつもりも、礼を言われる筋合いもねぇ」


 俺の言葉に、謁見の間の空気が凍りついた。家臣たちは信じられないといった顔で俺を見て、セレスティアは真っ青な顔でオロオロしている。

 そんな中、玉座から腹の底を揺るがすような大音声が響き渡った。


「ガッハッハッハッハ! 面白い! 実に面白い男よ!」


 リオンハルト王は腹を抱えて豪快に笑っていた。涙すら浮かべている。


「ほう、そうか、気に食わないから殺したと申すか。私欲のためではなく、己の信条のために槍を振るったと。実に気持ちの良い男子よのう。気に入ったぞ、カイ! では金子はどうだ? 理由はどうあれ、お主が娘を救ったのは事実。これはわしからの感謝のしるしだ」

「それもいらねぇ。金があったって、腹は膨れねぇからな。俺は家畜がいればそれでいい。自分の食いもんは、自分で手に入れる」


 その答えが、ついに家臣たちの堪忍袋の緒を切ったらしい。

 あちこちから怒声が上がった。


「無礼者! 陛下のご厚意を二度までも無下にするとは!」

「身の程を知れ、田舎者が!」


 セレスティアが「お父様!」と止めようとするが、それよりも早く、リオンハルト王がスッと右手を上げた。ただそれだけの仕草で、あれほど騒がしかった家臣たちが、まるで魔法にでもかかったかのようにぴたりと静まり返る。


「家畜とな。なるほどのう。金や名誉では、お主の心は動かせぬか」


 王は楽しそうに目を細め、何かを思案するように顎髭を撫でた。そして、ポンと膝を打つ。


「それでは草原ならどうだ?」


 その言葉に、俺は思わず顔を上げた。


「このアステリアの西に広がる草原は、長らく馬賊の縄張りとなっておったが、お主が頭を討ち取ったおかげで奴らも散り散りになったと聞く。どうせ主もおらん土地だ。あの広大な草原、すべてをお主にやろう。そこでお主の羊たちと、自由に暮らすがいい」


 街も村もいらない。貴族の地位も金も興味がない。

 だが、草原は別だ。

 俺たち遊牧民にとって、草原こそがすべて。家であり、食料庫であり、何にも代えがたい宝だ。それをもらえるというのなら、話は違う。

 俺の心が、少しだけ動かされた。


「……わかった」


 俺がそう答えると、リオンハルト王は満足げに頷いた。


「うむ! それでこそカイよ。これよりあの地を『カイの草原』と呼ぶことを許す。何なら『草原の王』とでも、好きに名乗ると良いぞ!」


 王は再び豪快に笑った。

 こうして、俺の謁見は終わった。


 王宮からの帰り際、若い侍従が息を切らしながら俺を追いかけてきた。その手には、ずしりと重そうな木箱が抱えられている。


「カ、カイ殿! お待ちください! 陛下からの……その、餞別でございます!」

「いらねぇって言ったはずだが」

「滅相もございません! これは王家からの感謝のしるし……どうか、どうかお納めください!」


 侍従は今にも泣き出しそうな顔で頭を下げる。彼の必死な様子に、俺は根負けした。

 しぶしぶと受け取った箱は、見た目以上に重い。中には金子がぎっしりと詰まっているという。

 俺が箱を受け取ると、若い侍従は心底ほっとしたように胸をなでおろし、妙に恐縮しながら何度も頭を下げて去っていった。


(面倒なもんを押し付けやがって……)


 重い箱を片手でぶら下げ、俺は王宮の門を出る。目の前には、活気に満ちた王都の喧騒が広がっていた。行き交う人々の声、荷馬車が石畳を揺らす音、様々な食べ物の匂い。

 いつもならさっさと背を向けるはずの光景が、なぜか今日は少し違って見えた。


「せっかくだから、何か買っていくか……」


 金なんてあっても草原では役に立たない。だが、このまま捨てるのも馬鹿らしい。

 俺はふらりと、人々の流れに身を任せ、生まれて初めて、街の中心へと足を踏み入れていった。

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