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大陸法のある世界

王宮には貴族しか勤めることが出来ない件について

 昼休み、昼食を取り終わり仲の良い令嬢たちに断りを入れて、マルティナは一人喫茶ルームの片隅である資料に見入っていた。


「さすがだわ。ああ、なぜ私はもう一年早く生まれなかったのかしら」


 令嬢にあるまじきため息を吐きかけて、マルティナは吐息に見えるようにふっと息を吐きだした。


 新年度が始まり三か月。まだ早いと思うけど、それでも月日はすぐに過ぎてゆく。

 マルティナはこの学年の最高位爵位を持っている令嬢は自分なのだからと、執事、侍女の査定のためのお茶会の資料を読み込んでいたのだ。


 前年の茶会、いろいろ不測の事態が起こったのだが、それを主催者のアルメニシア・シャンルウルファ公爵令嬢が見事に捌いた。

 この時に指示を出される前に動いた者は高評価をつけられ、取り合いになった者もいたのだとか。

 もちろんアルメニシア令嬢の評価もだが、客としてその場にいた令嬢方の評価もあがった。

 不測の事態に動揺して狼狽え醜態をさらすことのなかった令嬢たち。まだ婚約の決まっていない令嬢へと釣書が送られてきたそうだ。


 マルティナはセイディシエ侯爵家の令嬢である。家は兄が継ぎ、自身もコルクデリ侯爵の嫡男と婚約をしていて学園を卒業したひと月後に婚姻をあげることが決まっている。

 婚約者は五歳上なので一緒に学園に通うことがなかったことを、少しだけ残念に思ったりした。


 侯爵家の序列の中でセイディシエ侯爵家はそれほど高いわけではない。だが、自分より上の家の令嬢がいないのだから、茶会を開かなくてはならない。

 前年度と比べられるのではと、少し怖く思っていた。


 そのようなことを考えながら資料を見ているマルティナに、遠慮がちに声がかかった。


「セイディシエ侯爵令嬢様。お寛ぎの時間に、お声を掛けることをお許しください」


 声のほうを見れば、三人の少女が身を寄せ合って立っていた。その所作から平民、それも今年度学園に通い始めたばかりなのだろうと推測できた。

 高位貴族に話しかける無作法を詫びる言葉を知っていることに、マルティナの口角が微かに上がった。


「よろしくてよ。見たところ新入生かしら」

「は、はい。私たちは今年度入学しました」


 元気に答える少女にマルティナの口角がもう少し上がった。


「どうやら私に聞きたいことがあって声を掛けてきたようね」

「お、分かりになるのですか。は、はい。そうなんです。私たち」


 マルティナの対応が柔らかかったので、声を掛けた少女は勢い込んで話し出そうとした。

 それに手をあげて言葉を止めたマルティナ。


「慌てないで。先ずはお座りなさいな」


 マルティナは少女たちに席に座るように促し、給仕の者に紅茶と焼き菓子を持ってくるように頼んだ。

 少女たちは顔を見合わせた後、椅子に腰かけた。給仕がカップとお茶菓子を置くのを、キラキラした目で見ていた。

 マルティナは少女たちに「どうぞ」と促し、見本になるように砂糖を一匙入れかきまぜてから一口飲んだ。平民は飲み慣れないだろうから、少し砂糖を入れたのだ。

 真似をして砂糖を入れて飲んだ少女たちは目を輝かせた。

 クッキーを一つつまみ、口に入れて租借し飲み込む。そして紅茶を一口。

 少女たちはマルティナの真似をしてクッキーも堪能した。


 どうやら人心地ついたようだとみて、マルティナは口を開いた。


「それで、何を知りたいのかしら」


 少女たちはもう一つクッキーを手に持ったところだったが、お茶を飲むためにここにいるのではないと思い出し、クッキーから手を離し背筋を伸ばした。


「えーと、あっ、私はミルルといいます。うちは父が侯爵家で厩舎の管理をし、母は王宮で洗濯婦をしています」

「わ、私、パミラといいます。父も母も王宮の厨房で働いています」

「わたしは、ケイティです。父は庭師で、母は掃除婦をしています。勤め先は王宮です」


 あら、とマルティナは微かに目を見開いた。王宮にかかわりがある者の子供だとは思わなかったのだ。


「そ、それで、私たちは出来れば学園卒業後、母と同じ仕事に就きたいと思っています。その意思をもってこの学園に入学しました」


 きりっと決意を表すように真面目な顔で言ったミルル。パミラとケイティも同じだと頷いた。


「入学後に渡された資料に、それぞれに必要な資格が書かれていました。その中に公用語の取得と隣国五カ国の取得とあったのです。その……私たちが望むのは裏方という仕事になります。それなのに、公用語以外の隣国の言葉を取得するのは何故なのでしょうか」


 説明を聞いて疑問に思ったことに納得がいった。けど。


「その事は先生方にお尋ねにならなかったのですが」

「えーと、タイミングが悪かったのか、先生方が忙しい時に話かけてしまい、話の途中で別のところにいかれたり、他の先生方に緊急案件と言われてそちらの話を優先されたりで、お答えいただけませんでした」


 まあ、とマルティナは思った。これは彼女たちに教えるつもりがなかったのだろうと。

 王宮に務めるつもりなら、それくらい自分で調べろということなのだろう。


 ちらりとマルティナは喫茶ルームの入口に視線を向けた。サッと隠れる人影が見えた。

 図書室に行けば、彼女たちの疑問に答えられる本がある。それを教えてもいいけど、それだとマルティナが面白くなかった。


「私を頼ってくれて嬉しいわ。そうね、どこからお話したほうが良いかしら。

 ああ、あなた達、王宮には爵位を持つ貴族しか勤めることが出来ないとご存じかしら」

「貴族……ですか」


 三人は困惑した顔で顔を見合わせた。


「えーと、うちは爵位なんて持っていません」

「我が家もです」

「聞いたことがありません」


 ふふっ、とマルティナは笑った。


「ええ、そうね。だけど、このことは大陸法に明記されているのよ。


 昔、各国の王宮に暗殺者や怪しい者が入り放題だったの。それを規制するために作られた法なの。でもそれだと下働きをしてくれている方々が王宮に勤めることが出来なくなってしまうわね。

 そこで作られた爵位が凖爵というものなの。これは一代どころかその人しか使えない爵位で、その証のプレートは誰にも譲渡できないのよ。

 ええと、ミルルさんのお母様が洗濯婦で王宮に勤めているのよね。お父様は他の家で働いているとおっしゃっていたわね。だからね、お母様の証のプレートをお父様が使って王宮に入ろうとしても入れないし、不審者として捕まるわ。

 そうね、お説教で済めばいいけど場合によっては厳しく尋問されるわ。その場合お母様も罪に問われるかもしれないわね。

 ああ、悪いことを考えなければ何も起きないとおもうけど、でも管理をちゃんとしなかったと咎められるかもしれないわ」


 マルティナの言葉に顔を蒼くさせる三人。今よりもう少し幼い頃、仕事に行ってほしくなくてそのプレートを隠したことがあったのだ。その日母親は王宮に連絡を入れて休むことになった。

 次の日、帰ってきた母親は少しくたびれた様子だった。……ように思う。

 あれはお説教をされたのだろう。急な病気以外で休むということがどれだけ周りに迷惑を掛けたのかと、今更ながらに三人は思い至ったのだ。


 マルティナは三人がやらかしたことがあるのだと、顔色を見て判断した。


「言葉を覚えるというのはね、裏方だからこそ覚えていてほしいそうよ。


 何年か前に、ある国の貴族の子供が迷子になったの。子供って好奇心の固まりだし、してはいけないといわれることこそやりたがるでしょう。この時、裏方の人たちがすごく困ったのよ。身なりの良い子供が本来いるべきでない場所にいるのですもの。

 その頃って、まだ今ほど連絡の体系が整っていなくて、上の方々に伝わるまでに三時間以上掛かったというわ。

 裏方の人たちはね、言葉の通じない子供に手を焼いたの。好奇心のままに手を出そうとしてくるのだけど、身分を考えたら止めきれなくて。

 こちらの仕事も滞ってしまったし、表でもその子供を探すために多くの人員を割くことになったのよ。

 やっと子供を親元に渡せて裏方の方々はホッとしたのだけど、この後通常に戻すために大変だったと聞いているわ。


 これによりいろいろ見直されたのよ。いまなら一時間以内で連絡がつくようにされたし、そういう子供が入り込まないように監視の目が置かれるようにもなったわ。

 でも絶対はないのだから、非常事態に備えるためにも知っていて損はないと、資格に加えることになったそうよ。


 ああ、それと、もう一度よく読んでごらんなさい。隣国五カ国のうち一国で良かったはずよ。今、勤めている人が取得している国の数が書かれている資料があるはずよ。話せる人が少ない国の言葉を取得するように推奨していたはずだわ」


 分かり易い、実際にあったことを例に出して話されて、三人は納得した。


 身なりの良い子供……絶対他所の国の王子だろう。

 下手なことをして罪に問われたくないと、遠巻きにしていたのだろう。どれだけ散らかされても。

 だって、言葉が通じないから。


「ああ、そうそう、安心してね。その時のことはその子供と親に全責任があるとなり、迷惑を掛けられた者全員に、お見舞い金が支給されたと聞いているわ。

 もちろんその親が出したそうよ」


 お見舞い金……そう言えば、親が臨時収入があったと、複雑な顔で話していた時があった。


 そうか、あの時かと、察した三人だった。


「ありがとうございました、セイディシエ侯爵令嬢様」

「あら、これでよかったのかしら」

「はい。十分理解出来ました」


 三人は立ち上がって頭を下げた。

 マルティナは微笑むと給仕に合図を送った。心得たように側にきた給仕は残った焼き菓子を紙袋に入れた。


「どうぞ、お持ちになって」

「ありがとうございます」


 満面の笑みで、三人は挨拶をして受け取った。このような高位貴族向けの焼き菓子はめったに食べられるものではないからだ。


 その三人の姿をマルティナは微笑んで見送ったのだった。



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― 新着の感想 ―
> 王宮に務めるつもりなら、それくらい自分で調べろということなのだろう。 どうなんだろう? ある意味隣国王族の醜聞だし、平民見える範囲に記録なんて残してないし、 低位貴族である親や教師に緘口令強いてて…
興味深く拝読しました。 上がしっかりルールを決めておけば、働く人々みんな安心ですね。 自分で調べろという学園の志向もわかるけど、ヒントはほしい。 最低限の礼儀は王城に勤務する親を見ていたから?そこは大…
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