金尾大ブレイク
〈朝寢なら平日だよと勤め人 涙次〉
【ⅰ】
カンテラ「金尾くんは?」悦美「今日體調惡いつて、お休み取つてます」カンテラ「あ、さう。こないだの5千萬の殘り、投資に回すとかなんとか云つてたんで、相談しやうと思つてたんだがな」
金尾、今では中野にマンションの一室を構へ、ますますビジネスマンらしくなつてゐる。見たところ、【魔】の面影はすつかり拂拭されたやうだ。だが、彼が今直面してゐる問題は、彼を【魔】の世界へと、またしても近付けるもの。金尾は己れの躰の變調に、困惑してゐた...
【ⅱ】
數日間、金尾は事務所を欠勤した。特に仕事がなかつたので、ギャランティの計算はなく、金尾の出番はなかつた譯であるが... 金尾自身は、この暇な期間をだうにか埋めたい、よりカンテラ一味の為になる金尾でゐたい、と願つてはゐた。だが、術としては、泥になるぐらゐしか能のない自分である。出入りの際に役立つ、と云ふ事もない...
その金尾が大ブレイクの時を迎へやうとしてゐた。
【ⅲ】
金尾はカンテラの夢枕(外殻=カンテラ内での眠りであるから、枕などは不要なのだが)に立つた。だが、カンテラはその金尾が、一體誰であるか、最初は分からなかつた。金尾は、魔物に變身してゐたのである。
ゴーレム- 東歐ユダヤ人たちの間で秘傳とされる、砂の怪、である。具體的には、巨人であり、怪力でユダヤの敵を倒す、そんな民族傳來の【魔】。そのゴーレムが、カンテラの夢に出てきた。
「ゴーレム、貴様何処から湧いた?」「私ですよ、金尾です」「なんと!?」「泥が固まつて、砂の巨人となつたのです」「それで、體調を崩した、と?」「さうなんです。自分でもこの變容に着いてゆけなくて」「どうすれば人間姿に戻れるんだい?」「朝、曙と共に。あと、水を掛けられると、からきし弱いのです。しかし、今までより、強くなつた氣は、します」「そりやさうだらう。夜になれば、變身出來るのかい?」「さうです」
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〈呪文ありカンテラ内の眠りにはゴーレムなどが迷ひ込むかも 平手みき〉
【ⅳ】
カンテラ「...と云ふ譯で、金尾くんも出入りに參加する事となつた」テオ「丁度いゝ仕事が入つてます。ハーピーが東京の空に現れてゐます」じろ「ハーピー、と云へば、ギリシア神話の女の頭をした不潔な鳥の魔物、ハルピュイアイの事か」金尾「是非私も連れて行つて下さい!」
ゴーレムvs.ハーピー。早速、腕の見せ處である金尾。夜、彼はゴーレムに變身した... じろさん「ありやあ、變はれば變はるもんだね」そんなゴーレム=金尾を嬲るやうに、低空を飛ぶハーピー三匹。
ゴーレムが一匹のハーピーの足を摑んだ。地面に滅茶苦茶に叩き付ける。まづ、一匹、殺つた。じろさん「あとは我らの出番かな?」恐れの余り、空髙く舞ひ上がつたハーピーの殘りの二匹。だが、二匹とも、じろさんの指彈で、撃ち落とされた。カンテラ、二匹のハーピーに止めを刺した。「しええええええいつ!!」
【ⅴ】
明け方までには時間がまだあつた。じろさんが、提げてゐた瓢から水を口に含み、それをゴーレムに吹き掛けた。元の、泥の、金尾に戻つたゴーレム。じろさん「いゝんでないかい?」カンテラ「うん、合格だね」金尾は泥狀態なので言葉はなかつたけれども、深く安堵した。こんな化け物の自分を許容してくれる組織は、人間界ではカンテラ一味しか、ない。
【ⅵ】
…と云ふ武勇傳を、じろさんが面白可笑しく皆に話して聞かせると、牧野「俺も着いて行きたかつたなあ」じろ「また今度な。鵺が再生したら、とかね」カン「縁起でもない事を」一同、笑つた事だつた。
因みに、都知事直々に、金一封の下され物があつた。額面百萬(圓)とは、カンテラ一味も舐められたものだ。東京の夜空の安全を守つた譯であるから、カネは当然と云へば当然なのだが。につこりと、カンテラ(引き攣つた笑ひ)とツーショットの都知事。これで次の選挙も安泰だ・苦笑。
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〈朦朧と春の夜景や東京都 涙次〉
お仕舞ひ。