ザックと転生者・雪斗
今回は、ザックの視点で進みます。
ちょっと待て、ちょっと待て…?!!
エセルと別れて食堂を出た青年―———————ザック・キャンベル・オーウェンは、人気のない廊下でふと窓を見た際に、窓ガラスに映った自分の姿を見て驚愕する。
金髪と茶色い瞳を持ち、整った顔立ちをしているザックは女子生徒達からの人気も高い。
本来のザックは冷静沈着で大人びた雰囲気を持つ青年だったが、現在彼の表情からは年相応の感情が剥き出しになっている状態だった。
それもそのはず、エセルとの会話で彼は転生前の記憶―—————元地球人・雪斗としての記憶を思い出したのである。
…これまで感じていた違和感は、お前だったのか…
「え…!!?」
学院を出て家の馬車に乗って帰宅していると、頭の中で大人びた青年の声が響いてくる。
俺は、周囲を見回して人気がないことを確認してから心の中で話し始める。
まさかとは思うけど……。これって、所謂“異世界転生”…って奴…?
俺―——————かつて日本人だった雪斗は、頭の中に響く声に対して呟く。
そうだ。どうやら俺は、先程の会話辺りから“俺達”の“奥”へ引っ込んだようだ。
「な…!!!」
混乱する俺に対し本来の肉体の持ち主であるザックは、自身が知りうる事を教えてくれた。
自分はエセルと同じ学院に通う同級生で、オーウェン伯爵家の三男。
彼曰く、幼い頃から自分の中に何かしらの違和感を覚えていたらしい。特に病気の類ではなさそうだったので、今日まで気にしていなかったが――――――――――――食堂で交わしたエセルとの会話をきっかけに、前世の記憶を思い出したようだ。
お前が言う“転生者”とやらは…この世界だと“異界からの来訪者”だと一部の者には認知され呼ばれた存在だ。しかし、不思議だな…。“表”には出られないが、こうして“内側”から雪斗と意思疎通ができるとは…
俺は、ザックの呟きを黙ったまま聞いていた。
そうして学院から邸へ戻るまである程度時間がかかったが、俺が現状を落ち着いて把握するにはちょうど良い時間だった。
食堂でしていた会話から察するに…。明日は、エセルと二人でまた話をした方がいいかもな…
そんな事を考えていると、ザックは「彼女も同じ事を考えているだろう」と同調してくれた。
一方で、明日の講義はエセルと二人きりで会話できるか不明な内容であることを思い出す事になる。
「それでは、各自班に分かれてください!準備が整い次第スタート地点へ!!」
翌日―――――――俺を含む多くの生徒達が、学院の所持する森に集まっていた。
今日は“野外演習”という、特別授業の日だ。剣士や魔法使い・僧侶等の戦闘職を希望する生徒が参加必須の授業であり、集団行動を学ぶ事も含めた実技授業だ。
生徒が3~4人程で1チームを作り、教職員が設置した疑似魔物を倒したり、複数設置された罠等をくぐり抜けながら所定の場所までたどり着けば全員合格となる。また、戦士や格闘家等の前衛や魔法使い・僧侶等の後衛だけだとチームのバランスが悪いので、教職員の方で攻守が均等になるようチームのメンバーはあらかじめ決められていた。
「おはよう、ザック。今日はよろしくね!」
「あ、あぁ…。よろしく…」
同じチームになったエセルが、俺に話しかけてくる。
昨日の事があって挙動不審になっていた俺は、しどろもどろに答えた。
ちょうど剣士志望の俺と魔法使い志望の彼女だったから、同じチームになれたのかな…
偶然の賜物だが、これでエセルと話ができる機会ができそうだと少し安心していた。
とはいえ、チームのメンバーは俺達だけではない。
「お前ら、2年生か…?」
「同じチームで3年のワラセとターリアよ。よろしくね!」
そう口にしながら、1組の男女が現れる。
一人は、割と筋肉質で俺より身長のありそうな武闘家志望のワラセと、エセルと同じくらいの身長と思われる僧侶志望のターリアだ。
腕組んでいる辺り、こいつら付き合ってやがるな…
俺は、少し白い目で彼らを見つめていた。
何故カップルを同じチームにしたのだと教職員達を恨みそうだったが、一応希望職種が異なり攻守バランスが取れている組み合わせのため、偶然の賜物だろう。
とはいえ、演習中にイチャイチャされる可能性が高いと思うと、俺は少し憂鬱になりそうだった。
同じ転生者っぽいエセルの中身…どんな人間だろう?俺と同世代の子だと嬉しいけど、あまりに年齢が離れていたらなー…
俺は、後々知る事になるエセルの中にいる転生者がどんな人物なのかと期待をしつつ不安にも感じていた。
因みに転生前は元地球人で日本人だった俺・雪斗は、転生前も高校に通う17歳の青年だった。軽音部でギターを弾いていたため、昨日の会話でエセルの書き間違いを「ギターのコードみたいだ」と思わず口走ってしまったのだ。
エセル…。彼女に対しては、気になることが一つある。
俺の中にいるザックが、不意に頭の中でつぶやく。
「それは一体何か?」と心の中で尋ねると、ザックはこう述べていた。
「彼女は、意図的に自身の実力隠している」と—
「エセル…。演習が終わってからでいいので、あとで二人きりで話してもいいか?」
「…うん、大丈夫よ」
服装や持ち物の確認をするさ中、俺は彼女に声をかける。
すると、一瞬間が空いてから彼女は答える。
その後、野外演習が開始された。
「そうか、俺達は平民の出だ!でも、あんたとあのエセルって2年生がいかにも貴族っぽい奴らではなくてよかったよー」
「は、はぁ…」
森の奥へと進みながら、ワラセが俺に話しかけてくる。
ワラセとターリアは3年生でもあるせいか、いくらか落ち着いている雰囲気だ。そのため、後ろを歩くエセルやターリアの間では、女子トークが繰り広げられている。
「ザックって、確か今年度の2年生で成績トップの子でしょう?顔良し・頭よし・性格も良いから、女子生徒にモテるのでは…?」
「あはは…。おそらく、そんなかんじかな。……多分」
自分の背後の方から、ターリアとエセルの会話が聴こえてくる。
エセルは声音的に、少し冷や汗をかきながら話しているようだ。もしかしたら、転生前の記憶が戻ったのが割と最近だったのかもしれない。
それにしても…。そろそろ、疑似魔物に遭遇してもいい頃なんだがなー…
ワラセと歩きながら会話する中、俺は周囲に今回の課題の一つである疑似魔物がいないかと気配を探っていた。
剣士志望の俺は魔法使いのように魔力探知はできないが、生物が放つ気配や殺気等を目印にして相手を探し出す事が得意である。
「ザックとワラセ!魔物は見つかりそう…?」
「うーん、何とも言えないなぁー…」
後ろにいるエセルから話しかけられ、俺は答える。
「大丈夫だとは思うが…。疑似魔物が後ろから襲ってこないとも限らない。なので、二人も用心しておいてくれよ」
「…わかったわ、ワラセ!」
今度はワラセが後ろに振り返って、女性陣に声をかける。
すると、ターリアが同調の意を示したようだ。
「…っ…!!?」
会話の後に突然、俺は瞬時に森の木々に視線を投げかける。
それは、反射的に何かを感じ取ったからこその行動だろう。
…何だか、だれかに見られているような…?
俺は一点を凝視し、注意深く周囲の気配を探る。
確かに誰かしらの視線を感じていたが、俺が注意深く周囲を見渡すと、諦めたかのように視線と気配が消えていた。
その後、俺達のチームは自分達で選んだルートを通りながら疑似魔物を捜す。
この時、何故誰かから見られていたのか。そして、何が目的なのかを俺やエセルは知る由もなかったのである。
いかがでしたか。
今作では基本は主人公のエセル視点で話が進むのがほとんどですが、こうして時折エセル以外の登場人物視点で描く事もあるので、宜しくお願い致します。
それにしても、ザックと雪斗は、エセルと寛とは逆で意思疎通がしやすそうでいいなと書いてて思った(笑)
残る2人はどんなかんじかなーと、構想ねりながら考え中だす。
また、今回ザックが感じていた視線については、またある程度話が進んだ頃に判明すると思うのであしからず。
ご意見・ご感想があれば宜しくお願い致します。