散歩
「なんで白だけ渡んだよ」
横断歩道の白線だけを渡っていたのを気付いた来夢は慌てて私の腕を引っ張った。
「だってこの方が楽しいじゃん」
「横断歩道は遊ぶ所じゃないだろ」
「遊んでないよ。ちょっと歩幅を大きくしてるだけ」
「別に普通に歩けばいいだろ」
楽しいって言ってしまったけど、そこは聞き流してくれたみたいだ。
「大丈夫だよ。白だけ渡っても異世界には行かないから」
「そんなの分かんないだろ」
そうやってムキになるのが可愛いから私はこういう事しちゃうんだよな。でもあんまり続けると来夢に悪いなって気持ちになるから
「じゃあ今度からは止めるね」
って言っておく。
「それがいいよ」
心からホッとした来夢の顔がまた可愛い。
お互いバイトはしてるけど、節約の為と身体を動かすのが好きな来夢に合わせてよく散歩をする。
汗をかくのは嫌いじゃないけど、日焼けは嫌だから私は日傘を差して歩く。日傘を差すと来夢から私の顔が見えなくなるから頻繁に覗き込んで来る。
最初は何を確認しているのか分からなかったけど、急に違う人に入れ替わってるのを心配してるんじゃ?と思って本人に聞いたら本当にそうだった。
知らない間に異世界の誰かと入れ替わってないか不安で仕方ないらしい。それを聞いて私は涙が出るぐらい笑った。
来夢は笑いごとじゃないって言ったけど、私からしたら笑いごとだ。ってか来夢以外のほとんどの人からしたら笑いごとだ。
私は来夢との日々はそんな事考えるんだ!?って驚きもあって新鮮で楽しいけど、来夢の異世界恐怖症で別れる人の気持ちも理解は出来る。でも私からしたら元カノ別れてくれてありがとうって感じ。
「でもさたまにショッピングモールで白黒のタイルとかあるじゃん?」
「あれも危ないよな」
きっと今来夢は顔をしかめてる。想像しただけで笑える。来夢は不安がるけどこういう時日傘は便利だ。
「もしかしたらさ、このタイルを全部踏んだら異世界に飛ばされますよってルートがあるかもだね」
「そんなん言われたらもう歩けなくなるだろ」
「それを考えたらもうどこも歩けないよ。今だってもしかしたらどこかにスイッチがあるかもしれないし、どこかで見てる人があの2人に世界を救ってもらおうって決めるかもしれない。可能性は無限大だよ」
「もうマジで歩けねぇ。ってかどこかに隠れたい」
来夢は本当に足を止めた。ここまで来ると申し訳なく思う。そうなる前に話題を変えたらいいんだけど、楽しくてつい言いすぎてしまう。
「堂々としてる方がいいよ」
「堂々としてたらあいつは魔王を倒せそうだとか思われねぇ?」
「思わないよ。そういう基準で選ぶなら格闘技やってる人とか選ぶでしょ」
「ムダに自信ある奴の方が選ばれそうじゃね?」
「それは人によるかもね。いっその事くじ引き制度にしたらいいよね」
「そうなったら宝くじで1等当たる確率より低い当選確率だとしても俺が絶対に当たるから無理」
もうここまで来たら笑うを通り越して尊敬する。来夢の異世界への恐怖は本物なんだなって私が頑張らないとって気持ちと他の事はどう反応するのか試したいって気持ちが湧き上がってくる。
「現実世界で異世界に飛ばされる事がないからこそ二次元の世界に異世界設定が溢れてるって考え方は出来ない?」
我ながらいい考え方だと思った。これなら来夢も納得するんじゃないかって思ったけど
「実際にあったからこそマンガの題材になったって考え方も出来るだろ」
って確かにそうかもしれないと思わされる答えが返って来た。そもそも私の1言で長年の恐怖症がなくのなるならもうとっくになくなってるはずだ。
「実際に異世界に行った人がいたなら絶対にバズってると思うけどな」
「証拠がなきゃただの嘘つきだからな」
「だから二次元の設定にするのか」
「なに納得してんだよ」
「だってメッチャ想像出来たんだもん」
「心優菜が受け入れたら誰が俺を救ってくれんだよ」
最後の言葉だけを聞いたら情けない彼氏だなって思われると思う。カッコイイ来夢を知っていてもこの発言で別れを決意する人もいると思う。それでも私はやっぱり可愛いって思う。
「大丈夫。そうやって自分の経験をフィクションの設定にする人は信じてもらえなくても自分が異世界に行った時の経験を描きましたってどっかにコメント残してるはずだから」
「それでもし居たらどうすんだよ」
「もう割り切るしかないよ」
「そしたらもう俺は引きこもりになるよ」
「そしたら来夢が異世界に飛ばされても誰も気付かないね」
私の言葉に来夢はこの世の終わりを見た顔をした。マンガみたいな表情に思わず笑ってしまう。
「探さない、見ない、気にしない。これで来夢は大丈夫」
「言うのは簡単だけどさ」
「否定するのも簡単だよ。どこかで割り切らないと来夢は一生異世界への恐怖と付き合う事になるんだよ。それが一番嫌じゃない?」
「絶対、嫌だ」
「でも今のままだったらそうなるよ」
その言葉に来夢は口を尖らせた。分かるけどそう簡単な話しじゃないって思ってる事は直ぐに分かった。
「どうやったら安心出来るの?」
「それは俺が知りたい」
「横断歩道歩道の白だけ渡って大丈夫だったとしても来夢は納得しないでしょ?」
「その100回に1回は異世界に飛ばされるかもしれないからな」
「100回に1回に怯えるより何でもない99回を楽しく過ごす方が良くない?」
これはいい言葉だと自分で思った。けど来夢は違った様だ。
「ずっと注意しとけばその1回も来ないなら気をつけとく方がいいだろ」
なるほどって納得させられる。私ならその1回も絶対にないって言い切れるんだけど、来夢にそれは通じない。
「喉渇いたから私先に行くね」
からかうのは楽しいけど、本当にたまにもういいかって気持ちになる。今がそれだ。本当に喉が渇いたし、まだ汗をダラダラかく季節ではないけど日傘を差していてもじんわりと汗をかく。ここで話し続けているのは楽しいより疲れるが勝つ。
「もうちょっと行った所のドーナツ屋で待ってるね」
「待って。俺も行く」
待っての言い方が可愛くて思わず歩き出した足を止めてしまう。
「頑張って歩こうね」
「子供じゃないから」
「じゃあ頑張って異世界への恐怖克服しようね」
怒るかな?って思ったけど、来夢はちょっとだけ下唇を出して不満そうな顔をしていた。言い返したいけど何も言えないって感じだと勝手に思う。メッチャ子供じゃんって思ったけどさすがに言わない。
「あっ、分かった。ただひたすら楽しく話してたらいいんじゃない?もう全て忘れるぐらい話す事に集中してよ」
「なら心優菜の顔見ながら話したい」
「じゃあ、はい」
来夢に日傘を渡す。来夢は不思議そうな顔をしながら日傘を差した。
「一緒に入るから持ってって事。暑いけど、引っ付いて歩くのは悪くないよね」
傘を持つのに曲げられた手の筋肉がカッコイイ。カッコよかったりカッコ悪かったり、可愛かったり。来夢との時間は本当に面白い。