転生前の記憶
「目隠し、外してもいいですよ」
大司教との面会後、彼女に言われた“過去世の鏡がある部屋”には、目隠しをしながら向かった。
目隠しをした理由は簡単な話で、本来は一部の王族関係者しか訪れる事の出来ない場所。特例とはいえ一般人である私達が入るのだから、秘密保持のためだ。そのため、私達4人は大司教と面会した場所からどのようにしてこの部屋にたどり着いたのかは解らない。
そして到着後、彼女の部下による一言によって目隠しを外す事となる。
「あれが、件の鏡かの…?」
「はい。普段は神殿の司祭が鏡を磨き、あのように布をかぶせているのです」
布にかぶさっている何かを見つけたマリアーノが部下の人に尋ねると、すぐに返事を返してくれた。
それにしても…。転生者は私を含めて4人いるのに、何故“私”だけ前世を思い出してほしいなどと言っていたのかな…?
私は、布がかぶせられた鏡を見つめながら、考え事をしていた。
「…待たせたな」
私が考え事をして数分が経過した頃に、神殿の大司教であり、転生前は結奈と名乗っていた女性が遅れて到着する。
声は結奈そのものだが、言葉遣いと雰囲気が先程とまるで違う事。そして、彼女の部下達がすぐさま跪いた様子を見て、雷神・トージンがその身に降りてきた事を私達は悟った。
「成程。確かに其方たちは、結奈と同じような魂の揺らぎを感じる。我は、結奈以外の転生者をこの目で見るのは、初めてだからな」
頭を垂れる私達を目にした大司教———————というより、大司教の身体に降りてきた雷神・トージンは興味深そうにつぶやく。
先程この部屋へ来る前、部下の人達から言われたかな。「トージン様が大司教様に降りている間は、神が問いかけや発言を許可してからでないと自分達も話してはいけない」…と…
私はその場で跪きながら、先刻大司教の部下達に言われた事を思い出しながら聞き耳を立てていた。
「…さて、世間話はここまでとして…。そこの小娘。…お主が、ウルヴェルドより導きを得て現れ出でた転生者で間違いはないか?」
「…はい、その通りです」
トージンから問いかけられ、私は視線をまっすぐあげて答える。
彼が言う台詞の意味としては、私が運命の女神・ウルヴェルドより転生前に使命の事や他の転生者の事をあらかじめ伝え聞いてから転生を果たした事を指すのだろう。どうやら、雷神は、私の状況をある程度把握しているのだろうと私は考えていた。
また、今この場にいる人間は大司教の部下達も男性なので、大司教を除くとこの場にいる小娘とは私一人を指す。
「まずは、この部屋にある鏡を使って、お主の前世…転生前の記憶を思い出してもらう」
「それは大司教からも聞いているが…。何故、エセルだけなんだ?」
説明するトージンに対し、ザックが会話に割り込んでくる。
それを目撃したスルタンは、口を閉じたまま目を見開いて驚いていた。おそらく、「何勝手に神様に質問しているのよ!!?」とでも言いたそうな眼差しをスルタンはしていた。
「はは、活きのいい小僧だな。まぁ、よい…。その娘だけというのが、ウルヴェルドから我に託された言伝の一つだからだ。もう一つ伝える事はあるのだが、それは鏡を使用してから伝えるとしよう」
「…わかりました」
「前世について思い出してもらう」と最初に言われてからそんな予感はしていたため、“ウルヴェルドからの言伝”の全容がすぐには解らなくても、私に不満はなかった。
因みに、後で大司教自身の口から聞く事となるのだが――――――――――――この“過去世の鏡がある部屋”を世界各国の王位継承者が訪れるのには、王となる前にその候補者自身が転生者であるか否かを見極める測定的なことを行うためだという。
無論、王族に転生者がいるか否か一般には公表されないが、王族側としてもその者が転生者であるか否かで今後の対応が変わるため、ほとんどの王族にとっては通過儀礼となっているらしい。
「では、こちらへ…」
すると、部下の一人が私を鏡の前へ行くよう促す。
黙ったまま首を縦に頷いた私は、言われるがまま布がかぶせられた鏡の前へ足を進めた。ザック達が緊張した面持ちで見守る中、鏡の前に立った私を見た部下の一人が、被せていた布を外す。
一見すると、普通の姿見か…。さて、どこがどんな風になっているのかな…?
鏡に映る自分自身の顔を見つめながら、鏡がどのような記憶を見せてくれるのかを考えていた。
「鏡が…!!」
鏡から白い光が放たれた事で、スルタンが声を張り上げていた。
ザックやマリアーノは、つばを飲み込みながら、スルタンと共に少し離れた場所から黙ったまま見守っている。そうして、白く光った鏡の鏡面に、私の転生前の記憶がいくつか浮かび上がる―――――――――
最初は写真をパソコンで見るスライドショーのように、私の幼い頃から成人し、紆余曲折を経て以前の夫と結婚するところまで一気に映し出す。さながら、走馬灯を見ているような気分だった。
しかしその後、思わぬところから静止画ではなく音声付の映像を映し出す。
「…その曲、何ていう曲…?」
「んー…?」
その映像とは、いつの日か夢で見た、夫がアコースティックギターで何気なく弾いている場面だった。
私達がいる鏡の間に、夫がハミングで歌う声をギターの音が響き渡る。
徒党の中でギター経験者だったザックは、演奏する私の夫を見て何か思う所はあったのだろう。私は気付いていなかったが、彼は複雑そうな表情をしながら見守っていた。
「亮の好きなジャンルとは、少し違うよね…?」
「うーん…なんていうかなぁー…」
寛が問いかけると、転生前の夫—————————亮は、ハミングだけ止めてギターを弾きながら口を開く。
「ギター弾きながらボーッとしていると、時折脳裏に音源が浮かんでくるんだ。その浮かんでくる音を、ギターで再現しているかんじかな。インターネットで検索した訳でもなく、ギターをやりだした頃に思い出した曲…って所だろうな」
「バンドやっていた学生時代には、人前で演奏したことあるの?」
「…いや」
会話が続く中、寛は質問をすると、亮は首を横に振る。
「…あぁ、そうか。記憶違いでなければ、寛に出逢った辺りからよく音が思い浮かぶようになったんだと思う…多分、自信はないけど」
「そっか…」
寛は何気なく音に耳を傾けながら、その場面は終わる。
何故、これを今まで忘れていたのかな…?
映像で見て改めて思い出した私は、何故忘れていたのかをその場で考える。
しかし、映像として映し出された記憶はこれだけではなかった。
「いやぁ、渋滞に巻き込まれなくてよかったなー!」
「本当、前に遠出した時は、帰りに事故渋滞に巻き込まれたものねー!」
鏡が映し出す記憶は、寛と亮がとある休日に高速道路を通ってのドライブに行った時の場面だった。
「…っ…!!?」
その場面が映し出された瞬間、私の心臓が強く脈打つ。
映像で映し出されるのが、“忘れて思い出せなかった転生前の記憶”ならば…。もしや…!!?
私は、瞬きもせずに緊張した面持ちでその場面を見る。
寛は助手席に座り、亮が軽自動車を運転する。
映し出された映像は、山道を下っていた。季節が冬で路面が凍結している事がわかっていたため、冬用タイヤをちゃんと装着して走っていた。天気も良く、ちょうど前後に車がいない状態だった。
「っ…!!?」
「くそっ…!!」
その後の出来事は、一瞬だった。
片側一車線の道路で反対側にも道があるので普通にすれ違う分には問題ないはずだが、反対側から来たトラックが確実に車線をはみ出して猛スピードで走ってきたのだ。
亮は咄嗟にハンドルを切って避けるが、運が悪い事に――――――――――避けた先は、山道にあるガードレールが一旦途切れている場所だったのだ。
記憶の映像は、そこで一瞬にして途切れてしまうのであった――――――――
「エセル…!!!」
「すごい汗…!!!…無理もないわね」
気が付くと、私の名前を呼びながら、抱きしめているザックの姿があった。
その横では、心配そうな表情をして見下ろすスルタンがいる。
鏡の力で転生前の記憶を一部思い出した私は、発狂はしなかったものの気が付くとかなりの汗をかいていた。同時に、心臓の鼓動がかなり早く脈打っている。
「…どうやら、今のが其方が“思い出せなかった転生前の記憶”…。さしずめ、最後の映像は、転生する直前の出来事であろうな」
ザックの腕の中で私が呼吸を整えていると、黙ったまま静観していた雷神・トージンが口を開く。
「…トージン神、発言してもよろしいか」
「構わん」
「では…。今見たエセルの記憶は、以前の世界で死ぬ直前の記憶…。何故、これをあの娘に見せたのだ…?」
トージンから発言の許可をもらったマリアーノが、低い声で神に問いかける。
口調こそ冷静そのものだが、その声音には憤りも混じっていた。
「…死する時の記憶は、おまけみたいなものだ。ウルヴェルドがその娘に思い出してほしかったのは、おそらくはそのひとつ前の記憶だろう」
ドワーフから問いかけられても、トージンを降ろしている大司教の表情は少しも変わらない。
淡々と語るその姿は、神が人族と違って感情が欠落しているためだろう。
「それって、亮がギターで演奏していた方…の…?」
呼吸が落ち着いてきた私は、息切れをしながら訊く。
対するトージンは、黙ったまま首を縦に頷いた。
「左様。ウルヴェルドからの言伝、二つ目はその記憶の内容を覚えておくようにとのことだ」
「…どこかで、その内容が必要になることがあるということでしょうか?」
「おそらくな。我は、転生者の事はあまり詳しくないが…。先程出てきた娘の番は、もしかしたら“この世界から転生した人間”やもしれぬな」
「えっ…!!?」
トージンの台詞に対し、私達・4人の転生者達が目を丸くして驚く。
「ウルヴェルドか他の神々かは忘れたが…。其方ら4人がこの世界に転生してきたように、逆にこの世界の生物が、其方らが生きてきた世界へ転生するという例も稀に観測されていると聞いたことがある」
「亮が…転生者?」
「…だとすると、寛の旦那が“何故その曲を知っていたのかわからない”事にも説明がつくかもしれないな」
「…うむ。これは我の推測だが、ウルヴェルドはその“口ずさんでいたメロディー”を覚えてほしいのではと、先程の映像を見て思った具合だな」
「トージン神…」
その後、“過去世の鏡がある部屋”を後にした私達は、再び目隠しをして最初に訪れた場所へと戻る。
そこへ戻った後に、雷神・トージンは大司教の身体から退散していった。
…今後、旅の中で必要になってくるのかな…?
自分の死因という衝撃的な記憶を思い出した訳だが、意外と私の心は落ち着いていた。
とはいえ、肉体的な疲労もあって疲れただろうという事で、その日は法の神殿内にある来客用の客室で一泊する事になるのであった。
いかがでしたでしょうか。
今回、流血シーンはなかったものの、それなりにショッキングな内容も少しあったかもしれません。
エセルは死ぬ直前のシーンを見てショックを受けたようですが、思いのほか落ち着いているのは年の功というのもあるかもしれませんね。中身はアラサーなので((´∀`*))ヶラヶラ
本人達は知る由もなかったわけですが、寛の夫・亮もその事故で亡くなったということになります。
現代社会においては、ありがちなはみだし事故。なんで、こんなシーンを鏡は映し出したのか?
後の方で、実は判明する予定となっていますので、お楽しみに★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します<(_ _)>




