コンビニ
「ねぇ、ちょっとコンビニ寄っていい?」
「いいよ」
授業が終わってたまには反対方向でも散歩してみない?と来夢を誘っていた。普段も一駅歩いたりは当たり前だから不審がられる事はなかった。
目当てのコンビニに到着して自動ドアが開いた所で立ち止まる。急に立ち止まった私に気付く事なく来夢は店内に足を踏み入れた。
来夢が店に入るといかにも異世界に飛ばされそうな音がいつものチャイムの入店音に代わって流れる。
いかにも異世界に飛ばされそうな音ってなに?って感じだけど聞いたら確かにって思うと思う。文字にするとヒュオオオーンが一番近いと思う。
来夢は異世界行きを覚悟したのか恐怖と悲しみでいっぱいの目を私に向けた。
「大丈夫。来夢だけじゃないよ。ここ今ゲームとコラボしてるからもれなく皆その音流れるの」
その情報を知って実は下見に来ていた。コラボしていると知っていても入店音にはビックリしたから来夢を連れて来たら面白そうだなって思って今日来た。
守るって言った事は嘘じゃないし、今も思ってる。でも来夢のリアクションが可愛くて面白いからついからかってしまう。
「一旦出よう」
ここに立っていたらジャマになるからしょうがないから外に出る。
「他のコンビニにしよう」
「1回入って大丈夫だったんだから大丈夫だよ」
「1回目大丈夫でも2回目大丈夫じゃない可能性だってあるだろ」
「来夢の時だけ音が変わるんじゃないよ。全員あの音がするから大丈夫だって」
「100人に1人は異世界に飛ばされるかもしれないだろ」
思わず笑ってしまった。あまりに笑うと来夢がスネちゃうから控えめに笑った。
「じゃあ私だけ行ってくるから待ってて」
「俺もなんか飲みたいんだけど」
「分かった」
多分、飲みたいから別のコンビニに行って一緒に買おうって事だと思うけど、私は来夢をからかう為だけにここに来た訳じゃない。
前回売り切れていたHP回復薬が欲しかった。まぁそれも異世界への恐怖と戦って疲れた来夢に渡したらどんな反応するかな?って思っての事だから結局はからかうって事になる。
「適当でいい?」
「いいよ」
明らかに良くなさそうな口調で来夢は言った。ここまで来て違うコンビニに行こうって言える程私は優しくない。
店内に入って真っ直ぐ前回売り切れていた棚の前に行く。少し離れた所から1本だけあるのが見えたから周りにお客さんはいなかったけど急いだ。
無事に手に取る事に成功してレジに向かおうとしたけど、これだけはさすがに来夢が可哀想だから来夢の好きなジュースも買った。
「買って来たよ」
「サンキュ」
差し出された手に回復薬を渡す。
「なにこれ?」
「HP回復薬。来夢けずられた後だからちょうどいいでしょ?」
「冷えてないじゃん」
「薬だからね」
「心優菜はなに買ったの?」
「これ」
「それ俺が好きなやつじゃん。俺そっちがいい」
「半分ずつ飲もう」
「いや、いいよ。心優菜も授業で疲れただろ?回復薬で回復したらいいじゃん」
「瀕死になる程疲れてないし、来夢と会えたから私のHPはとっくに回復してるよ」
「俺も」
「そんなの後出しじゃん。私が言ったからって言うのはなしだよ」
来夢が意地でも受け取らないのを見てただからかわれているのが嫌で意地になっている訳じゃないって気付いた。
「ゴメン、からかい過ぎた。異世界っぽいアイテム押し付けられたら嫌だよね」
大袈裟にシュンとしてみせる。慌てた来夢はこれがわざとって事に気付かない。
「いや、違う。そうじゃない。別に異世界っぽいアイテム買って来たから怒ってる訳じゃない。ってか俺もゲームするしこういうのは面白いと思う」
「じゃあなんで?」
「これ飲んだら異世界に飛ばされそうだなって」
正直そこまでとは想像していなかった。来夢がそこまで考えるとも思わなかった。ただ異世界っぽいアイテム嫌がる来夢可愛いだろうなぐらいだった。まさか飲んだら異世界に飛ばされるなんて考えると思ってなかった。
「HP満タンになったから異世界に来なさいって?」
「そう。マジそれ。で、異世界に行ったら簡単に回復出来ないんだよ。マジ意味分かんねぇじゃん」
来夢の言い方に思わず笑ってしまった。私が思っている以上に来夢は異世界に飛ばされる事をリアルに考えているみたいだ。
「じゃあ私HPあんまり減ってないけど飲むよ」
「そしたら心優菜が危ないだろ」
「半分以上残しとくから大丈夫。そしたら異世界行った時も回復出来るでしょ?」
「いや、それはそうかもしれないけどそういう問題じゃないから」
それはそうなんだってまた笑ってしまう。
「じゃあどうすればいいの?せっかく買ったのに飲まないなんてもったいないじゃん。ってかこれ人気商品だよ?飲んだ人皆異世界に飛ばされてたら大騒ぎだよ」
「だからこそだよ。よくあるだろ?入場者100万人突破セレモニー的なやつ」
「あるけど、えっ、嘘でしょ!?」
来夢の言いたい事が分かって話している途中に笑いが止まらなくなって来てしまった。
「それがもし100万本目だったら異世界行き決定とかマジ無理」
来夢は真剣に悩んでいるんだからこれ以上笑ったら可哀想だ。そう思うけど息が出来ないぐらいに笑ってしまう。20歳を超えて本気で悩んでるの可愛すぎ。
「笑い事じゃないから」
「ゴメン、分かってるけど」
なんとか喋る事が出来たけど笑いは止まらない。
「とりあえず今はこれを半分ずつ飲もう」
笑い続ける私の返事を待たずに来夢はジュースを開けて飲み始めた。あれだけ回復薬を嫌がって子供みたいだったのに好きなジュースを飲む来夢はただジュースを飲んでいるだけなのにカッコイイって思わされた。
「はい」
差し出されたペットボトルを受け取る。来夢をからかうのも楽しいし、可愛い一面が見れるからいいけど、こうやって来夢の好きな物をシェアする日常の時間は幸せだなって思う。
「それどうすんの?」
「私が持って帰るよ」
「でも·····」
でもの後は異世界に飛ばされたらって言葉が続くはずだ。
「もしも急に連絡取れなくなったらそういう事だと思っといて」
俺も飲んで後を追いかけるなんて言葉はもちろん期待していない。でも来夢から返って来たのは
「でもさ、そうだと思って俺も飲んだとするじゃん?でも実際は心優菜のスマホ壊れただけで俺行き損って事あるだろ?それだけはマジ無理」
って期待を超える答えだった。例えだとしても飲んで追いかけるって言ってくれた事が嬉しかった。
「あっ、じゃあこうすればどう?」
本当は写真を撮っておきたかったけど、なんとか我慢してラベルを剥がした。
「これでもう普通のジュースでしょ?」
「うーん、さっきのを見てるからな。それにさ、それって毒を飲ます時の手口じゃね?」
「美味しいジュースと見せかけていて実は·····。的な?」
来夢は思い切り顔をしかめて頷いた。そこまで想像出来るのすごい。もしかしたら来夢は今までになかった異世界小説を書けるかもしれない。
「でももったいないから飲むね。1週間後ぐらいに飲むから」
1週間後に連絡取れなくなったらそういう事だと思っといてって言葉は飲み込む。
「だから来夢も1週間の内に忘れて」
なにか言いたそうな顔をしていたけど最終的に
「分かった」
って頷いてくれた。ジュース1本でこんなにも楽しくなるなんて来夢との時間は最高だ。