やっと
今回は、スルタン視点で話が進みます。
スルタン。エセルさんが、何か…
えっ…!!?
エセルが運命の女神と再会を果たしていた頃、私———スルタンは、同じ僧侶であるアイウィッグからの精神感応魔法を受け取っていた。
勇者一行の前衛であるバッシュとゲルト。そして、私達の徒党の一員であるザックが魔王との死闘を繰り広げる中、私達2人はその余波を食らわないように結界魔法で自分達を防御しながら味方の援護をしている。同時に私は、エセルがかけられた結界魔法を解呪できないか、魔法の分析を行っていた矢先だった。
彼女が、何か口ずさんでいます。…“か”…“け”………
「…!!わかったわ、やってみる…!!」
アイウィッグがエセルの唇を読んでそこから発していた台詞を、私に精神感応魔法で教えてくれた。
因みに、別名を念話とも云う精神感応魔法は、私達のように種族が異なると伝わりにくい可能性も時折秘めている。しかし、問題なくできているという事は、アイウィッグの使い方が上手なのだろう。イルジオのような魔法使いがいる前ならともかく、感知できるような相手がいない場合は敵に話している内容を知られる心配もないので便利な魔法でもある。
「アイウィッグ!あんたは、今ある結界を維持していて…!!」
「スルタン…!」
私は、アイウィッグの読唇経由で、エセルが何を口にしたかったのかを悟る。
その直後、アイウィッグに声をかけてから再びユーフォニアムを手にする。
それを目にした彼女は、私が音魔法を使おうとしている事にいち早く気が付いたようだ。特に返事を返すことなく、術の維持を続け始める。
「音…!!?」
「ふ…何をするつもりか知らぬが、邪魔はしないでほしいものだね」
「おっと!!」
私が演奏を始めると、最初に反応したのがザックだった。
同時に、演奏に気づいた魔王が私に向かって何か攻撃をしようとしたが、バッシュによって行く手を塞がれる。
「旅先で聞いた話だが、”楽器演奏“とやらをしている間は、演奏の邪魔はご法度らしいぜ?」
「…教養もないであろうに、よく言う…!」
ゲルトが敵を挑発するような台詞を発したことで、ディーフラッツの声音に少し苛立ちのようなものが見え始めていた。
彼らが会話をしながら、戦う中————酸欠になりそうながらも、私の演奏は続いていた。
古代楽器の音がしっかりと響くのには、訳がある。私の目の前には、エセルが収納魔法か何かで飛ばしてくれた楽譜が浮いていた。
その楽譜は本来、他の楽譜と共に彼の故郷であるエルフの里に置きっぱなしだったはずだが———今、「何故この楽譜がこの場にあるのか」を考える余地が私にはなかった。
「ムジカ・デラフィーネが…!!?」
自分達を守る結界を維持しているアイウィッグは、謁見の間に置かれているムジカ・デラフィーネに変化が起き始めた事に気が付く。
楽譜を覆っている黒い結界らしきものが、次第に薄れていたのだ。一方、アイウィッグが使用している結界魔法及び、エセルがかけられている結界魔法にも綻びが生じる。前者についてはアイウィッグがすぐに対応して維持しているが、後者については魔王もムジカ・デラフィーネの変化に気を取られていてエセルの結界魔法にまで気がいかなかったようだ。
「寛…!!」
「ええい!!小癪な真似を…!!!」
突如、魔王の中にいる亮が“表”に出てくるが、無理やり押さえつけたのかディーフラッツの声の方が大きく響いていた。
「エセル!!」
「ザック…!!」
魔王にかけられた結界魔法が弱まった事に気づいたエセルは、すぐ様走り出しザックの方へ突進していく。
彼は一瞬動じたものの、走り出したエセルをすぐに受け止める。
「エセル…無事ね!!?」
「すぐに対応してくれてありがとう、スルタン。私は、大丈夫」
楽器を構えている関係で近づけなかったが、私はすぐにエセルの無事を確認する。
…やっと、エセルを取り戻せたわ。あとは…
私は、深呼吸した後に再び口を開く。
その瞳は、ザックの隣に立つエセルに向いていた。
「ふ…やってくれる」
気が付くと、そこには少し冷や汗をかいているが、普段の態度に戻ろうとするディーフラッツの姿がいた。
「魔王ディーフラッツ。ひとまず、これ以上魔力が戻るのは阻止させてもらったよ」
対して、聖剣を構えたバッシュが魔王の前に立っていた。
両者、緊張した面持ちで対峙している。
…そろそろかしら…
彼らを見守る私の鼓動は、かなり早い。
「…よいのか?先程も申した通り、わたしの中にはエセルの番の魂が眠っている。わたしを殺すという事は、亮の魂も同時に滅する事を意味する」
「…っ…!!」
ディーフラッツが口にした台詞に対し、エセルが反応していた。
そういう精神的攻撃になる台詞を使い、動揺を誘う…。本当、嫌な魔王だわ…!!
私は声を張り上げそうになるが、感情を抑えつつとある“準備”に差し掛かっていた。
「残念ながら、大儀のためには小さな犠牲もやむを得ないって所だ。ただし……“今回”はひとまずお預けにしておくよ」
「なんだと…!?」
「スルタン!!」
「えぇ!!!」
正面から魔王を見上げるバッシュは、最後の方で意味深な台詞を告げる。
ディーフラッツがそれに反応した直後、一人動いていたゲルトが私の名前を叫んだ。
「閃光魔法!!?」
ゲルトから名前を呼ばれた私は、すぐ様に僧侶が扱える閃光魔法を放った。
私としてはかなり強めに出力したつもりだが、当然この程度の魔法では魔王に傷一つつけることは不可能だ。
「なっ…!!」
閃光魔法の効力が切れ、周囲の明るさが戻った頃————魔王は驚く。
それは、この謁見の間にいる者がディーフラッツのみとなっていたのだ。
「魔王様…!!」
ディーフラッツが少し呆けていた後、謁見の間に片腕を失ったイルジオが現れる。
「くく…四天王の一人たるそなたに深手を負わせるとは…。今代の勇者一行は、なかなかだな」
「魔王様も、ご無事で何よりです。…ですが、この状況は…」
「イルジオ。そなたと戦っていた人族も、もしやその場から消えたのか?」
「…はい。どうやら勇者一行の魔法使いが、精神感応魔法で何か伝言を受け取った直後…手にした魔晶石を、地面に叩きつけて割ったのです」
「成程…。その直後、彼奴らは消えたのだな?」
「…仰せのとおりです、魔王様」
謁見の間では、ディーフラッツとイルジオの会話だけが響く。
そして、彼らが向けた視線の先にある机。そこには本来ムジカ・デラフィーネの楽譜が置かれていたが、今現在机の上には何もない状態になっていたのである。
私が瞳をゆっくり開くと、そこは“知っているようで知らない場所”だった。
フレイプが独自に開発した、“割る事で特定の場所へ瞬間移動できる魔晶石”を使って魔王城を脱出した私達は、作戦会議であらかじめ教えられていたフレイプの故郷にたどりついていた。
エルフであるフレイプの故郷という事は、必然とエルフの里を意味する。ただし、エルフの里は私の故郷だけでなく複数存在するのは、ほとんどの人族が周知の事だ。そのため、彼の故郷とはまた違った空気が流れていた。
「マリアーノ!!」
「おう!皆、無事でなによりじゃ…!」
気が付くと、別行動を取っていたフレイプやマリアーノもいた。
彼に気づいたエセルが、急いで近づいてマリアーノにハグをしていたのである。
ふふ…。ザックってば、顔が呆けてるわね…
私は、安堵したのかかなりの間抜け顔になっていたザックを目撃したため、ばれない様に小声で笑っていた。
「とにかく、皆五体満足でよかったな!おかげで、君達が手に入れたかった“お宝”も手にできたしな!」
再会を喜ぶエセルの近くに、バッシュが近寄ってくる。
彼が視線を向けた先には、黒い結界が解けて普通に触れるようになったムジカ・デラフィーネの楽譜を持つゲルトが立っていた。
エセル奪還に向けて作戦会議をした中で、こんな話をしていた。「可能であれば魔王をそのまま倒したいが、難しい場合はエセルの救出及びムジカ・デラフィーネの楽譜奪取を最優先する」という内容だ。考えられる可能性としては、私達ウルヴェルド側の冒険者達が側にいると、魔王討伐を目指す勇者一行の妨げになる可能性があるからだろう。
一度退くと敵の回復する暇を与えてしまうリスクはあるものの、勇者一行も気力体力万全にして魔王討伐に臨みたいのだろうと、私は考えていた。
「各自、話したい事は山ほどあると思いますが…。今は先に、休息を取りましょう。フレイプ、案内を頼みます」
「えぇ…!」
少し息の上がったアイウィッグが、皆に声をかける。
そして、里の住人でもあるフレイプが返事をした後に私達は移動を開始した。
エセルを無事取り戻し……何より、全員が生きて帰ってこれてよかった…!!
私は、疲労によって鉛のように重たくなった脚で進みながら、生きて帰れた事。そして、仲間を取り戻せた事を改めて実感したのであった。
いかがでしたか。
今回のタイトル「やっと」は入力ミスとかではなく、色んな意味を含んだ「やっと」です。
この単語、普段も良く使いますが改めて調べてみると「どうにかこうにか。かろうじて。なかなか実現しなかったが、ようやくの事で。」という意味だそうです。
やっと、エセルを取り返せた。やっと、ムジカ・デラフィーネの楽譜を手に入れた
そんな意味合いでつけてます。
さて、長かった「共闘編」もここでおしまいです。
筆者にとっても、やっと「共闘編」書ききったなぁと。
あと、エセルが結界の中で口パクしていた内容についても、次回以降判明することになりますね。
次回から新章になりますが、物語の流れ的に大分終話に近づいているかんじですかね。
お楽しみに★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します。




