陸上と水上の移動手段
今回は、ザック視点で話が進みます。
「何だか、地球でいうスノボに乗っているみたい!慣れれば楽しいわー!!」
「うむ、風が気持ちいのー!」
「よ…ようやく慣れてきたわ…」
この会話は、移動中にスルタン・マリアーノ・エセルが交わしていた内容だ。
勇者一行の魔法使い・フレイプの故郷であるエルフの里を出発後、里の住人から貰ったある移動手段を用いて俺——ザックは、仲間達と目的地へ移動していた。
流石、変わり者が多いエルフの里。こんな物まで、作れる奴がいるなんてな…!
俺は、全身にくる風を感じながらそんな事を考えていた。
エルフの里を出る際に俺達4人は、フレイプの仲介によりある移動手段になりえる物を里の奴から貰った。それは、一見すると地球でいうスノーボードの板だ。ただし、スノーボードと異なるのは、後ろの方に動力源となる魔晶石が埋め込まれている事。そして、利用者が足を板についている縄に固定すると、宙に浮いて動き出すという点だろう。
また、運転を開始すると自動的に目隠しの魔法も発動し、”板に乗って宙に浮いている“という場面を他人に見られる心配がない。唯一の欠点は、乗り慣れるまで個人差があるという事ぐらいだろう。
「エセル、大丈夫か?」
「あはは…。転生前はスノボやってなかったし、スキーやスケートも社会人になってからほとんどやっていないから、バランスとる系全般は苦手なのよね…」
俺は、手慣れたような動きでエセルの隣に立つ。
“本来のエセル”はどうなのかは知らないが、寛に関していうとバランスとるのが大事な種目は苦手らしい。因みに雪斗は転生前、スケートボードの方はある程度やっていたため、この宙に浮く板にはすぐ慣れる事ができた。美都紀も一応、スノーボード経験者らしく、最初はふらついたがすぐに慣れていた。
マリアーノに関していうと、元々ドワーフが乗る乗り物が現在乗っている物と似た系統であるためか、バランス感覚は申し分ないようだ。
「バッシュ達も、これ持っているのよね?」
「あぁ。フレイプもエセルと同じ収納魔法を使えるから、最初に会った際には持っていなかったのかもな」
気が付くとスルタンが俺達に話しかけてきたので、俺は相槌を打つ。
俺達がエセルを助けるために魔王城へ侵入した際、このスノーボードみたいな乗り物は使っていなかった。その理由は簡単で、あの時は勇者一行の分しか板がなかったからだ。スルタンとマリアーノもそれに気が付いているのか、その話題については誰も触れることはなかったのである。
雪斗…
なんだ…?
すると、不意に”本来のザック“が俺に声をかけてくる。
現在ならば、寛の中にいる”本来のエセル“とも意思疎通が可能だと思うんだ。だから、伝えてほしい事があるのだが…
「…!!」
”本来のザック“が”本来のエセル“に伝えてほしい事があると聞き、その内容を知った俺は瞬きを数回した。
エセルがそれを目撃した後、俺は一呼吸おいてから口を開く。
「なぁ、エセル…。いや、今は寛と呼んだ方がいいかもしれねぇが…」
「どしたの?」
ザックからの伝言を伝えようとする雪斗の心臓の鼓動が、少しずつ早くなっていた。
そんな俺に視線を向けながら、寛は俺が話し出すのを待っていた。
「今なら、”本来のエセル“に伝えられると思うから…。俺の中にいるザックから、エセルに伝言がある」
「伝言…?」
「学院にいた頃…。エセルが、自身の実力をわざと落としてふるまっていた事に気が付いていたが、何もできなかった…。つまりは、魔族によって殺されかけた所を助けられなくてすまなかった…。って、伝えてほしいんだ」
「ザック…」
”本来のザック“からの伝言を聞いた寛は、瞬きをしながら視線を下に落とす。
おそらくは、“本来のエセル”と心の中で会話をしているのだろう。俺達の間で、数秒ほどの沈黙が続く。その間、心の中で“内”にいる本来の魂と対話しているのをわかっていた俺は、黙ったまま空中移動する板を稼働していた。
「…“本来のエセル”からの伝言。“お前が気にする事はない。むしろ、自分なんかを気にかけてくれてありがとう。魔族の事は誰にも相談できなかったので、正直嬉しかった”ですって…」
「そか…」
この時、彼女は寛。俺は、完全に雪斗の口調で会話をしていた。
「雪斗から、もう一つ」
「?」
「中身は、俺の方が餓鬼だけど…。見た目は今、同世代の人間なんだ。だからこそ、言わせてほしいんだ。“これからは、可能な限り俺が寛を守りたい”と」
「ザ……雪斗……」
俺が真剣な表情で告げると、エセルは戸惑いつつも俺の“転生前の名前”に訂正していた。
思えば、転生前の寛は既婚者だ。自分が言うような台詞ではない。しかし、寛の旦那は最悪な事に、現在は“敵”である魔王なのだ。それを思うと、彼女の心痛は計り知れない。故に、“相手がいようとも俺は貴女を想っている”ということを俺は暗に伝えようとしていたのである。
「ふふ…。まさか、子供に慰められる日が来ようとは…」
「言っておくけど、俺。転生前は、18歳の誕生日が間近だったんだよ!という事は、大人直前なんだから子供扱いするなよ!」
この時俺は、子供扱いされたのが正直恥ずかしかった。
そのためつい反発してしまったが、自分が口にした事もあながち間違いではない。
転生前、日本人の成人年齢が20歳から18歳に引き下げられたため、「誕生日を迎えたら大人になるんだ」と当時は楽しみにしていた。しかし、誕生日を迎える直前に事故で死んでしまったが———
「…スルタン。今、二人の会話に割って入らぬようにな」
「わかっているわよ…」
そんな会話を俺達が繰り広げていた後方では、邪魔にならないようにとマリアーノやスルタンが小声で会話していたのである。
この後俺達は、徒歩だと2日以上かかる道のりを、1日で駆け抜けてしまう。
今のところ魔族の追っ手はいないとはいえ、早く目的地へ行くに越したことはない。しかし当然、エルフの里でもらったこの板にも”走れない場所“はある。
「ボートを一隻貸してほしいだぁ?」
陸を丸一日移動した翌日、俺達4人はとある港町に到達していた。
今の台詞は、港にある一画にいる船乗りによるものだ。
…声のでかいおっさんだなぁー…
ふ…。きっと、船乗りは大声だす機会も多いだろうから、彼もそうなのかもしれんな
俺が心の中で文句を言うと、”本来のザック“が反応していた。
ムジカ・デラフィーネが封じられていた無人島へ行くためには、ボートを借りる必要がある。目的地が無人島なだけあって、当然の事ながら大型の船は運航していないからだ。また、昨日乗り回していた”宙に浮く板“は安全性や持続性の面から、海や川等の水上は渡れない仕様となっている。
「以前、あんたの元へ同じようにボートを借りた冒険者がいただろう?そいつらが使ったのと同じような物でいいから…」
「…連中の知り合いだという証拠でもあるのか?」
俺がボートの所持者に話をつけようとすると、相手はやや怒り気味で睨みつけてくる。
その場でため息をついた俺は、エルフの里で勇者バッシュから聞いた“ある単語”を口にする。
「“シュネーバル”」
「なっ…!!」
俺が単語を口にすると、ボート所持者の男性は目を丸くして驚く。
皆が、相手の反応を見ながらどう答えてくるのかを待ち構えていた。
「…確かに、その単語は奴らしか知らない単語だ」
「どういう意味なんじゃ?」
「俺も実物は見たことないが…。何でも、あの徒党にいる剣士っぽい野郎の故郷に伝わる伝統菓子らしいぜ」
「成程…ね」
俺が告げた単語に対してマリアーノが船乗りに尋ねると、彼も具体的にどんな物かは知らない口ぶりだった。
そんな中で、スルタンだけが何か考え事をしながら相槌を打っている。
「スルタン。先程船乗りに伝えていた合言葉、あれってもしかして…」
「あ!エセルも気が付いていたようね…!」
無事にボート一隻を借りれた俺達は、無人島へ向けて港を出立した。
地球のようにエンジン等で動くボートではないため、自分達で漕がなければならない。
そのため、自分達で櫂を使用しながらエセルやスルタンは会話をしているという事になる。因みに、一人でずっと漕ぐのは大変なため、俺やマリアーノが交互に担当しているという具合だ。そして話題は、先程船乗りに伝えた合言葉の話になっていた。
「お主ら、聞いたことあるんか?」
「私は、実物は見たことないんだけど…。確か、地球にあるドイツの伝統菓子でそういう名前の物があったなーって」
「私は、大学の卒業旅行の時に友達と一緒に南ドイツ行ったのよ!その時にシュネーバルを食べたわ」
合言葉が何を意味するかわからないマリアーノは、二人に問いかける。
転生前の話をするエセルとスルタンは、一見すると男女の会話だが内容は完全なガールズトークと化していた。
「さっきほ合言葉が、そのお菓子だとして…。実物見ないと何とも言えないが、ネーミングとしてはもしかして…」
「そう。きっと、バッシュの故郷にはおそらく、私達と同じ転生者が先祖にいて、そのお菓子を作ったのかもしれないわね」
地球に実在する物の名前から俺は思いついたことをくちにしたが、どうやら正解だったようでスルタンがその先を口にしてくれた。
「…エセル、大丈夫かの?」
「…あ!ごめん、マリアーノ!!ぼんやりしていたわ」
すると、黙っていたエセルを目撃したマリアーノが、彼女に声をかける。
心ここにあらずのような表情をしたエセルだったが、声をかけられた事で我に返る。
顔色は悪くなさそうだけど、大丈夫かな…?
俺は、そんな事を考えながらボートを漕ぎ続けていた。
その後、交代でボートを漕いだ俺達は無事に無人島へ到着する事になる。この移動までの時間は、嵐の前の静けさとも言えるようなここ数日で唯一穏やかに過ごせる時間だったのだとこの時の俺達は気が付いていないのであった。
いかがでしたか。
今回も音楽要素は皆無でしたが…現代日本における話や単語がちょいちょい出てきましたね。
雪斗は転生前は17歳でしたが、成人年齢の引き下げが起きた後という事は彼は令和を何年か生きたという事でしょう。また、スルタンの言う南ドイツのくだり、実は皆麻も実際に大学の卒業旅行で友人と南ドイツを観光で行ってきた実体験を元に書いてます!尚、私はシュネーバルを南ドイツの街・ローテンブルクで食べた次第だす★
また、バッシュ等のキャラクターの名前決めるにあたってドイツ語を使っていたりしていたため、それ繋がりで書いた話となります。
さて、次回からいよいよ手に入れたムジカ・デラフィーネを破壊する作業に入ると思います。
すんなりいくといいのですが、どうなることやら…
次回もお楽しみに★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します。




