第12話 リナ、忙しくなる! 誰かたすけて~っ!
【リナ視点】
カイ兄ちゃんが、無事に王都から帰ってきた。
一週間ぶりに見るその顔は、なんだか少しだけ大人びて見えたけど、パオに着くなり荷物を放り出して大あくびをするところは、いつものカイ兄ちゃんだ。
アタシは心の底からほっとした。……そう、ほっとしたのも束の間だった。
「リナ、あとは任せた」
カイ兄ちゃんがそう言って指さした先には、荷馬車一台に山と積まれた「お土産」の山。上等な布地、頑丈そうな鉄製の農具、見たこともない保存食の樽、お塩の袋……。
アタシは、嬉しさと呆れが半分ずつ混じった、大きなため息をついた。
(やっぱりこうなるのよね!)
こうして、アタシの戦いが始まった。
まずは、このお土産の山を仕分けして、誰に何を分配するかを決めなくちゃいけない。男手は畑仕事に、女手は家畜の世話に……ああもう、人手が足りない!
そんなてんてこ舞いの真っ最中に、見張りの若者が叫んだ。
「り、リナ様! また王国からの使者です!」
「ええっ!? もう来たの!?」
前の使者をカイ兄ちゃんが追い返してから、まだ十日も経ってない。またあの嫌味な貴族だったら、今度こそ塩漬けにしてやるんだから!
アタシが息巻いて集落の入り口へ向かうと、そこにいたのは、予想とはまったく違う人物だった。
歳はアタシたちとそう変わらないだろうか。清潔な旅装に身を包んだ一人の青年が、馬から降りて、深々とアタシに頭を下げた。
「わたくしは、ルミナリア王国より参りましたクラウスと申します。あなたが、ハルハの差配を任されているという、リナ様でいらっしゃいますね?」
その物腰はどこまでも柔らかく、理知的な光を宿した瞳には、誠実さがにじみ出ていた。
結局、アタシは一番大きなパオにクラウスさんを通して、二つの仕事を同時に片付ける羽目になった。
「――それで、こちらがリオンハルト陛下が示された、国境線の草案です」
「ええと、はいはい……」
クラウスさんが広げた大きな地図を覗き込みながら、アタシは必死に頭を働かせる。
「テムル! その鉄の斧は、新しく開墾する組に渡しといて!」
「リナ! この塩、どうすんだ?」
「それは倉庫に! 後でみんなに分けるから!」
パオの半分では、仲間たちがカイ兄ちゃんの持ち帰ったお土産の仕分けをしている。もう半分では、アタシが王国の使者と、これからの国の形を決める大事な交渉をしている。
(うぅ、頭が二つ欲しい……! こっちは国境の話で、あっちはお土産の分配で……!)
アタシは内心で、誰にも聞こえない悲鳴を上げた。
「リナ様? このハルハ河を国境とする案ですが……」
「あ、ごめんなさい! ええと、その川は冬になると水が半分くらい干上がっちゃうから、国境には向かないと思います。それより、あっちの枯れない川の方が……」
「リナちゃーん、この綺麗な布、うちの孫の服にしてもいいかい?」
「いいよ、おばあちゃん! 子供たちの分は優先してあげて!」
クラウスさんは、このあまりに騒々しい交渉の席に、最初は目を丸くしていた。でも、いつの間にか興味深そうな顔で、活気に満ちたハルハの日常を眺めている。
「……なるほど。この丘の向こうは、夏の大事な放牧地なのですね。承知いたしました。では、こちらの尾根を境界とする案はいかがでしょう?」
「それなら! ……あ、ちょっと待って! そこの子、樽を転がして遊ばないの!」
(誰かたすけて〜〜〜っ!)
そんなアタシの奮闘が三日三晩続いた頃、交渉はようやく一つの形にまとまった。
その夜、疲れ果てて地図の上に突っ伏していると、パオにひょっこりカイ兄ちゃんが顔を出した。その手には、こんがりと焼けた羊の肉が握られている。
「リナ、飯だ。ちゃんと食わねえと倒れるぞ」
「……カイ兄ちゃん」
ぶっきらぼうだけど、優しい声。差し出されたお肉にかぶりつくと、疲れ切った体にじわっと元気が染み渡っていく気がした。
ふと見ると、いつの間にかパオの入り口にクラウスさんが立っていた。カイ兄ちゃんは、その彼とアタシを交互に見ると、感心したように言った。
「お前たちの交渉、大したもんだと仲間たちが噂してたぞ。クラウス殿も、見事な交渉術だったとな」
カイ兄ちゃんの言葉に、クラウスさんはにこやかに首を振った。
「いえ、とんでもない。わたくしなどより、リナ様の手腕にこそ感服いたしました。ハルハの民が、あなたをいかに信頼し、慕っているかがよく分かりました。これなら、カイ様がすべてを任せるのも頷けます」
褒められて、なんだか顔が熱くなる。
アタシは照れ隠しに、もう一口、お肉を大きく頬張った。
目の前には、まだ仕事の残っているお土産の山と、これから調印される国境線が引かれた地図。やるべきことは、まだまだ山積みだ。
(よし、明日も頑張るか!)
カイ兄ちゃんが持ってきてくれたお肉を力いっぱい噛みしめながら、アタシは密かに、そう誓ったのだった。
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