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強制葬儀

「さ、最後に家があったのっていつだっけ……」

「え、え~っと……ハァ……1時間前くらいですかね……」

「どんだけ遠いんだよ……この先でほんとに合ってんのか……」

「1時間前に教えてもらったでしょ……合ってるよたぶん……」

 意気揚々と教会を出立したソフィア、エリナ、ナタリアらはすでに疲労困憊していた。アリシアに命じられた眷属浄化の任務は、距離という想定外の障害に阻まれつつあった。しかし使命感によって芽生えた気力は、3人を眷属の目撃情報があったカワキフの街郊外の森目前まで運びつつあった。3人は支給された旅行鞄を引きずるようにしながら一歩一歩を着実に踏みしめていく。もう着くはず、と己を鼓舞しながら。

 それは、遠方まで広がる平野に置物のように佇んでいた。鬱蒼と茂った草木が入った者の帰路を阻むようで、奥から響く動物達の鳴き声はこれから入ろうとする者の足取りを一層重くさせるものだった。時折、かすかに聞こえてくる、いかなる動物の鳴き声とも似つかぬ声は明らかに尋常の者ではないと3人の本能に直接訴えかけている。

「つ、着いた……」

「で、でもここからですよ……ハァハァ……」

「大丈夫かエリナ……すっげえつらそうだぞ……」

「ご、ごめんなさい……体力が無くて。でも大丈夫です……」

「……ふぅーーー。よし、行こう二人とも」

 ソフィアに続いて大きく深呼吸をした二人は息を整え、鞄を握る手に再度、力を込める。心の準備ができた、と言わんばかりに3人は揃って自身の頬を軽く叩き、眼前の自然の迷宮要塞に鋭い眼差しを送る。教会での講義で聞き、教本の挿絵で見ていただけのやつがいる要塞を。依然として足取りは重いままだが、やはり使命感に押された彼女らは要塞の門を潜って行った。

 眷属―――。この世ならざる者たち。時の流れでは決して朽ちぬ者たち。悍ましくも憐れな彼らは、シスター達の怨敵《真祖》の血を浴びた元人間あるいは動物である。《真祖の血》は皮膚や粘膜に触れるだけでその体内へと侵入し、爆発的に増殖する。いつしか全身の血が《真祖》のものへと置き換わり《眷属》と呼ばれる怪物に変貌してしまう。眷属となった者たちは老いず、ただひたすらに仲間を増やために行動する。眷属の血は《真祖》のものと変わらないため、眷属の血を取り込んだ者もその仲間へと変わるのだ。しかし未だ原理は不明だが女性の体内では著しく増殖力が落ちる。故に彼らと渡り合えるのは女性のみ。シスター達だけである。

「しっかしひっろいな、ここ。見つけるだけで1日はかかっちまう」

「そうだね。じゃあ見つけるのはエリナに頼もう。お願いエリナ」

「はい。任せてください」

 エリナは軽く握った拳を、大きく開き露わになった胸の前まで持っていき得意げな顔をした。そのまま持っていた旅行鞄を地面に置き、留め具を外して中身を取り出す。シスターが眷属浄化のために用いる武器、通称《葬具》である。エリナのそれは神の御業の一端を借り受け行使する、シスターとなり神に仕える女性にのみ扱える技《法儀式》発動の補助を担う《法儀触媒》だった。言わば神と人とを繋ぐアンテナのようなもの。彼女は早速慣れた手つきでただの棒だった触媒を杖の形へと変える。

「よし……それではお願いします……!」

 そのまま彼女は両手で杖を握り、目を閉じて集中する。神の創りたもうた自然と一体化し、あらゆる奇蹟をこの世に成すために。次第に彼女の体が白く光り始め、木々に遮られた光を森の中に取り戻していく。光は杖の先端、複雑な機械的意匠を施された部位に集まり、糸の形をとった。糸は寄り集まり束となり、布となり更に形を変化させていく。発光が収まった時、彼女の掲げる杖の先端には二羽の、白く輝く糸で織られた鳩がぐるぐると優雅に飛び回っていた。やがて目を開いたエリナの両肩に行儀よく停まった。

「この子たちに探してもらいます。見つけたら耳飾りに鳴き声を飛ばしてくれますよ」

「おお~すげ~~。アタシ、法儀式苦手だからな~」

「いつ見ても綺麗で上手だね~」

「えへへ……それほどでも……」

 少し頬を赤らめた後、エリナは両手を前に差し出す。それに呼応するかのように鳩たちが彼女の掌に収まる。そして彼女が両手を広げると同時に二方向へと鳩は忙しなく羽ばたきながら飛んで行った。眷属を見つけ次第、彼らは鳴き声を飛ばす。その声は一種の法儀式となりシスター達に着用が義務付けられている左耳の銀の耳飾りに届く。この耳飾りはシバリア教団のシスターである証と同時に、一定範囲内ではあるが遠距離での会話を可能にする法儀式の込められた装備の一つである。

「きっとすぐ見つけてくれます。少し休んで待っていましょう」

 エリナは葬具を再度、鞄に仕舞いつつそう声を掛けた。





               ◇◆◇





 ほどなくして3人の耳飾りから鳩の鳴き声が聞こえてきた。どうやら見つけたらしい。鳩の居場所を感知できるのは生み出したエリナだけなので彼女の先導で、彼女らは鳩の元へと駆け出して行った。

 辿り着いたのは、鬱蒼とした森にぽっかりと空いた穴のような場所だった。視界を遮る木々の無いそこにやつはいた。体長2メートルといったところの、二足で立つ狼のような姿をした化物。まるで人狼。両腕は筋肉が盛り上がり、爪は鋭く、一振りで人体など切り裂いてしまうであろうことは想像に難くない。一方、脚は細くしなやかでいかにも狼といった様相だった。さらに背中には肉が破れたような不気味な痕があった。広場にぽつんと、見ようによっては呆然と立ち尽くしている眷属を彼女らは、周囲の木々の陰から三方向に分かれて観察していた。

「あれが本物の眷属……やっぱり生はちょっと怖いね」

「あぁ……少し足が震えてきたぜ。少しな」

「背中に血の噴出痕があります。雄の眷属ですね……今の私たちでもなんとか浄化できそうです」

 《真祖》の血は体内で爆発的に増殖し、対象を眷属へと変える。その際、肉体に収まりきらなくなった血が肉を破り、体外へとあふれ出してしまう。これは人間の男性あるいは動物の雄にのみ現れる現象である。一方、女性は血の増殖力が低下するため血が噴出しすぐさま眷属化することはないが、男性に比べ、眷属化するまでに多量の血を浴びているためより強力な眷属へと変貌する。雌の眷属の目撃例は少ないが今日シスターになったばかりの新人ではまず太刀打ちできないであろうことは教会の講義をしっかりと聞いていたものならば容易く想像できる。

 3人は立ったまま動かない眷属をしばらく観察していた。その脳内にはどう仕掛け、どう動き、どう浄化するか、18年間の訓練の日々が再生されていた。耳飾りを通して動き方の確認を取っていた彼女らだが、実際に行動する者は誰もいなかった。行動できなかったと言った方が正しいか。正式にシスターに任命される18歳まで本物の眷属を目の当たりにしたことは無かった。頭では戦い方や眷属の弱点などは理解していても体がそれではだめだ、とストップをかける。無意識の内に手足は小刻みに震え、整えたばかりの息が再度、上がっていく。何故か眷属もまた立ち尽くしたまま動かない。

「動かないね……」

「アリシアさんの言う通り成りたてなのかもしれません。まだ意識が混濁しているのでしょう」

「―――――ああ~~~もう!しゃらくせえ!アタシから行く!!」

「ちょ、ちょっと!!」

「危険です!!」

 慌てる二人の静止を聞かず、ナタリアは木陰から飛び出し眷属の眼前に姿を晒した。足の震えは止まらないが彼女なりの使命感でもってどうにか抑えようとしている。彼女はおもむろに鞄を目の前に突き出し、そのまま手を放して地面へと落とす。地面に横たわる鞄を軽く蹴ると、一人でに口が開き、中からは長い銀製の棒と同様に銀製の短い棒がそれぞれ二本ずつ空中へと飛び出す。その内の長い棒を一本掴み取り、彼女は叫ぶ。

「《銀の十字(シルバークロス)》!!」

 法儀式による物体の操作が行われ、彼女の持つ棒に未だ空中を舞う3本の棒が意思を持ったかのように繋がっていく。形成されたのは銀製の十字架。さらにエリナの葬具のように、四か所存在する末端が延長され、ナタリアの身の丈を少し上回る長さへと変わり、十字架の頂点からは鋭い槍の穂が現れる。《洗礼済多機構搭載十字型浄化槍》と呼ばれる葬具である。おそらくシルバークロスとは彼女が勝手に付けた名前だろう。名称の通り、様々な機構が搭載された槍。故に熟練のシスターであっても扱いが難しい葬具だが彼女は産まれ持った天性の運動能力と勘を頼りに使いこなしている。

「はぁぁぁああ!!」

「ちょっと元気良すぎ……!!」

「いきますっ……!」

 ナタリアは十字槍を構え、眷属へと走り出す。その無謀無策とも言える姿を見て、たまらず残りの二人も木陰から飛び出し鞄を前方へと投げる。空中で鞄の口が開き、エリナの杖、ソフィアの銀の糸と分解された弩が飛び出す。杖と弩が空中で一人でに組み立てられていく。糸はソフィアの腰から抜いた銀剣の柄へと巻き付いていく。二人は走りながら完成された杖と弩を掴み取り、ナタリアの援護へと向かう。その時すでにナタリアの槍は眷属の体に傷をつけていた。

「くそっ!!!」

 胸を、心臓があるであろう位置を狙ったはずだった槍の穂は眷属の巨大な手によってその進行を阻まれた。すぐさまナタリアは身をひるがえし、槍を鉄棒のように持ち替え、眷属の腕を強く蹴り上げた。開かれた眷属の手からは槍と血が飛び出し、血は彼女の大きく空いた胸元と二の腕へと着地した。そのまま体全体を横に一回転させながら槍に法儀式を施す。先端が複雑に駆動し、槍は鎌へと姿を変え、眷属の胴を二つに別つように滑っていく。しかし、しなやかな脚による跳躍で空を切ってしまった。

「跳んだね!ここぉ!」

 空中へと飛び上がった眷属の体にワイヤーのように細く、それでいて強靭な銀の糸が絡みつく。両腕を胴に押し付けられ完全に身動きを封じられた。そのまま糸はしなり、眷属は空中へと投げ飛ばされ、木が折れるほどに激突し土煙を立てた。すかさずソフィアは弩を構え、土煙の中へと銀の矢を飛ばす。バレルマガジンの付いた特殊な弩から、矢が横殴りの雨のように空中に起動を描く。しかし、撃ち方を止めた瞬間、土煙の中からは体に矢を受けたままの眷属が飛び出してきた。

「なんっ……銀が弱点じゃないの!?」

「あくまで傷の回復を阻害するのに有効というだけです!!狙うなら頭か心臓ですよ!!私ならっ……!」

 驚愕するソフィアの背後から白く輝く鳩が一羽、眷属に向かって強く羽ばたいていく。狙うは頭。エリナの杖によって指示されたその場所目掛け、先ほどの優雅さなど無い速さで飛んでいく。鳩を弾き飛ばそうと眷属が腕を薙いだ瞬間だった。眷属の腕は千切れ、明後日の方向へと消えていった。

「すっご……」

「相変わらず壊すのは得意ね、あの子……」

 眷属を通り過ぎた鳩が二撃目を放つためUターンをして戻ってくる。今度は背中から胸を貫通するつもりのようだった。しかし、それは叶わなかった。直撃の寸前、鋭い爪によって鳩は引き裂かれた。強靭な爪でならば防げるだろう。そんな思惑が眷属から聞こえてくるようだった。ニヤリと笑った気さえした。そのまま眷属は明確な殺意と敵意を持って再度、彼女らの方へと向き直り駆け出した。すかさず構えなおす3人。

「アタシとソフィアで行く……動きを止めてくれればアタシがとどめを刺す……」

「わかった……エリナは仕留め切れなかった時のために()()をお願い」

「わ、わかりました……急ぎます……!」

 目を閉じて集中を始めたエリナの前にナタリアとソフィアが出る。ソフィアがこちらへ向かってくる眷属へ牽制の弩を放つも数発撃ったところで矢が尽きてしまった。矢を意に介さず向かってくる眷属に対し、葬具を槍へと戻したナタリアが駆け出す。瞬間、鋭い金属音が鳴り響く。彼女は振り下ろされた爪を槍で必死に受け止めた。力で押されそうになる直前に体を滑らせつば競り合いを解き、背後へと回る。渾身の突きを繰り出すが、こちらを一瞥もしない間に躱される。そのまま彼女と向き直った眷属は激しい攻撃のやり取りを続ける。互いに全霊の一撃を放っては躱され、受け流される。槍、三又、鎌と次々と変形を繰り返す彼女の槍に眷属も食らいつく。しかし、眷属の尻尾による足元への薙ぎ払いで彼女は態勢を崩し、地面に腰をつけた。すかさず鋭い爪が命を奪うために振り下ろされる刹那、間に入ったソフィアの銀剣によって受け止められる。

「……っぶな……入る隙無さ過ぎてどうしようかと思ったよ」

「へへ……あんがと」

「ナタリア!!ソフィア!!」

「私らはだいじょーぶ!!それよりエリナは集中して!!ナタリア、怪我してないよね?」

「あぁ、おかげさまで」

「良かった。治療の法儀式使えるのエリナだけだからさ。あの子、治療が苦手でめっっっ……ちゃ痛いからぁ!!!」

 ソフィアは雄たけびをあげながら剣を前へと押し出し、眷属をのけぞらせた。がら空きになった胸へと彼女の背後から伸びてきた槍が深く突き刺さる。血が噴き出し、二人を赤色に染め上げた。

「よしっ!」

「ヨッシャ!」

 終わった、と安堵したのも束の間、眷属は上体を戻し、再び爪を振り下ろす。どうやらまだ深さが足りなかったらしい。すぐさま心を臨戦態勢へと変えたソフィアが剣で受け流すも狼のようなアギトが間髪入れずに襲い掛かる。彼女の首元へと食らいつくはずのそれは、代わりにナタリアの槍を噛み金属音を奏でた。再度、爪で襲いかかるもまたしてもソフィアの剣に弾かれてはアギトで食らいつき、ナタリアに阻まれる。そのまま三者譲らぬ激しい攻防を繰り広げる。しかしソフィアとナタリアは徐々に後方へと押されていき背後には木々が並び立っていた。もうこれ以上は下がれず、かと言って眷属を押し返すほどの力は無い。

「しょーがない……これでも食べてな!!」

 ソフィアは俄かに剣を眷属へと投げた。頭を目掛けて一直線に飛んでいく剣を躱せないわけもなく眷属は少し首を傾けるだけで充分だった。剣は銀の軌跡を描きながら空に向かって飛んでいく。最早、打つ手無し。

「お、おいっ!葬具、手放してどーすんだ!!」

「まぁ……わかってたよ」

 大声を上げ責め立てるナタリアを横目に、ソフィアは空の掌を前へと突き出す。発動された法儀式によって空中に描かれた銀の軌跡、いや銀の糸が眷属を絡めとる。振りほどこうと抵抗するも、糸は空中で静止させた剣によってピンと張られ、暴れるほどに体に食い込んでいく。彼女は掌を前に突き出したままナタリアの方へ顔を向け、悪戯好きの子供のように歯を見せて笑った。それを見たナタリアもまた笑みで返し、槍を構え、眷属の胸に突き立てた。槍は肉体を貫通し、対象は沈黙した。かに思われた。眷属は首だけを動かし、肉薄した彼女の首元へと歯を向ける。

「しくった……心臓ここじゃねえのかよ……」

「ナタリア……!!」

「お待たせしました!!!おいで!!!」

 瞬間、眷属の頭部が跡形もなく吹き飛び、あふれ出した血がソフィアとナタリアを含む一帯を覆う。何が起こったのか理解できず呆然とするナタリアの眼前、さきほどまで眷属の頭が乗っていた首の断面に一羽の白く輝く鳩が停まる。

「はっ……へぇ……?」

「よかったぁああ……間に合った……」

「ご、ごめんなさい!その子、結構遠くまで行ってしまってたみたいで!呼び戻すのが遅れてしまいました!!お怪我はありませんかー!」

「あっ……あえ……な、ねえよ……」

 突然の出来事で未だ混乱するナタリアと胸をなでおろすソフィアの元へエリナが駆け寄る。途中、ソフィアの剣を回収し、彼女へ手渡す。ソフィアはありがと、と軽く礼を言い、固まっているナタリアの肩を小突いた。

「大丈夫?もう終わったよ」

「あ、あぁ……そ、そっか……ありがとなエリナ。おかげで助かった」

「いえいえこちらこそ。あの子を呼び戻すまでの間、お二人が体を張って戦ってくれましたし」

「ほんとに終わったかと思ったよ。そうだ、エリナはまだ()()()()()()()()()よね。浴びときなよ」

「はい、そうですね」

 ソフィアに促された彼女は地面に残る眷属の血を両手で掬い、胸元で手を開いた。血は彼女の体を滴り落ち、また地面へと還っていく。これはシスターの義務。より長く眷属と戦うための行為。眷属の血、《真祖》の血は不老の呪いを受けている。その身に取り込めば肉体の老化を著しく遅延させることができ、長期間に渡って全盛期のままでいられるのだ。また教団の掟により口からの摂取は禁止されている。穢れである血を取り込むことは禁忌であるためだ。あくまで返り血を浴びてしまったという体裁を作り上げる必要がある。このため、就任一年目のシスターは返り血を浴びやすいように過度に露出度の高い修道服の着用を命じられている。

「よし、じゃあ帰りますか。アリシアさん、ああ見えて心配性だから今頃胃を痛めてるよ」

「そーなのか意外だなあ。はぁ……またあのなっがい道を歩いて帰るのかよぉ……」

「あ、待ってください、お二人とも。まだ終わってませんよ」

「あ、そうだね。いけない。忘れるとこだった」

「ん?……あぁお祈りしなきゃな。忘れちゃいけねえことじゃねえか。あぶねえあぶねえ」

 3人はそれぞれ立ったままの眷属の亡骸の両肩、首に手を添え、静かに地面に横たわらせる。遺体を仰向けにした後、エリナが杖の先端を開き、中から五寸釘にも似た銀製の杭を一本取り出す。彼女はそれを遺体の胸に突き立て、地面に膝をつき、両の掌を合わせて握りこむ。それに倣うかのように二人も地面に膝をつき、手を合わせる。途中、ナタリアが疑問を口にした。

「お祈りって言うだけで良かったよな。なんだこの杭」

「エリナ流だよ」

「マザー・アリシアと共に作りました。私の精一杯の供養の形です」

 会話が終わり、静寂が訪れると3人は静かに目を閉じる。その顔には犠牲となった命に対する慈愛と贖罪の想いを向けた、今にも涙を流しそうな表情が浮かんでいた。誰が言った訳でもなく、3人はタイミングを計ったように口を開き、祈りの言葉を生み出す。

『罪無き貴方は赦されます。私たちにこそ罪有りき。どうか報いの其の日まで、安寧の中、お眠りください』

『セラーナ』

 今となっては意味を忘れられた言葉が紡がれると共に、遺体に突き立てた杭から蒼い炎があがる。法儀式特有の《聖なる蒼炎》。呪い、呪われたもののみを燃やし尽くす優しい揺らぎ。眷属となったものが受けた呪いは地上にて消し去られ、天界へ昇る犠牲者の魂に張り付いたままにはならないだろう。そうであってくれ、と願うエリナの葬儀の流儀。その行いの是非は神のみぞ知ると言ったところだろう。

 森に空いた広場に刺す日光はすでに橙色へと変わっていた。もうすぐ日が暮れ、夜が来る。耳に痛いほどの静寂と心が削がれる世界の裏側。それでいて命あるもの、皆に等しく安らぎを与える世界の子守歌。しかし彼女らに安らぎはない。命のために命を奪う、罪深き彼女らには。

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