駆け出しの冒険者
ここから新章です
私とザックは、王立ガファイ高等学院を無事に卒業した。
この学院は3年制であり、私達は二人共留年せずに卒業できたため、学院での卒業パーティーが行われた頃には18歳を迎えていたのである。
卒業後、冒険者になるための最終準備で約1ヶ月時間がかかった。それは、お互いに貴族の子息子女であるがためであり、万全を期して旅立ちをしたかったためである。
「1ヶ月ぶりね、ザック」
「あぁ、エセル。お互いしっかりと準備できて、よかったな!」
王都にある噴水広場の前にて、私はザックと再会を果たす。
ザックは剣士。私は魔法使いとして、他の冒険者達とあまり変わらないような身なりになっている。
本来、貴族の子息子女が冒険者になる場合は、妙な矜持なのか服装の所々に刺繍や紋章を入れていたりと、「平民よりは豪華な服装」を無意識の内にしてしまう者が多い。
そんな中、私とザックは元日本人で派手なのを好まないのと、旅の目的からあまり目立たないようにしようと考えた上で選んだ服装だった。
「…それにしても、広場で初めてエセルを目にした時、驚いたよ!学院にいた頃と髪色が違っていたからな」
「えぇ、学院時代は髪色を染めていたのよ。若気の至りかもね」
ザックと私は、歩いて移動しながら会話をしていた。
この世界も転生前の地球と同様、髪の毛を染める文化が存在する。私の場合、学院に通っていた頃は少し明るめの茶髪だった。エセル本人がどういう意図で染めていたのかはわからないが、今の髪色を見ていると何だかわかる気がしてきていた。
少し紫の入った黒髪…。これが地毛って事だから、目立たないようにエセルは染めていたのかもしれないわね…
私は、二の腕くらいまで長さのある自身の髪に触れながら考える。
学院を卒業後、旅の最終準備を実家で行っていた際に、染めていた髪を元の色に戻していた。家族はもちろん私が染めていた事を知っているので、髪色を戻すときに少し心配していたが、私は特に気にしていない。
というのも、私の両親は共に自分とは全く違う髪色を持つ。ただし、過去のウィザース家当主に私のような髪色の者がいたようなので、一種の先祖返りのような現象だろうという結論に至ったのだ。
「おー…。やっぱり、冒険者だらけだな…!」
「そうね…!ひとまず、受付向かいましょ」
たどり着いた大きな建物の扉を開けた私達は、瞳に映り込んだ光景に目を見張る。
しかし、やる事を早く済ましたかった私は、ザックに受付へ向かおうと促す。
私達が訪れたのは、この王都にあるギルドだ。
冒険者として旅をする者は、ギルドにて冒険者登録をする事が義務付けられている。それは、国がどれだけ冒険者がいるかを管理する意味合いや、安全管理・身分証明のためとあらゆる事情が潜んでいる。
無論、冒険者にとってもメリットは高い。
異世界ものの漫画やライトノベル等で知られている通り、ギルドには依頼者が依頼を出してギルドが受託。そしてギルドが冒険者に依頼を斡旋、依頼達成すると報酬金がもらえる。この報酬金が冒険者達の資金源になるし、依頼をたくさんこなす事が様々な経験を伴う事ができる。
当然この世界では“アルバイト”という概念はないが、このギルドでの仕組みはアルバイト。もしくは、職業安定所みたいな役割を担っているのかもしれない。
「エセル・サラ・ウィザース様。これにて、全ての手続きは終了です。依頼は受付からもご案内できますが、概要を知りたい場合は壁にある掲示物をご覧ください」
受付の職員からそう告げられた私は、身分証明となるプラスチックのような物質でできたタグを受け取った。
ギルドでの冒険者登録には当然、書類提出がある。ただし、書類を取り寄せて必要事項を記入してから持参する事は可能なため、私達は使用人に書類を取り寄せてもらい、必要事項は既に記入済だった。そのため、冒険者登録が滞りなく進んだのである。
ザックも、特に問題なく登録終わったみたいね…
私は、自分の隣にある窓口で手続きをしていたザックを一瞥しながら思う。
手続きを終えたザックは、私と同じ長方形で白いタグを受け取っていた。
この薄いタグは冒険者にとっては、身分証明をする証となる。今は白いタグだが、冒険者のレベルがあがるにつれて、タグの色が変わるという仕組みだ。彫られている文字は登録者のフルネームだけだが、これだけでも万が一「何か」があった場合に身元証明ができるという事を指す。
「…っ…!!?」
「ザック…?」
その後、壁に貼られていた掲示物を私達は眺めていた。
すると、ザックが突然身体を一瞬震わせる。不思議に思った私は、首を傾げながらザックを見上げた。
因みに彼の身長は、178㎝。対する私は、153㎝。そのため、彼を見上げて話をする機会が多い。
「…悪い、何でもない」
「…そう…」
ザックが気まずそうな表情をしていたため、私はそれ以上の追求はしなかった。
彼が転生前の記憶を思い出してから知ったが、雪斗は“今は伝えられない不確定要素”がある時に必ず、同じような表情をする事が多い。彼曰く「いずれ話せる時がくると思う」という事らしいため、私も深くは詮索をしない。
いくら同じ転生者とはいえ…他人に言いづらい事もあるだろうしね…
そういった聞き分けの良さは、雪斗よりも倍近くの年月を転生前に過ごしてきた私だからこその対応かもしれない。
「何をするにしても、どの道お金が必要!!…ってのは、万国共通ってことよね!」
ひとまず私は、違う話題を切り出す。
それは当然、この気まずい雰囲気を払拭するためだった。
「あぁ。だから、戦闘がない小さな依頼からコツコツとこなしていこうぜ!」
普段の口調に戻ったザックは、私の台詞に対して同調の意を示してくれた。
そこから2週間程、冒険者のかけだしでもこなせるような小さな依頼から私達は請け始めた。
ギルドに依頼が舞い込む内容は魔物の討伐だけではなく、街の用水路に棲む害虫駆除や掃除。商人の護衛から、武器防具屋の荷物運び等の日常生活に付随する依頼も多い。
冒険者も、いきなり魔物討伐だとすぐに命を落としかねないので、そういった小さな依頼を複数こなし、魔物討伐や遺跡探索といった所謂“冒険”をするようになる。というのが、大半の冒険初心者の心得となってきているのであった。
活動資金がないと、武器防具を揃える事も難しいからね…。本当、ギルドって日本でいう職業安定所よねー…
私は、ザックと街の用水路を見回りしていた際にそんな事を考えていたのである。
小さな依頼を複数こなす中でも当然、ウルヴェルドから話を聞いていたあと二人の転生者について情報がないか調べていた。
ギルドは多くの冒険者が行き来するので人探しをするには最適だが、私の鑑定スキルを駆使してもなかなか見つからない。
なかなかすぐに見つからない事に焦るような気持ちにもなりそうだったが、焦りは禁物だと自分に言い聞かせた。
私とザックがギルドで冒険者登録をしてから3週間ほど過ぎた頃―————————
「…不思議な雰囲気の冒険者達だったよな、エセル」
「…えぇ、本当に」
道具屋の手伝いという依頼をこなしてギルドに戻って来た私とザックは、街中ですれ違った人物について話していた。
剣士としての勘を持ったザックの感性もすごいけど…。まさか、鑑定スキルで“何もわからない”人物がいるとはね…
ザックと話していた際、私はそんな事を考えていた。
「あ!エセルさんとザックさん!今、少しいいですか?」
私とザックの存在に気が付いたギルドの受付嬢さんが、声をかけてきた。
その声に気が付いた私達は、その受付嬢さんのいる窓口へ駆け出していく。
「…どうかしたんすか?」
「えっと、お二人をご指名の方たちが今来ておりまして…」
「私達を…指名…!?」
ザックが何事か問いかけると、受付嬢は少しまごまごした口調で用件を伝えてくれた。
一方、私は自分達が指名を受けた事に驚いていた。
…別にまだ、凶悪な魔物を倒したりと大口の依頼をこなして有名になったとかではないのに…。どういった用件なんだろう?
私は、その場で腕を組みながら考える。
しかし、私達が黙ったままでは受付嬢も話を進めにくいだろう。そのため、私はこう切り出した。
「私と彼を指名した“方たち”…というのは、一体何人でどういった人物なんですか?」
「あ、はい。今、ギルド2階にある応接室で待ってもらっているのですが…貴女がたと同じ冒険者さんです。数は二人組で、いずれも違う種族の方でしたね…」
私が話を切り出すと、受付嬢はすぐに答えてくれた。
「よくわからないが、ひとまずそいつらに会ってみるよ」
「お願いします」
「まずは会って話をしないと何もわからない」と判断したのか、ザックが同意を示すと受付嬢は一言告げて深くお辞儀をしてくれた。
異種族…か。どんな人達なんだろう…?
受付嬢との会話を終えた私達は、応接室のある2階へ続く階段を上り始めていた。
ここ3週間ほどでいろんな人々と交流し、エルフやドワーフ。獣人といった他種族の冒険者も見かけるになってきた。しかし、直接話をするのはこれが初めてに当たる。
ザックも緊張している…だろうな…
私は彼の表情こそ見ていないものの、背中から醸し出す空気から彼も緊張しているのではないかと肌で感じていた。
この後、ウルヴェルドが言っていた転生者の内、残りの二人を見つけることになろうとは、この時の私やザックは全く考えていなかったのである。
いかがでしたでしょうか。
今回はもう、RPGでいうところの本当冒険の序盤中の序盤みたいな回でしたね。
だいぶ駆け足ではありますが、ギルドの仕組みやら諸々書けて良かったかなと。
まだ物語も前半戦なのであまり掘り下げた事をこのあとがきでは書けないですが、話が進むにつれて伏線回収といった様々な事をこちらで書かせて頂ければなと考えています。
さて、エセルとザックを指名したのは誰なのか?
駆け出しである二人に何が待ち受けているのか…お楽しみに★
ご意見・ご感想あれば、宜しくお願い致します