1-7
晏珠の答えに、室内が大きくどよめく。
「……25だと? 御鳥児が?」
「そんな例は今までに聞いたことがないぞ」
「何故。そもそもあの娘、未婚なのか?」
官吏や神官のざわめきが、晏珠の耳に届く。まあ、そうだろう。このくらいは想定内だ。自分だって驚いている。
先触れを聞いて知っていたのだろう、王と王妃は落ち着いた様子だったが、静牙が「前衛的」と評する王太子はどこか愉しげに口角を上げている。面白いものを見つけた、とでも言わんばかりの表情だ。
未だざわつく室内で、王がまた口を開いた。
「自ら名乗りを上げなかったのは、それが理由か?」
「……恐れながら。私自身、信じがたい気持ちが強くありましたゆえ」
「成程。静牙、どこで見つけた?」
「はい、陛下。都の外れの酒楼にて働いていたのを、偶然発見致しました」
――酒楼!
神官たちがまたざわめいた。
酒自体は、別に禁止されている飲み物ではない。天主様に捧げるための供え物に使われることもある。
だが、酒楼という店に良い印象を持っていない人間はいた。単に酒や食事を提供するだけならば良いが、裏では娼婦を雇って客を取っている店も数多くあるからだ。清貧な生活を良しとする神官たちにしてみれば、酒楼で働いていたというだけで眉をひそめたくなるのだろう。
「酒楼働きの娘など……」
「まだ若いならいざ知らず、25だろう?」
「たとえ未婚だとしても、清らかな乙女と言っていいのか?」
――ああもう、だから嫌だったのに。
ひそひそと聞こえてくる陰口に、晏珠はげんなりする。こうなることは目に見えていた。だから渋っていたのだ。
天主様に誓って、自分はやましいことなど一つもしていない。が、酒楼で働く行き遅れの娘、というだけで世間の印象は悪いのである。本当は裏で客を取っているのではないか、だからこんな年まで嫁にも行かずにいるのではないか――と。
勝手に決めつけられることも、蔑まれることにも慣れているが、気分が良いものでは決してない。
「御鳥児に相応しいという証を見せるべきではないか」
「そうだ。清らかな体であるという証を」
聞こえてきた言葉に、晏珠はぎょっとする。まさか、体を調べられるというのか? そんな屈辱的な目に遭わなければならないのか。自分が望んだことでもないのに。
静牙も聞こえていたのだろう。顔をしかめている。彼もここまでの事態になるとは思っていなかったに違いない。再び頭を下げて、口を開いた。
「陛下。羽の徴が出ている以上、天主様に選ばれたことは明白です。これ以上何を調べることがありましょうか」
「分かっている。皆、少し落ち着くがいい」
王の言葉に、室内は水を打ったように静まり返る。
「皆が戸惑うのは理解しよう。だが、御鳥児が交代の時期に入っているのは事実だ。他に名乗り出てきた娘もおらぬ。羽の徴も間違いなく出ている。新たな御鳥児として認めるのに不足はないと考えるが、どうか?」
威厳に満ちた声に、異を唱える者は誰もいない。晏珠は安堵の息を漏らした。王が話の分かる人で助かった、と思った時。
怜悧な声が、室内の沈黙を破った。
「――恐れながら、陛下。発言をお許しください」