野球
「俺のカッコイイ所見に来て欲しい」
来夢にそう言われたのは半袖から長袖に切り替わるタイミングだった。カッコイイの前にたまにはって言葉つけ忘れてるんじゃないかと思ったけどそこは黙っておいた。
せっかくだからたまにはカッコイイ所見に行こうと私は河川敷にある野球場に来ていた。
斜面にレジャーシートを敷いてキャップを被って横にはお弁当を置いて座っている私はまるで保護者みたいだった。
たまに本当にあれ?私って彼女だよね?って思う事はあるけど、今日は保護者みたいとは思うけどちゃんと彼女って気持ちで座っている。
夏に来夢と野球を見に行ったけど、来夢は興奮していてルール説明をしてくれようとしたけど、何を言ってるか分からないからもういいって私から言った。
来夢に野球は投げて打つって事と俺がカッコイイって事が分かれば大丈夫って言われたからこうして見に来た。
「えっ、心優菜ちゃんだ」
ゆっくりとした時間に穏やかな声が聞こえて来た。言葉は驚いているけど、口調はゆっくりだ。
「依里さん、お久しぶりです」
依里さんは来夢の先輩である航希さんの彼女。航希さん自体は2個上だけど絵里さんは6個上で、何度か一緒にご飯に行った事がある。
「試合見に来たんだよね?」
「はい」
「じゃないとこんな所にいないよね。隣座っていい?」
「もちろんです。1人で退屈してたんで嬉しいです」
来夢はレフトだから球が飛んで来ない時はただ立っているのを見るだけだ。と言ってもユニフォーム姿は新鮮だし、立っているだけでもカッコイイと思う。でもやっぱり投げたり打ったりして活躍する来夢を見たい。
「心優菜ちゃんが試合見に来るの初めてだよね?」
「そうです。来夢にカッコイイ所見に来てって言われたんで見に来ました」
「ユニフォーム着るだけでキリッとして見えるよね」
「そうですね。依里さんはよく来るんですか?」
「ここは砂漠?って勘違いするぐらいの暑いとか凍え死んじゃうって思うぐらい寒い日以外は来るかな」
この言い方は私は暑くて無理って思う日でも依里さんは来てるんだろうな。
「当たり前かもしれないですけど野球のルールは知ってるんですよね?」
「うーん、半分ぐらいかな」
「そうなんですか?」
「細かい所は覚えなくてもホームラン打ったら手振ってくれたり、声出してる姿見るだけで楽しいから。でも勝った日の航希はいい顔するから勝って欲しいなって思う」
「私も勝っていい顔する来夢見たいです」
「なら全力で応援しよう」
そう言うと依里さんは立ち上がって
「航希がんばれー」
って攻守交代でベンチに戻る航希さんに声を掛けた。航希さんと来夢は同じチームだから今の声援に私の思いも乗せておく。来夢も言って欲しそうな顔でこっちを見てるのは気付かないフリ
「心優菜ちゃん、来夢君見てるよ」
は出来なかった。
「来夢、ホームラン打ってねー」
依里さんが先立って声を出したし、出さない方が恥ずかしいと思って声を出した。来夢の顔を見て言って良かったなって思った。久し振りに大声を出したけど気持ちいい。
「ねぇ、聞いていいか分からないんだけど」
こういう話しの切り出し方って大概はいい話しじゃない。でも依里さんは人のプライベートに土足で踏み込んで来るタイプじゃないから安心して話しを促せる。
「来夢君って幽霊見えたりする?」
まさかそんな事を聞かれるなんて思ってもなかった。
「幽霊ですか?幽霊ってオバケって事ですよね?」
来夢に霊感があるなんて話しは聞いた事がなかった。
「その答え方だと見えないのか」
「もしくは私が知らないってパターンもありえます」
「なにか感じた事はない?」
「来夢が幽霊見えてるって事をですか?」
「そう」
「私はないですけど、何かあったんですか?」
「航希が来夢君は何もない所で急に驚いたりする事が結構あるから多分見えてるって言ってたからそうなのかな?って思って」
頑張ってるんだろうけど、メッチャバレてる。異世界恐怖症って事はバレてないけど、何かがある事はバレてる。
「あー、それなら私といる時もありますよ。たまに石を虫と見間違えたりとかで驚いてる事はあります。私も理由聞かないと何に驚いたのか分からない時があります」
咄嗟に出たにしてはそれっぽい理由になった。
「それなら私もある。私もこの前猫が車に轢かれてるって思ったらブランケットだったんだよね」
「それは盛大な見間違いですね」
「心優菜ちゃんも見たら絶対に猫と間違えるって。ちゃんと耳も再現されてたんだから。あっ、来夢君の打席だよ」
打つ時はヘルメットを被ってバットを持つ。守る時は普通の帽子でグローブって来夢は説明してくれていた。
来夢がヘルメットを被ってバットを持つのはこれで2回目だ。1回目はヒットだった。野球をあまり知らない私もヒットとアウトは分かる。
「さっき心優菜ちゃんが来夢君に声掛けたから相手のピッチャー気合い入ったね」
「来夢がじゃなくてですか?」
「もちろん来夢君もだけど、ピッチャーに彼女がいなかったりすると彼女いる奴には絶対に打たせないって気合い入るんだよね」
「あー、なんとなく想像出来ます」
だけど来夢はカッコイイ所を見に来て欲しいって言った。だから私はカッコイイ所を見たい。
本当は大声で叫びたいけど、心の中でホームラン打ったら一生異世界に飛ばされなくて済むよって言っておく。
1球目空振り、2球目はバットに当たったけど後ろに飛んで行った。1回目と違ってすごくドキドキする。私は本気でホームランを打ったら異世界行きを阻止出来ると信じている様だ。
異世界への恐怖と戦う来夢を可愛いって思うけど、やっぱり今後も付き合っていくのならただカッコイイだけの来夢がいい。
でもそうなったらそうなったで今の来夢が恋しくなる時が来るのだろうか。子供が小さかった時を懐かしむみたいな感じで。って言ってもその気持ちも想像でしかないんだけど。
「来夢、打ちますよね?」
「打つよ。もう全身から打つってオーラ出てる」
「それ逆に打てないパターンじゃ?」
「私、今まで何試合見てきたと思ってる?」
確かにって思った。依里さんがそう言うんだから来夢は打つのだろう。
ピッチャーがボールを投げた。表情は見えないけど、きっとすごく集中してる。野球をしている時は異世界の事を1ミリも考えないって言ってた。
来夢がバットを振った。その瞬間に依里さんが打ったよって痛いくらい私の肩を叩いた。
少しして来夢がガッツポーズをして走り出した。本当に打ったんだ。かなり嫌な女になってしまうけど、ピッチャーに見せつけよう。
「来夢最高。カッコよかったよー」
そう言うと来夢は私に向かって拳を突き上げた。その姿は本当にカッコよかった。
今日は来夢のカッコイイ所を見れたし、異世界行きも回避出来たし、2人にとって最高にいい日になった。