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鳴鈴の動機については、彼女が自らの口で語っていたこともあり、ある程度判明している。幼稚で浅はかな逆恨みでしかなく、同情の余地もないと判断されているようだ。
一方、朱角については現在調べている最中だという。
「今は、周囲の人間から聞き取った話を纏めている段階だが。どうも、あいつの実の母親は元御鳥児だったようでな」
「えっ! あの人のお母さんが?!」
「ああ。朱角の家は弦家といって、それなりの高位の貴族だ。あいつは一人息子で、正妻の子だとされていたが、本当は妾腹だったらしい。その妾というのが、元御鳥児だったという話だ」
朱角の母親は御鳥児を終えた後、貴族である弦家の当主に側室として嫁いだ。そこに生まれたのが朱角だという。
だが、弦家の使用人たちの証言によると、母親は朱角がまだ幼い頃、屋敷から姿を消してしまったらしい。
「なんでも子供を産んでから酒浸りになり、街の酒楼に通い詰めていたんだと。で、そこで知り合った男と不貞に走った挙句、出奔した」
「……つまり、駆け落ちしたってこと? まだ幼い子供を置いて?」
「そういうことだな。朱角はその後、子供ができなかった正妻の養子になって、かなり厳格に育てられたようだ。いなくなった実の母親のことは、普段から両親が相当悪し様に言っていたと使用人が話している」
――あれはとんでもない、ふしだらな女だ。酒に溺れて男に走り、我が弦家の品位を汚した。
――御鳥児を務めた女だから、妻にしてやったのに。あんな女、そもそも御鳥児に選ばれるべきではなかったのだ。
――いいですか、朱角。あなたは絶対にあの女のようになってはなりませんよ。
朱角の父親や正妻が、母を失った子供にずっとそう吹き込み続けたのだとしたら。歪んだ考えのまま凝り固まってしまったのも分からなくはない。泉玉が眉を寄せて不快そうに言った。
「御鳥児だから妻にしてやったって……ひどい言い草ね」
「全くだな。そんな考えだから女に逃げられるんだ。まあ、だからって子供を置いていくのはどうかと思うがな」
実の母親に捨てられ、その母親の悪口を散々吹き込まれて。朱角は母親を憎むようになったのかもしれない。やがて、母を堕落させた酒や酒楼にも、憎しみの矛先が向いたのだろう。
「晏珠のことが、自分を捨てたお母様に重なって見えたのかしら……全然違う人間なのに」
「そうかもしれん。御鳥児に過剰な清らかさを要求したのも、母親のことがあったからだろうな」
燕月と泉玉のやり取りを聞きながら、晏珠は思う。朱角の目に、自分はどう映っていたのだろう。
国を乱す女だ、御鳥児に相応しくない、と喚きながら、彼が真に求めていたのは母親の愛情だったのだろうか。清らかで、子を慈しんで愛してくれる、理想の母。
「もしかして……果耀を閉じ込めてたのも、そのせいなのかしら」
果耀は子守唄を歌って、御鳥児として認められたと言っていた。朱角は晏珠を実の母に重ねて憎んだ一方、果耀には理想の母親像を見ていたのではないか。
あの子守唄は、羽ノ国の子供なら一度は聞いたことがある歌だ。まだ母親がいなくなる前、朱角も歌ってもらっていたのもしれない。果耀の子守唄を聞いて、その記憶が蘇ったとしてもおかしくない。
まだ10才の少女に理想の母を見出すというのも倒錯的だが、果耀には歌姫として特別な才能があった。彼女こそ清らかな御鳥児に相応しい存在であり、ひいては理想の女性と成り得る少女だと――朱角が思ったとしたら。
「その可能性はあると、俺も思う。現に、朱角は内密で果耀を養女にする手続きを進めていたことが分かっている」
「養女に? じゃあ、やっぱり御鳥児を終えた後も囲い込むつもりだったのね、あの人」
「流石に妻にするには若すぎるから、自分の娘として養育……いや、洗脳するつもりだったんじゃないか。俗世間から隔絶してな」
登毘が危惧していた通りだ。果耀は随分と歪な愛情を向けられていたことになる。
結果的に彼の計画は潰えたものの、晏珠が御鳥児として現れなければ、果耀は朱角に一生囚われてしまっていたかもしれないのだ。あんなに自由を求めていたのに。
「……未然に阻止できて、本当に良かったわ」
「ああ、そうだな。しかし……その話を聞くと、御鳥児という存在の在り方を改めて考えてしまうな」
静牙の言葉に、王太子が頷いた。
「問題はそこだ。弦家の使用人たちの話には続きがあってな。朱角の母親は、どうも望んで嫁いできたわけではないらしい。元々想い合う相手がいたのに引き離されて、無理やり嫁がされたという噂があったようだ」
「無理やり……じゃあ、もしかして駆け落ちした相手って」
「さあな、それは分からん。だが、使用人の中にはそう思っている人間が少なくないらしい。過去の恋人が忘れられず、酒楼で密会して出奔したんじゃないか、とな」
考えさせられる話だった。幼い子供を捨てたことは擁護できないが、その前の経緯を聞くと、母親だけが元凶であるとも言いにくい。
「御鳥児を妻に迎えると家名に箔が付くなどと言って、大して情もないのに妻に迎えようとするような輩は沢山いる。朱角の父親も、そういう人間だったんだろう」
「そうよね……。本当は他に結婚したい人がいたのに、大金を積まれて商家の妾にされてしまったとか、実際に聞いたことがあるもの」
泉玉も顔を曇らせて言った。御鳥児は神に選ばれた聖職だが、それを俗世間と結びつけて利用価値を見出す輩がいる以上、今回の事件は起こるべくして起こったとも言える。桜喜の家族が翻弄されたのも、果耀が人買いに売られそうになったのも、根っこは同じ問題だ。
「……難しい問題ね。でも、御鳥児に選ばれた子たちが、それが原因で不幸になるのは嫌だわ」
「私も同じよ、晏珠。だから、これから対策を考えていくつもり。元御鳥児の一人としてね」
泉玉が顔を上げて、王太子に向き直った。
「こうして、王太子妃という立場になったんだもの。私にも何か出来ることがあると思うのよ」
「いいぞ、権力ってのは上手く使ってこそだ。いくらでもやればいいさ、俺も手伝ってやる」
「あなたのそれは濫用って言うのよ。でも、まあ、お言葉に甘えさせてもらうわ。ありがとう――燕月」
名前を呼ばれて、王太子が満足そうに笑う。
ここまで本当に色々あったが、どうやら二人の気持ちは無事通じ合っているようだ。これから手を取り合って、良い国を築き上げてくれるに違いない。
晏珠は静牙と顔を見合わせて、微笑んだ。




