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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
8 ふたたび巡る夏
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8-3

 王太子と泉玉が訪ねてきた数日後、予期せぬ知らせが陽光宮にもたらされた。


「えっ、彩鈴様が廃妃に……?!」

「ええ。後宮の女官から聞きました」


 小声で教えてくれたのは、以前後宮付きの女官だったという女性だ。今は御鳥児の世話係として務めているが、後宮の女官とは未だに交流があり、その筋で流れてきた話らしい。


「それは……調家に対する罰ということかしら」

「おそらくは。もちろん、他にも領地の没収や地位の返上等が課されるようですが」

「でも、彩鈴様は、先日の事件の解決に貢献してくださったのに……」


 彼女が古文書から「神起こしの儀」を見つけてくれたことで、王太子が一計を案じて朱角の自白を引き出したのだ。その功績が大きいことは、王太子も認めていたはずなのに。


「殿下はかなり庇って下さったようですが、最終的には彩鈴様ご自身が決められたようです。妹の犯した罪を考えれば、自分がここにいるわけにはいかない、と」

「そうなのね……。彩鈴様は何も悪くないのに」

「妹君を止められなかったことに、責任を感じておられるようですね。聡明な方でしたから……女官たちも残念がっておりました」

「分かったわ。ありがとう、教えてくれて」


 教えてくれた女官に礼を言って、晏珠は隣の部屋にいた静牙の元へと急いだ。


「静牙、聞いた? 彩鈴様のこと」

「ああ。さっき泉玉から文が来た」


 見れば静牙は手に文を持っている。たった今読み終えたところらしい。


「……彩鈴様は、私達を助けてくれたのに。これからも王宮に必要な方だと思うんだけど」

「そうだな。だが、あの方らしい決断だと思う。色々考えて決められたことだろう。殿下も、そのお気持ちを尊重されたようだ」

「そう……。でも、これからどうされるのかしら」


 王太子の側室から外されたとなれば、もう他の人に嫁ぐ事は難しいだろう。そうでなくても先日の事件で、調家に対する風当たりは強い。鳴鈴の処罰はまだ分からないが、憔悴しているであろう両親を支えつつ、女一人で生きていくのは大変なことだ。


「ひとまずは家に戻られるのだろうな。その後は分からないが……泉玉の話だと、希望はありそうだ」

「えっ、本当に?」

「ああ。古文書を読み解けるだけの知識がある方だからな。ほとぼりが冷めたら、殿下はまた王宮に仕えてほしいとお望みのようだ。後宮ではなく、官吏の一人としてな」


 女の官吏はいなくはないが、かなり数が少ない。たとえ登用試験に合格しても、女というだけで良い顔をされず、高位の役職にも付きにくいからだ。

 だが、彩鈴には知識と実績があるし、王太子の後ろ盾もある。確かに、側室よりも官吏の方が向いているかもしれない。後宮に入ることの利点として、王宮の書物が読み放題であることを真っ先に上げたような人なのだ。


「是非、そうなってほしいわ。時間はかかるかもしれないけど、いつか、女性の神官長が誕生するかもしれないわね」

「女性の神官長か。それは彩鈴様にぴったりだな」


 穏やかに笑う静牙を見て、晏珠は思い切って切り出した。


「ねえ、静牙。今、彩鈴様を支えてあげられるのは、あなただと思うのよ」

「は……? 急に何を言い出すんだ」

「前から考えていたことよ。静牙、あなたは彩鈴様と結婚する予定だったんでしょ?」


 鳴鈴の策略で叶わなかったものの、二人の間に情はあったはずだ。それは燃え上がるような恋情ではなかったかもしれないが、愛情と呼べる類のものが、確かに。


「彩鈴様は殿下の側室になられたから、あなたと結婚することはできなかったけど……廃妃されて家にお戻りになったのなら」

「ちょっと待て、晏珠。君は何を……」

「あなた、前に言ってたわよね。守っていきたいものがある、って」



 言わなければ。ここで言わなかったら、きっともう機会はない。自分の想いが膨らみすぎて、言えなくなるのが目に見えている。



「ごめんなさい。私が御鳥児を終えるまでは、あなたも鳥番の役目を下りられないわ。でも……」



 今のうちに、手を離しておかなければ。

 静牙のことだ。御鳥児を引退した後も、何らかの形で晏珠のことを気にかけるに違いない。それに甘えずにいられる自信は、晏珠にはなかった。



「鳥番は、他に妻がいてもいいんでしょう? それなら、あなたが守りたいものを守りに行って」



 静牙の顔が見られない。言葉を紡ぐだけで、涙を堪えるだけで精一杯だ。

 彩鈴は恩人だ。晏珠にとっても大切な人だ。今は罰を与えられているとは言え、家柄の格は未だに高いし、何より人柄が素晴らしい。静牙に相応しい人だ。



「私のことなら、もう大丈夫。命を狙ってくる相手もいなくなったし」



 叶わない想いは、此処で断ち切るべきだ。



「だからね、静牙。あなたは心置きなく、彩鈴様のところへ……」



 行って、と言おうとした唇は唐突に塞がれた。

 何が起こったのか分からず、晏珠は狼狽する。反射的に逃げようと腰を引くが、いつの間にか体に回っていた腕がそれを許さなかった。



 ――何これ。

 何で私が、静牙に口付けされてるの。



 盛大に混乱した晏珠は、熱が離れたのを見計らって思い切り体を反らせて距離を取った。


「ちょっ、静牙……! な、何してるの?!」

「それは俺の台詞だ。晏珠、君は一体何の話をしてる?」 

「だ、だから! あなたは彩鈴様を守りたいんでしょ?! それなら鳥番だからって気にしないでって……んんっ!」


 離れた距離を強引に詰められ、また熱が降ってきた。何故かは分からないが、静牙は怒っている。苛立っていると言ってもいい。


「まさか、そんな誤解をされていたとは……これは俺が悪いのか。言葉が足りなかったのか?」

「ご、誤解? え?」

「確かに俺は、守っていきたいものがあるとは言った。だが、それが彩鈴殿だとは一言も言ってない」

「えっ、違うの?! だってあなた、彩鈴様のことが……」


 好きなんでしょう、と言いかけて、晏珠は口を噤んだ。目の前の静牙の顔は、見たことがないほどに引き攣っている。


「……違う。俺が生涯守りたいのは、君だけだ」

「え」

「全く伝わっていなかったようだから、この際はっきり言っておくが」


 至近距離で、静牙の目が細められた。鋭く、そして熱の籠もった視線に射抜かれる。



「――晏珠。俺は、君を愛している」

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