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硬直した晏珠を見て、静牙は額に手をやって唸った。
「……やはり伝わっていなかったか。晏珠、薄々気付いていたが、君は相当手強いな」
「えっ、え、嘘……」
「嘘じゃない。殿下や泉玉はとっくに知っている。ああ、彩鈴殿もか」
「さ、彩鈴様まで?!」
王太子や泉玉のみならず、一度しか顔を合わせたことがない彩鈴まで、静牙の気持ちを知っていると言うのか。
唖然とした晏珠に、静牙は頷いた。
「俺としては、分かりやすく態度に出していたつもりだったんだが。君のことが大事だ、と」
「……だって、あなたは鳥番でしょ。御鳥児を大事にするのは当然だって思って」
晏珠としても、静牙に大事にされている実感はあった。だが、それが恋愛感情だとは全く思っていなかったというのが本音だ。
「あなたは役目に忠実な人だし、責任感も強いし。それに私は命を狙われてたから、そのせいで余計に過保護になってるんだとばかり……」
「……なるほどな、そういうことか」
静牙は前髪をかき上げて、眉を寄せた。
「確かに、そこを区別しなかったのは俺の落ち度だな。悪かった」
「いや、謝らなくてもいいけど……でも、その……本気で言ってる?」
「疑うなら何度でも言うぞ」
「いい! 言わなくていいです! 分かったから!!」
慌てて手を振った晏珠に、静牙はゆっくりと話し始める。
「……まだ、告げるつもりはなかった。君は御鳥児で、今は天主様のものだ。だから、君が御鳥児を終える日までは、ただの鳥番として側にいようと思っていた」
「静牙……」
「だが、君が見当違いなことを言い出すから、黙っているわけにはいかなくなった。全く、君にはいつも驚かされるな」
静牙がふわりと苦笑する。心の臓が大きく鳴った。
これほど多様な表情を見せる人だっただろうか、静牙は。出会った頃、無表情だと思っていたのが嘘のようだ。
「彩鈴殿と結婚の話が出た時は、それも悪くない、と思ったんだ。前にも言ったが信頼できる人だし、親愛の情はあったからな。だが、後宮に入られた時は――そうか、縁がなかったということだな、としか思わなかった」
「そうか、って……あっさりしてるわね」
「実際、そんなものだったんだ。けれど、万が一君が王太子殿下に気に入られて、後宮入りすることになったとしたら……俺は、君を攫って逃げる」
真っ直ぐな視線と言葉が、晏珠を撃ち抜く。
「たとえ、殿下に反逆することになっても。君を渡す気はない。そのくらい、本気だ」
静牙らしからぬ、過激な物言いだ。晏珠は顔を赤くして、ぼそぼそと呟いた。
「……あの人が、私を側室にすることはないと思うけど」
「それはどうだろうな。殿下はかなり君を気に入っているぞ、だから助けて下さったわけだし」
「でも、側室はないでしょ。有り得ない話だけど、仮に言われたって断るわよ、私は泉玉の友達でいたいもの」
好きか嫌いかで言えば、おそらく好かれているのだろう。しかし、泉玉に対する感情とは全く違うと断言できる。面白い奴だ、くらいには思われているかもしれないが。
「まあ、今のは例え話だ。話は逸れたが、俺が本気なのを分かってくれればいい」
「……それは分かったけど。でも、無理よ」
「無理? 何がだ?」
首を傾げた静牙に、晏珠は呆れる。この男、本当に分かっていないのか。
「静牙、あなたは五名家の長男よね。で、私は街の酒楼の娘なの」
「それがどうした」
「どうしたじゃないわよ。身分の差ってものがあるでしょ。あなたの気持ちは嬉しいけど……釣り合いが取れないわ」
身分を超えた恋愛なんてものに憧れるのは、若いうちだけだ。釣り合わない関係は、いずれ様々な面で噛み合わなくなる。育ち方の違いは、思っているよりもずっと大きい。
しかし、静牙は全く動じる気配がなかった。
「家のことなら心配ない。両親は泉玉の婚儀で君のことを見知っているし、むしろ期待している」
「え? 期待って何よ」
「全く結婚する気がなかった長男が、やっと相手を見つけてくれたようだ、という期待だな」
「……いやいやいや、ちょっと待って。だからって誰でもいいわけじゃないでしょ?!」
両親の期待は理解したが、こちらはただの庶民だ。そのくらい、親も知っているだろうに。
泉玉も静牙もあまり貴族らしくない性格だが、親は親でかなり自由らしい。そういう家風なのだろうか、奏家は。
頭を抱えた晏珠に、静牙は笑みを浮かべた。
「もちろんだ。あの場で君の姿を見て、言葉を聞いて、歌を聞いて――その上で期待している」
「そういうことじゃなくて……あ、もしかして妾ってこと」
「違う。俺がそんな男に見えるか」
「見えない……けど……ちょっと急展開すぎて付いていけないのよ……」
食い気味に否定されて、晏珠は弱音を吐いた。正直なところ、かなり混乱している。こんなことになるとは夢にも思わなかった。
「難しく考えすぎるな、晏珠。俺も別に、今すぐ結婚してくれと言ってるわけじゃない。ただ……同じ想いだと言ってくれないか」
「……静牙」
「御鳥児も鳥番も、いずれ交代の時が来る。役目を失って、大義名分を失っても……俺は、ずっと君の側にいたい」
骨張った手がゆっくりと、頬を撫でる。愛おしげに見つめてくる眼差しに、胸が苦しくなる。
――諦めるつもり、だったのに。
ここで、引導を渡してしまうつもりだった。今ならまだ、綺麗な思い出にできると。そう思っていたから、話を切り出したはずだった。それがまさか、静牙の方から告白されることになるなんて。
晏珠は目を固く瞑った。そうでないと、泣いてしまいそうだった。




