異変
今回は、スルタンの視点で話が進みます。
時は少し遡り、エセルとマリアーノが魔族と対峙する1時間程前———
「あー疲れたー!!」
同胞から依頼された遺跡で見つけた楽譜の解読を進めていた私——スルタンは、数多くある中からいくつかこなし、ひと段落がついたところだった。
机の上には複数の楽譜が置かれ、私のすぐ側には遺跡で見つけたユーフォニアムの他に、元々家に置いてあったピアノもある。楽譜解読をする際、記譜された音符と実際に旋律が同じかどうか確認するため、楽譜解読時にピアノ等の楽器は必需品だ。
私を含め、譜読みの知識があるエルフの家には地球でいうところのピアノのような鍵盤楽器が常備されている。
「あれ」
「…スルタンか」
その後、隣の部屋からギターの音色が微かに聴こえたため覗き込むと、ザックが床に座ったまま遺跡で手に入れたギターを構えて軽く演奏していた。
「剣の稽古は終わったの?」
「まぁ、今日すべきことは終わったな」
「…そっか」
私から話を切り出したものの、割とすぐに会話が途切れてしまう。
…やっぱり、話すの上手な二人がいないと、会話続かないわねー…
お互い沈黙してしまった際、私は不意にそんな事を思う。
現在ドワーフの村へ向かっているマリアーノとエセルは、割と聞き上手で話し上手。エセルの場合だと内面がという意味ではあるが、どちらも年の功なだけある。一方、もともと口数が多くないザックと一見たくさん話しそうな私。私の場合、初対面の相手とは問題なく話せるが、こうして親交を深めた相手と1対1で話すとなると気まずくなる———所謂、隠れコミュ障という性格なのだ。
とはいえ元は20代社会人だったため、時間が有限である事もよく理解している。
何か話題を出そうかと思った矢先、戸を数回叩く音が響いてくる。
「…どうしたの?」
玄関の扉を開けると、そこに少し慌てた表情をしたエルフの男性が立っていた。
その男はここまで走ってきたのか、少し息があがっている。
「外界へおつかいに行っていた同胞が先程戻ってきたんだが、どうにも様子がおかしいんだ!スルタン、お前ら僧侶とやらは回復や解毒の術も使えるよな?」
「症状にもよるけど…」
「とにかく、来てくれ!!」
「あ、ちょっと…!!」
言いたいことを全て告げたエルフの男は、すぐに踵を返して元来た道を駆け足で戻り始める。
「病気でも持ち込んだのか?」と半分疑心暗鬼になりながら、私はその男を追いかけた。
「発熱…はなさそうだが、かなり苦しそうだ」
「一体、外界で何が…?」
男についていくと、里の真ん中辺りにある広場にて人だかりができていた。
その時、ザックが私の後ろから走ってきて追いついている。
「ちょっと通して!!」
私は人ごみをかきわけながら、里に戻ってきたばかりというエルフの元へ向かった。
そんな私や後ろからついてきたザックの目の前には、苦しそうな表情をしながらしゃがみこむエルフの女性がいた。
「熱は、本当になさそうね。でも…」
女性の目の前でしゃがんだ私は、おでこに手を当てた後に呟く。
「スルタン、それは…?」
熱がないか確認した後、私がした行為を見たザックが首を傾げていた。
「両手の手のひらをこすりあわせて、その直後に指で輪を作ってそこを覗くとね…。視える対象が何か魔法による状態異常とかになっていないかを、確認する事ができるのよ」
私は、両手で作った輪で女性を覗き込みながら、ザックに説明する。
因みに今私が実行した“魔法”は、先日滞在していた村でウルヴェルドの加護を持つ女性・ノルズから教わった音魔法の一つだ。両手の手のひらをこすりあわせるという行為が、魔法を発動させる条件となっているらしい。
毒に侵されている訳でもないし、他の連中が言っていた通り発熱もない。…“スルタン自身の記憶”にもこういう事例はないみたいだし、どうしてこうなったのかしら…?
私は、音魔法の結果を見ながらその場で考え事をしていた。
「スル…タン…」
「!なに?…ってか、しゃべっても大丈夫そう??」
具合の悪そうな女性が私の名前を呼んで、私はそれに応える。
彼女が言おうとしてくる事を、聴こうとしたその時だった。
「…!!がっ…!!?」
「!!?」
突然、その女性が苦しみ始める。
呼吸が早くなり、汗がかなり流れている。先程とは全く異なる状態に陥り、私やその場にいた野次馬達は目を見開いて驚く。
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
視線を上に上げた女性は、激痛を感じたのか発狂したかのように叫ぶ。
「なっ…!!?」
私は、その後起きた展開を目の当たりして、声が出なかった。
叫び声をあげた女性の心臓部分が裂け、肉体を食い破るようにして“それ”は宙に浮きあがってくる。当然、女性の身体から大量の血が溢れ、近くにいた私はもろに返り血をあびていた。
「魔法陣…!!?」
宙に浮かんできた“それ”を目の当たりにしたザックが、不意にその単語を絞り出す。
「光る…だと!?まさか、魔法か何かが発動しているのか!!?」
浮かび上がってきた魔法陣を目にした野次馬の一人が、恐怖にひきつった声で言い放つ。
手…まさか、この魔法陣…!!
「眩っ…!!?」
魔法陣から手が見えてきた事で離れた場所から移動する魔法と悟った直後、魔法陣が再び光り出す。
その眩しさを目の当たりにした一同は、皆目を閉じたり手で覆ったりして光を防いでいた。
「あー、ようやく到着したわね!」
「久しぶりにこの魔法を使いましたが、無事に成功したようでよかったです」
「…っ…!!」
光が消え、その場には現れた者達の声が里の中で響く。
片方は背中に灰色の翼を持ち、足だけが鷹のように鋭い爪のついた3本足を持つ魔族。
もう片方は、下半身が巨大な蜘蛛の身体をしたどちらも女型の魔族だった。
「ま…魔族だぁぁぁっ!!!」
「きゃぁぁぁぁっ!!」
「女子供は、家に戻って外を出るな!!男衆は、武器を持って集まれ!!!」
その後、辺りは騒然と化す。
悲鳴をあげて逃げる者もいれば、冷静に相手を見据えながら武装するよう声をかける者もいる。一方、返り血を浴びた私は、あまりに衝撃的な光景を目の当たりにしてかたまっていた。
「スルタン!!しっかりしろ…!!」
「あ…」
ザックに肩を揺さぶられた事で、私は我に返る。
血の匂いが鼻について気持ち悪いと感じた私は、咄嗟に身体を清める浄化の魔法を唱える。僧侶だけが扱える魔法の一種で、もろに浴びた返り血は見事に消えてなくなった。そうして頭が冴えてきた私は、同時に敵に対して憤りを感じるようになる。
「さしずめ、術者が指定した名前を呼んで相手が応じると発動する魔法…みたいね。しかも、魔法陣を植え付けられた生物の命を使って発動する魔法なんて、胸糞悪すぎるわ…!!」
「なっ…!!」
この遠距離移動魔法の原理をすぐに理解した私は、たとえ犠牲になったのが見ず知らずの者であっても、命を犠牲にして術を行使する事に対して憤りを感じずにはいられなかったのである。
一方、魔法の発動条件を知ったザックは、目を見開いて驚いていた。
「エルフ共の魔力って、澄みすぎてて気持ち悪いのよね!まぁ、食べたら美味しいというのが不思議だけれど…」
「ロキサーヌ様。ただ、一つだけ只人の気配を感じるのですが…」
「…あぁ、そこの坊やみたいね」
有翼の魔族――――部下からロキサーヌと呼ばれる魔族と蜘蛛の魔族はその場で会話をし、前者は視線をザックの方に向ける。
「ロキサーヌ!!?まさか、四天王の…!!!」
すると、私達の後ろで立ちすくんでいたエルフの男性が冷や汗をかきながら叫ぶ。
「まさか、“烈風のロキサーヌ”!!?」
その台詞を聞いたザックが、目を見開いた状態で声を荒げていた。
隣にいる蜘蛛の魔族は、ロキサーヌの部下ってところね。それにしても、何故大魔族がこんなエルフの里に…!!?
状況を分析しようとする私の頭の中は、いくらか混乱をしていた。
ロキサーヌは魔王に仕えていた大魔族・四天王の一人で、魔王封印後は“眩惑のイルジオ”と共に行方不明になっていたはずの敵である。
「…イレタ。私は上空で見ていてあげるから、好きに暴れなさい」
「はい、ロキサーヌ様。始末したエルフは、食べてもよろしいですか?」
「もちろんよ。暴れた後はお腹が空くものね」
ロキサーヌは、口を動かしながら背中にある翼を羽ばたかせて空を飛び始める。
「逃げるの!!?」
「逃げはしないわ。今回は、部下の頑張りを見守るために来たから…。坊や達の邪魔は、しないであげる。ただし、逃げようとしたら…容赦なく殺すわ」
私は、上を見上げながらロキサーヌを威嚇するように睨みつける。
一方、魔族2人を同時に相手する必要がなさそうな事に対して安心している自分もいた。
「蜘蛛の魔物!!?」
気が付くと、剣を構えたザックや身構えた私の周囲をテニスボールくらいの大きさをした蜘蛛が地面を這い出していたのである。
どうやら、イレタという蜘蛛の魔族が呼び出したようた。
「せっかく移動魔法陣を使ってまで来たんだから、私も私の可愛い蜘蛛達も楽しまなくっちゃね…!!」
そう口にするイレタは、まるでこれから遊びに行くような軽い口調で蜘蛛の魔物達にエルフ達を襲うよう命令を下した。
「スルタン!!魔物達はあんたの同胞に任せて、俺達はこいつを倒すぞ…!!」
「えぇ…!!!」
蜘蛛の魔物を目にしてもひるまなかったのか気にしないようにしているのか――――いずれかは解らないが、ザックが敵に対して啖呵を切る。
何故エルフの里を襲撃したのか知らないけど、理由を考えるのはこいつらを撃退してからね…!!
ひとまず考えることをやめた私は、ザックと共に魔族へと戦いを挑むのであった。
いかがでしたでしょうか。
久しぶりにエセル以外の視点で書いたので、ちょいと戸惑いつつもエルフの里サイドの事が書けたと思います!魔族の襲撃は穏やかではないですが、楽譜解読で煮詰まっていたスルタンには身体を動かすきっかけになった…かも?
音楽的な話だと、音魔法が新たに登場しましたね。これは、当人の適性を見て教えてもらったもので、ドワーフの里にいるエセルも別の魔法が使えるというところですかね。
次回は、一転してエセル達ドワーフの村サイドに戻ります。
勝負の行方はいかに!!?
次回もお楽しみ★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します。




