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1周年

「あっ、来夢あそこ。開いたままの傘落ちてるから気を付けて」

 今日は付き合い始めて1年記念日。来夢がこんな自分と1年付き合ってくれてありがとうってご飯を奢ってくれる事になった。


 お洒落なレストランにしようって言われたけど、肩が凝りそうだし私も来夢と付き合ってからの1年は楽しかったからそこまで大袈裟にしてもらう必要はない。


 だからいつもみたいにお互い好きな服を着て一駅歩いていつもよりちょっと高い焼肉食べ放題の店に向かっていた。


「マジ、ヤバくない?これどこまでがセーフティゾーン?」

 来夢は落し物に敏感だ。開いたままの傘や飲みかけの蓋が開いたペットボトルを見るとそこから異世界に飛ばされたって思う。


「そんな事分かんないよ」

「じゃあもうこの道無理だな」

「って思うでしょ?」

 からかう事に飽きてきた私は少しでも来夢を守る事を考える様になっていた。来夢は期待を含ませた目で私を見ている。


「ここの異世界の入り口は1人しか入れないシステムだから大丈夫」

 なら気を付けてとか言わなければいいのにって話しなんだけど、言わないと知らない間に来夢が立ち止まったり勝手に違う道を歩いていたりするからちゃんと2人で共有する事にしている。


「なんで分かんの?」

「2人入れる広さなら傘も一緒に異世界に行ってるはずだから」

「傘持ち込み不可って可能性もあるだろ?」

 1年付き合っていてもまだこういう発言に私は笑わされる。だからこそ1年付き合えたんだと思う。


「武器になりそうだから持ち込み不可なんだよ」

「それなら寧ろ持って来てくれってなるだろ。得体のしれない物だからだよ。あれは異世界を滅ぼす物かもしれないって」

「それならさ、この世界の人間を異世界に連れて行く事自体おかしくない?」

 確かにって顔で何かを考え始める来夢を見るとやったーって気持ちになる。


 前までの私だったら身1つでどこまで強くなれるかの試練かもしれないよって来夢をからかっていたと思う。

 だけど来夢と色んな時間を過ごす内に異世界恐怖症に隠れて見えにくくなっていた部分を見てもっと来夢と一緒に居たいなと思うようになっていた。だから来夢のいい所が前面に出て来る様に異世界恐怖症克服大作戦が私の中で始まったのだ。


「こうして通れば絶対に大丈夫」

 来夢と手を繋いで引っ張る。足取りは重いけどちゃんと前に進んでくれる。去年までだったら前に進む事はなかったと思う。来夢は来夢で克服しようと努力をしてくれている。 


「ねっ、大丈夫だったでしょ?」

「あそこは1人用だったんだな」

 そもそも異世界への入り口じゃないと思うけど、来夢は本気で異世界への入り口だと信じている。


「あれはマジでヤバくね?」

 しばらく手を繋いだまま歩いていると来夢が立ち止まった。顔には怯えが浮かんでいる。なにがあるんだろうと思って来夢の視線の先を見る。


 見るまでは前向きな言葉を掛けようって思ってたけど私が言った言葉は

「ヤバイね」

って同意の言葉だった。口が開いて中身が飛び出ているリュックが落ちているなんて来夢じゃなくても異世界へ飛ばされたんだろうかって考えてしまう。なんて考えてる場合じゃない。


「異世界じゃなくて何か事件に巻き込まれた可能性あるよ」

 私は迷う事なくリュックを手に取って持ち主が分かる物がないか探させてもらう。


「それ触らない方がいいんじゃね?」

「だって事件だったら大変じゃん」

「だからだよ。事件だったら証拠になる物下手に触らない方がよくない?」

「確かに。すごい冷静だね」

「心優菜がメッチャ焦ってたから逆に冷静になった」

「って事は私が先にあそこは異世界への入口あるかもって騒げば来夢大丈夫なんじゃない?」

「いや、それは一緒になって騒ぐ」

「なんでそうなるの?」


 本当に事件だとしたら笑ってる場合じゃないけど、笑うしかなかった。


「でも道の真ん中に置いたままだったら踏まれるかもだから脇に避けるね」

「それはそうだな」

 そっとリュックを持ち、飛び出ていた中身も拾う。ペットボトルにペンケース、そして猫と犬のぬいぐるみ。ペンケースも猫のイラストが描かれていてペットボトルにはストロー付きの蓋が付いている。


「ちょっと俺の推理聞いてくれる?」

「異世界に飛ばされたって推理じゃなくて?」

「違う。マジなやつ。って異世界もマジだけどもっとマジなやつ」

「聞かせて」

「これ普通に落し物だと思う。想像でしかないけど子連れで自転車ってのが俺の考え」

「なんでそう思うの?」

「リュックは大人用なのに入ってる物が子供の物だし、自転車で子供が持ってて落としたって考えるのがベストかなって」

「それは合ってる気しかしない。ってかもうそうとしか思えない」

「だろ?事件性薄いから中身見させてもらおうか」

「そうと分かれば中見なくても大丈夫じゃない?この先にある幼稚園か保育園目指して歩いて行けば何か探してる人がこっちに向かって歩いてくると思う」

「確かに。って、推理が当たってればの話しだけどな」

「絶対に当たってるよ」

「なんで言い切れるんだよ」

「だってほら」


 私の視線の先には自転車を押しながら視線を左右に巡らせている男性がいた。


「リュック探してますか?」

 多分そうだろうとリュックを持ち上げて男性に見せると男性の顔がパッと明るくなり、小走りで近付いて来た。


「そうです。ありがとうございます」

「いえ、そんな。私達は見つけただけなんで」

「子供を幼稚園に送ったらカバンがなくてビックリしました。子供がどうしても持つって言ったんで渡したんですけどまさか落とされるとは」

 男性の言葉に来夢と顔を見合わせた。来夢の推理は見事的中だ。男性は私達にまた頭を下げて自転車に乗って帰って行った。


「名推理だったね。今度から開いたままの傘とか他の物に対しても推理したら恐怖心薄れるんじゃない?」

「それはマジでちょっとだけそう思うかも」


 来夢が少し前向きになった今がチャンスだ。ここ最近思った事を話す事にする。


「私さ思ったんだけど、異世界に飛ばされる人って心のどこかで異世界に憧れる気持ちあるんじゃないかって」

「なんでそう思えんの?」

「勉強の為に異世界が題材になってるアニメいっぱい見たの。異世界に行って現実世界に帰りたいって泣いてわめいてる主人公見た事ないもん。例え死んだ後だったとしても死んでまた新しい人生歩めるのラッキーとか絶対に異世界救うって意気込んでる主人公ばっかだったからそうなんじゃないかなって思う」

「帰りたいって駄々こねる主人公なんて主人公にならないだろ?」

「それってさ、フィクションの世界だからって事はないと思うんだよ。もしもこの世のどこかに異世界に飛ばされた人がいるとする。その人が帰りたいって泣き喚いたら異世界に呼んだ方も面倒くさいなってなると思うんだよね。さっさと受け入れて欲しいって私なら思うと思う」


 否定的な言葉を挟んで来ない。これはいけるかもしれない。


「私が誰かを異世界に呼ぶ権利を持っていたら絶対に異世界に対して前向きな人を選ぶよ」

「でも行きたくない奴が唯一その世界を救える人間って可能性もあるだろ」


 そのまま押し切れる程甘くなかった。でもいつもと違って一応言っておくかって感じに私は聞こえる。


「もしもそうなら私は異世界に対して前向きになってもらえる条件を考えるよ」

「例えば?」

「一生、野球観戦無料とか?」

 

 あんまりいい例えじゃないかって思ったけど、来夢は目を輝かせた。


「素質があって異世界に飛ばされたらまぁある程度はやれるって考えたらその条件は悪くないな」

「条件をのんでくれないなら世界を救わないってそこで駄々こねたらいいよ」 

「そうする。俺の異世界恐怖症の攻略のカギは推理と交渉だな」

「そうそう。それで大丈夫」

「さすがに今直ぐ大丈夫にはならないけど、いけそうな気がする」


 そこまで前を向いてもらえるとは。来夢に異世界恐怖症を克服して欲しいと思っていたけど、こうなると既に少し淋しく思っている自分がいる。


 でもそれで海も行けて2色に分かれている所も普通に歩ける。異世界恐怖症は思い出として心の中にしまっておこう。そしてこれからはもっと楽しく2人の時間を過ごしたい。


 もしも来夢の他に異世界恐怖症の人がいるのなら少しずつ克服している人がいますよって教えてあげたい。


 お互いに気持ちが前を向いた。私が横断歩道の白だけを渡った。振り向いたら来夢がいなかった。なんて事はなく、苦笑いしながら歩いていた。

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