エセルを巡って
正直、仲間達に真実を話すのが怖かった。しかし、今後において魔王の中にいる転生者が亮である事は伝えておかなくてはいけない。彼らに告げた事で、自分の無力さを改めて呪ったのだ。
「勇者だか仲間だか知らないけど…」
すると、ディーフラッツの声をした亮が“表”に出てくる。
その口調の違いを目の当たりにした勇者一行の二人とザックは、驚きの余り言葉を失っていた。
「俺と寛の…。そして、ディーフラッツの邪魔をするな!!!」
「亮…!!」
亮は、ものすごい敵意むき出しの表情で彼らに啖呵を切っていた。
亮にしてみれば、寛との逢瀬を邪魔する奴はどんな種族であろうと敵なのだろう。その点、魔王は彼を受け入れるという賢い選択をしたということだ。
「…例え魔王の内にいる“異界からの来訪者”が、エセルの身内だとしても…。俺らは、魔王復活を阻止して世界の安寧を取り戻す事が使命だ。勇者とて、きれいごとばかり言ってられないんだよ…!」
淡々と話しているようだったが、勇者バッシュの口調には少しばかりか怒りがにじみ出ているような気がした。
あのバッシュとアイウィッグっていう僧侶も…。ザックやスルタンと比べると、かなり魔力が高そう…!
一応初対面に当たる勇者一行に対し、私は魔力感知をすることで平静を取り戻そうとしていた。
「魔王の中にいる貴方…“リョウ”さんですかね。貴方はエセルさんと共に在りたいようですが、彼女はそれを了承していますか?異界にいた頃は夫婦であっても、現在は全く別の生物であり、相容れない者同士である事は理解しているんですか…?」
殺気むき出しの亮に対し、アイウィッグは宥めるように問いかける。
「当たり前だ!!今の彼女は普通の人間であり、俺は魔族!!だからこそ、ディーフラッツは約束してくれたんだ!!“寛の寿命尽きるその時まで、殺さず生きたまま共にいさせてやろう”とな…!!だからこそ、俺は魔王の邪魔をするつもりもない!!!」
「…っ…!!?」
「…成程。魔王の野郎、うまい事言いくるめやがったな…」
亮の表情が狂気じみていた事で、私は全身に鳥肌が立つ。
その台詞を聞いていたバッシュが、小声でポツリと呟いていた。
『魔王の肉体に宿った魂が、如何なる者かと思って聞いていたが…』
「…グンニルか」
すると、勇者が腰に下げている剣から声が聴こえてくる。
ほとんどの者が聖剣に宿る剣武神・グンニルを知っているので普通に訊いていたが、今回初めて神の声を耳にした私は驚いていた。
『青二才が粋がっているようだが、お主の腕の中にいるその娘…。その者は、運命の女神・ウルヴェルドの導きを受けて、その使命を全うするためにこの世界へ召喚された選ばれし者。それを抜きにしても、お主の発言がその娘を苦しめている事を何故に理解できないのやら…』
グンニルは聖剣に宿るために表情はないが、今の台詞を述べた神の表情は少し呆れている表情だろう。
「ふ…グンニルか。いずれにせよ、亮がそなた達に協力する気がないのは、よく解ったであろう…?」
「!!」
グンニルの発言の後、亮が引っ込んで魔王ディーフラッツが再び“表”に現れていたのである。
『久しいな、魔王よ。前回は、かなり魔力を削った上で封印したはずだが…。そなたの脚は、その娘を使った賜物か?』
「いかにも。部下を人族の国々に忍び込ませ、亮の協力も得てやっと見つけた人材だ。その楽譜にも吞まれなかったしな…。しかし、ウルヴェルドの加護を受けた人間とは…」
グンニルとディーフラッツの会話が続く。
ある意味神話上の者達による会話は、到底私達ではついていけないような雰囲気だ。
「この娘は…音楽の知識に精通し、亮の番。おまけに、量は少なくても上等な魔力の持ち主だ。寿命尽きるまで、玩具として側におこうと思ってね」
「や…っ!!」
「エセル…!!」
ディーフラッツは、言葉を発しながら私の首筋を軽く舐める。
私の肌に鳥肌が立つ一方、勇者達の近くにいたザックが焦ったような表情で私の名前を呼んでいた。
「話には聞いていたが、とんだ変態野郎だな!」
「…ディーフラッツ。エセルさんに施している魔封じの術と縛魂の術の使い手は、四天王のイルジオですよね。彼は、どこですか…?」
「…この魔王城にはいるが、詳しくは教えられん。わたしが完全復活するまでは、それらの魔法を解除させる訳にはいかないのでね」
勇者や魔王が話す中で僧侶の問いかけに対する返答を聞き、アイウィッグは周囲には聴こえないくらい小さな舌打ちをしていた。
「加えて、そなた…。見た所僧侶であろう?僧侶は、天地創造の神・ユヴェルの加護を持つ者が多く、その加護は魔族が使う魔法の無効化に特化している。尚の事、イルジオとそなたらは相性が悪かろうと思ってな」
「…じゃあ、あんたよりもイルジオを先に捜し出して倒すのもありか」
「それをさせないために、そなたらをここへ招き入れたのだ」
「…!!」
魔王が一言発した直後、私は彼による魔力の拡がりを感じた。
おそらく、殺気によく似たようなものだろう。ザック達も、少しばかりか緊張した面持ちでこちらを見据えている。
「では、エセル。せっかくだ…君の知識を以てムジカ・デラフィーネの効力を彼らに見せてやりたまえ」
「くっ…!」
ディーフラッツがそう命じると、私の身体は再び一人でに動き出す。
そうして、すぐ近くにあったムジカ・デラフィーネを置いてある机の前に立った。
「♪太陽が映したるは 戦に明け暮れ 荒んだ有象無象…」
「ちっ…!!」
私がムジカ・デラフィーネの歌詞を口にするのと同時に、聖剣を持ったバッシュが楽譜の方に斬りかかっていた。
しかし、楽譜から黒い光が放たれたかと思うと、勇者の一撃を弾いてしまったのである。
「バッシュ…!」
「悪い悪い!聖剣ならば、あの楽譜を破壊できるかなーと思ったんだが…そう簡単にいくわけないか」
地面に降り立ったバッシュの側へ、アイウィッグが近寄る。
バッシュは外傷こそなかったものの、ムジカ・デラフィーネやイルジオによる結界に間接的に触れて弾かれたことで腕が軽くしびれていた。
「!!右脚が…!!?」
ムジカ・デラフィーネによるディーフラッツの変化に気が付いたザックが、声を張り上げる。
「くく…」
私が歌詞を口ずさんだ事で、魔王ディーフラッツの右脚側から膝が顕現していた。
同時に、雪斗は“ムジカ・デラフィーネの歌詞が日本語である”事に対しても驚いていただろう。少しずつ魔力が戻ってきた事で、魔王ディーフラッツは上機嫌になっていた。
「…どれ。どのくらい使えるか、試してみようか」
「!!!」
ディーフラッツが一言呟き右手の掌を開いた直後、勇者一行の二人とバッシュの頭上に黒い雷が落ちた。
あまりに突然の出来事だったため、私は息を呑む暇もなかったのである。
「くっ…!!」
魔王による無詠唱の魔法だったとはいえ、勇者一行側も負けてはいない。
間一髪というべきか、苦しそうな表情をしながらもアイウィッグが結界魔法で周囲を覆い、雷が直撃せずに済んでいた。
魔王も勇者一行も、無詠唱でやってのけるなんて…!!でも、流石に一瞬だったからアイウィッグもしんどそう…
ザック達が無事だったのは喜ばしいが、アイウィッグ辺りが少し無茶をしたのではないかと心配になる。しかし、私には彼らを悠長に心配している資格はない。
「ふはははは!!少しずつではあるが、かつてのわたしに戻りつつあるな…!!大方、魔力が戻りきっていない現在ならば、わたしを倒せるだろうと踏んで魔王城に来たのだろうが…。世界中の人族共に宣戦布告をする前に、忌々しい勇者一行を先に血祭りにあげようではないか…!!」
「皆…!!」
魔王は上機嫌になりながら、黒い雷を複数放ちだす。
アイウィッグは結界魔法を強化するも、魔王側の勢いも増していく。
こんな…こんな一方的な事って、あるの…!!?私のせいで、魔王がどんどん魔力を取り戻していく…!!自害してでも止めたいのに…!!!
私は、ムジカ・デラフィーネの前で何とか縛魂の術に抗おうと自身の意思で身体を動かそうとする。しかし、術者がこの場にいなくて遠隔魔法となりつつあるが、効力が衰える事はなかった。
「エセル!!歌って…!!!」
「!!!」
突然、聞き覚えのある声と同時に、覚えのある楽器の音色が聴こえる。
あれは…!!
私は咄嗟に聴こえてきた音を耳コピして、歌う。
戦闘による音が混じって聴き取りにくい部分もあるが、今いるこの場所が城内である事が幸いしたのだろう。音が反響して、ある程度は私の耳に届いていた。
「黒い雷が…!?」
結界の中にいたバッシュが、私が歌いだした後に起きた出来事を目の当たりにして驚いていた。
演奏に合わせて私が歌った事で、黒い雷が少しずつ弱まり————最終的にはなくなっていた。
「スルタン…!!」
「…遅せぇじゃねぇか、ゲルト」
私の視界に入ってきたのは、ユーフォニアムに模した古代楽器を手にしたスルタンと、勇者一行の武闘家・ゲルトだった。
仲間が現れた事で、私やザック達の顔に少し安堵の色が浮かぶ。
「魔封じの術を行使しているにも関わらず、魔法が発動…。まさか、その魔法は…!!」
一方、黒い雷が消失した事で流石の魔王も動揺を見せた。
その後、マウスピースから口を離したスルタンは、私の方を見据える。
「やっぱりね…!!楽器に合わせて歌うか楽器演奏すれば、音魔法の威力が増大する…。それに、イルジオが使う魔封じの術の影響を受けない…!」
「スルタン…!!」
私とスルタン達の間には距離があるので全部は聞き取れなかったが、“音魔法は魔封じの術の影響を受けない”————それだけでも、この戦いに一縷の望みが出てきたような気がしたのであった。
いかがでしたか。
久しぶりに、本来のエセル視点による回でした。
今回、音楽的な事でいうと耳コピや音の反響について出てきましたね。
耳コピは、言わずと知れた現代用語。聴こえた音に対して楽器演奏したり楽譜に起こす事を指します。
相対音感を持つエセルは、スルタンの演奏を聴いて歌を口ずさんだ事になりますね。
そして、音の反響について…。
ギターやベース等のバンド楽器は室内屋外問わず響きますが、ユーフォニアムやサックス辺りの管楽器はほとんどが室内楽器です。これは、部屋の中で演奏する事を想定して作られた楽器を指すので、吹奏楽辺りで出てくる楽器の多くは室内楽器ですね。
ただ楽器の特性上、サックスや金管楽器に関しては外側が金メッキもしくは銀メッキでできてる関係で屋外でも演奏可能です。(野球応援でトランペットの音がよく聴こえるのは、外で演奏しても問題ないからですね)
ともあれ、楽器で音を出すと屋内の場合は音が壁にぶつかって跳ね返ってきます。その原理に基づき、屋内で演奏する事で反響し、音がより大きく聴こえるという次第です。
魔王による黒い雷の音はかなり大きいでしょうが、エセルの耳が元々良いのもあるかもしれませんね。
さて、スルタンとゲルトは追いつきましたが、まだマリアーノとフレイプが追いついていません。
次回は、その辺りに触れるかもしれません。
次回もお楽しみに★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します。




