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王太子の命令に、室内にいる兵士たちが反応した。困惑しながらものろのろと動き始める。
「……は? え、何?」
「殿下、一体何をされるおつもりですか」
静牙の疑問に、燕月は笑顔のまま答えた。
「決まっているだろう。晏珠を攻撃させるんだよ」
「はぁ?!」
「殿下……」
思わず声を上げた晏珠も、やれやれと額に手をやった静牙も、燕月は気にも留めない。王も王妃も諦めているのか、王太子の突飛な提案を制止する気配はなかった。朱角が困惑をあらわにする。
「殿下、それで何が分かると仰るのです」
「本気で言ってるのか、朱角。本物の御鳥児は神の加護を受けているから武器が効かないことくらい、お前が知らないはずはないよな」
「もちろん知っております。ですが、それで御鳥児の適格性が判断できるわけでは……」
「そうか? 清らかな身体かどうかなんて、正確に判断する術がないことに固執するより、余程合理的だと思うがな」
朱角の顔がカッと紅潮した。燕月はさらに続ける。
「御鳥児に攻撃が通らないのは、神に愛されて守られているからだ。それは御鳥児の適格性を示す一つの基準になるはずだ。違うか?」
「……それは……そうかもしれませんが」
「よし。決まりだな」
ぱん、と燕月は手を打ち、再び呼びかける。
「弓矢は危ないから使うなよ。剣か槍だけだ。全員、晏珠の周りに集まれ」
「ちょっ、待って、正気なの?!」
「心配するな、本物の御鳥児なら鳥番以外の刃は絶対に受け付けない。俺は何度もこの目で見てる」
「だ、だからって!! もし違ったら……!!」
いくら王太子のお墨付きでも、囲まれて武器を向けられるなど、晏珠にとっては恐怖以外の何者でもない。万が一間違っていたら兵士たちから蜂の巣にされる。そんな無惨な死に方は御免だ。
取り囲まれて蒼白になった晏珠に、声をかけてきたのは静牙だった。
「晏珠。大丈夫だ、自分を信じろ」
「そんなの無理よ、私が一番信じられないのに……!」
「それなら、俺を信じろ」
静牙は真顔だったが、その目は澄んでおり、声も不思議と晏珠の心を落ち着かせる響きを持っていた。
「君を見つけた、俺を信じてくれ。君は間違いなく御鳥児だ」
「……静牙」
「俺以外の刃が、君を傷つけることはない。大丈夫だ」
確信を持って言い切った静牙を見つめ返し、やがて晏珠は静かに膝を付いた。
目を閉じて手を組み、神に祈りを捧げる姿勢を取る。まもなく、兵士たちが周囲を取り囲む気配がした。
正直に言えばまだ怖い。だが、疑いを晴らし、ここを無事に出るためには、こうするしかないのなら。
――天主様。あなたが本当に、私を選んで下さったのならば。
――どうか、この身をお守りください。どうか。
室内が再び静まり返り、兵士たちがそれぞれの武器を構える音がする。
覚悟を決めた晏珠の耳に、燕月の号令が聞こえた。
「総員、構え。……やれ!!!」
――金属が、激しく擦れるような音が響いた。
誰も、何も言わない。
衝撃に備えていた晏珠だが、体を貫く刃はいつまで経っても届く気配がない。おそるおそる目を開くと、ほっとした顔の静牙と、したり顔の王太子が目に飛び込んできた。
「……やはり、間違いはなかった」
「ま、当然の結果だな」
晏珠は周囲を見回す。周りを取り囲む兵士たちは、一様に呆けた表情を浮べていた。
――向けられた武器はすべて、弾かれて床に落ちていた。