第11話 リオンハルト・ルクス・ルミナリア王の憂鬱
バルドゥス将軍に連れられて再び足を踏み入れた王都アステリアは、相変わらず息が詰まるほど人でごった返していた。
だが、前回と違うのは、俺を見る人々の目に侮蔑や好奇心ではなく、畏怖と、そして少しばかりの興味が混じっていることだった。どうやら『草原の王』の噂は、この石の都にも届いているらしい。
王宮で俺を待っていたのは、堅苦しい謁見ではなく、盛大な晩餐会だった。
会場にはきらびやかな衣装をまとった貴族たちが集い、優雅な音楽が流れている。俺は、主賓としてリオンハルト王のすぐ隣の席という、破格の待遇で迎えられた。
「ガッハッハ! カイ殿、固くなっておるぞ! さあ、飲め、食え! 今宵はそなたのための宴だ!」
王に勧められるまま、俺は上等な肉を食らい、炎のように熱い酒をあおった。ついでに、故郷の草原で歌われる、やたらと調子っぱずれでやかましい歌を披露してやると、貴族たちは顔を引きつらせていたが、王とバルドゥス将軍だけは腹を抱えて笑っていた。
飲んで、食って、歌って、騒ぐ。
表面上は、俺もこの宴を楽しんでいるように見えただろう。
だが、俺の心はどこか冷めていた。きらびやかなシャンデリアも、見たこともないご馳走も、おべっかを使ってくる貴族たちの笑顔も、すべてがはりぼてのように見えて仕方がない。
(ケッ、やってらんねぇな……)
俺たちが血を流して草原の平和を守っている、まさにその同じ時間に、こいつらはこんな場所で呑気に騒いでいる。それが、どうしようもなく虚しく思えた。
俺はむっとした気分のまま席を立つと、夜風にでも当たろうと、近くのバルコニーへと向かった。
ひんやりとした空気が、火照った体を冷ましてくれる。俺が手すりに寄りかかって、眼下に広がる王都の灯りをぼんやりと眺めていると、不意に背後から声がした。
「そなた、あまり楽しそうではないな」
振り返ると、いつの間にかリオンハルト王が、酒杯を片手にそこに立っていた。
「まぁな。俺たちは、昨日も今日も、明日も戦っている。いつまた馬賊が襲ってくるかもわからねぇ。それなのに、ここは……平和すぎて、調子が狂う」
「まあ、そういうな」
王は俺の隣に並ぶと、静かな声で言った。
「ここにいる者たちは、皆怖いのだ。そなたのような、自分たちの理解を超えた、よくわからないものがな」
「……そういうもんかねぇ」
「うむ、そういうものだ。だから宴を開き、酒を飲み、音楽を奏でて恐怖を忘れようとする。哀れなものよ」
王の横顔には、国の頂点に立つ者だけが知る、深い憂鬱の色が浮かんでいた。
「だから飲め。もう少し、わしの愚痴に付き合え」
俺たちはしばらく黙って、それぞれの杯を傾けた。
しぶしぶと宴席へ戻ると、先ほどよりは悪い気はしなかった。あのきらびやかな光景も、少しだけ違って見える。
俺が席に着くと、セレスティアが優雅な仕草で、俺の杯に酒を注いでくれた。
「カイ様、お戻りになられたのですね」
その屈託のない笑顔だけが、この宴会場で唯一、本物のように思えた。
やがて宴がお開きになった後、俺は王の私室へと通された。
そこで、リオンハルト王は、まるで世間話でもするかのように、俺にこう切り出した。
「なあ、カイよ。ルミナリア王国と、そなたのハルハで同盟を結ばぬか?」
「同盟?」
「うむ。そなたは西の草原を守り、わしはそなたを国として認め、支援する。悪い話ではあるまい?」
俺は少し考えた。確かに、王国の後ろ盾があれば、ハルハの民の暮らしはもっと楽になるだろう。
「そうだな……それも悪くないかもな」
「うむ! では、まず国境を決めねばなるまい。どの川を境とし、どの森を……」
「わりぃ、王様」
俺は、小難しくなってきた話を遮った。
「俺はそういう小難しいことは、からっきし分からねぇんだ。そういうのは全部、ハルハにいるリナって娘に任せてある。悪いが、そっちと話をしてくれるか?」
俺の言葉に、王は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに愉快そうに破顔した。
「わかった! ならば後日、リナ殿の元へ正式な使者を向かわせよう!」
こうして、来た時よりかは幾分か機嫌が良くなった俺は、またしても荷馬車一台分にもなる大量の「お土産」を押し付けられ、朝日が昇り始めた王都を後に、懐かしい我が家、ハルハへと帰るのだった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




