7-11
四人並んだ御鳥児を前に、鳴鈴は色を失って震えている。一方、朱角はそんな彼女には目もくれず、鋭い眼光を晏珠に向けてきた。
「元はと言えば……その女が元凶でしょう」
「何を言っている? 晏珠は命を狙われた側だぞ」
「狙われるだけの理由があったということです!」
口から泡を飛ばさんばかりの勢いで、朱角は喚いた。
「その女が! 御鳥児に相応しくないから! このようなことが起こるのです! その女を王宮から追放すればいい! それで全ては治まる!!」
もはや言っていることが無茶苦茶だ。誰の目から見ても、朱角が追い詰められているのは明らかだった。王太子がやれやれと首を振る。
「口を慎め。見苦しいぞ、朱角」
「いいえ! 凶事を起こしたのは、その女の方です! 国を乱す女こそ、首を落とされるべきだ!」
朱角は目を血走らせて、晏珠を指差した。隣に立つ静牙が一歩進み出る。
「……黙れ。これ以上俺の御鳥児を侮辱するなら、天主様に代わって俺がお前の首を落とすぞ」
静牙の怒りが沸々と伝わってくる。腰の剣に手がかかったのを見て、朱角は僅かに怯んだ。
「晏珠が一体、どんな罪を犯した? いつ国を乱した? 言ってみろ」
「と……鳥番は、天主様の代わりに制裁ができるような立場ではないでしょう。弁えなさい」
「何を言っている? 鳥番は御鳥児を守るのが役目だ。弁えるべきなのはお前だろう」
「そうよ。天主様に選ばれた御鳥児を、あなたが勝手に排除しようとしたんでしょ?! 神官長だからって、そんな暴挙が許されると思ってるの?!」
泉玉まで参戦してきて、朱角がたじろぐ。
晏珠は静牙の腕を軽く叩いた。落ち着いてほしい。今の彼なら、本当にやりかねない。
そのまま、朱角を真っ直ぐに見つめて言った。
「神官長。本当に私が国を乱したのなら、神起こしの歌で罰を受けるのは、あなた方ではなく私ってことですよね?」
「……何?」
「いつかも言いましたけど、私は逃げも隠れもしません。今から、ここで歌います。それで天罰を受けるのが、あなた方か、私か。この場ではっきりさせればいいでしょう?」
朱角が唇を震わせた。何か言いたそうだが、言葉にならない。成り行きを見ていた王太子が笑った。
「決まりだな。よし、いつでもいいぞ」
「承知しました。では、始めます」
晏珠は三人の御鳥児に目配せする。翠芳の聡明な瞳が、桜喜の優しい微笑が、果耀の神秘的な眼差しが、晏珠を見返してくる。迷いは誰にも見当たらない。
――ありがとう、皆。
心の中で礼を言い、晏珠は深く息を吸い込んだ。三人の息がぴたりと合って、歌が始まる。
――神起こしの歌は、不安定な旋律から始まった。
どことなく不穏で、収まりが悪い。人を落ち着かなくさせる旋律が、辺りを漂う。
婚儀の参列客の、不安そうなざわめきが聞こえる。その声もまた、旋律を彩っていく。
鳴鈴は唇まで真っ白にして、うわ言のように何かを呟いている。今更、天主様に許しを乞うているのかもしれない。
朱角はしばらくその場に立っていたが、曲が進むにつれ、一歩、また一歩と踏み出してきた。
「……ろ」
「朱角。黙って聞け、神の小鳥の御前だぞ」
王太子に叱責されても、彼は歩みを止めない。そのうち足がもつれ、よろめいた。
「や……やめろ……!」
「朱角!」
「やめろ、歌をやめろ……!!」
護衛たちに阻まれ、それ以上進めなくなっても、彼の呪詛のような声は止まらない。
「殿下! ……陛下、王妃様! 止めさせてください!! この歌を!!」
「落ち着け、朱角。天主様に誓って無実なんだろ? それなら大人しく聞いてろ」
「違います! 私は、決して、そんなつもりは……!!」
もはや王太子は止められないと理解したのだろう。朱角は王と王妃に直接訴え始めたが、二人は厳しい顔つきで沈黙を守っている。
絶望的な表情を浮かべた朱角は、歌う晏珠たちを呆然と見つめた。
その間も、歌は進行していく。旋律は変化し、刻々と表情を変えていった。
押し殺した怒り、悲しみ、声にならない叫び――そういったものの内圧が強まっていく。
打ちひしがれて膝をついた朱角は、救いを求めるように御鳥児たちを見ていた。やめろ、今すぐ歌をやめてくれ――そんな声が、ひしひしと聞こえるようだ。
だが、四人の御鳥児は誰も応えなかった。縋り付くような視線を全員で受け止め、歌を続ける。
果耀が、大きく息を吸い込んだ。彼女の力が、さらに解放される。平伏したくなるような迫力の歌声が、場を包んだ。
誰もが圧倒される歌声。晏珠たち御鳥児でさえも、彼女に付いていくのは相当な気力が必要だ。翠芳も、桜喜も、額に汗を浮かべて歌っている。四人の首元の徴が、強く輝く。
――本当に、天まで届きそう。
喉の痛みを堪えて、ありったけの声を振り絞りながら。晏珠は思う。
朱角が、目を大きく見開いた。もはや言葉にならない呻きが、口から漏れる。
「あ……ああ……!」
あれほど称賛し、期待し、執着していた果耀は。彼の願いを聞いてくれなかった。それどころか、自分を断罪する歌を全力で歌い上げている。その事実に打ちのめされたのだろう。
とうとう、朱角は両手を地面に付いた。歌はいよいよ佳境に差し掛かり、終わりへと向かっている。
「あ……や、やめ……!」
音が上がっていく。天に駆け上がるように、少しずつ、少しずつ、高くなっていく。最高潮に達したところで、歌は終わりを迎えるのだ。
「わ、分かった……! 言う、全て話す、だから……!」
あと、五音。
「私がやったんだ! その娘と組んで……! 認める、だから、頼む、歌を――!!」
残り、四音、三音――二音。
誰もが固唾を飲んで耳を澄ます中、バサバサバサッ、と激しい羽音がした。
「う――うわあああああああああ!!!!!」
耳が潰れそうな絶叫が響き渡る。
同時に、「神起こしの歌」は余韻を残して終わった。
朱角と鳴鈴は、白目を剝いて気絶している。
倒れた朱角の身体の上には、大きな白い鳥が止まっていた。空から舞い降りてきたのだろう。王太子が近付くと、鳥はまた大きな羽音を立てて飛び立っていった。
「……天罰、か」
一枚落ちた羽を拾い上げ、王太子は晏珠たちを振り返る。そして、満面の笑みを浮かべた。
「終わりだ。皆、よくやってくれたな」
緊張感が一気に解け、大歓声が場を包み込んだ。
張り詰めていた気が緩み、涙が溢れる。隣に立つ静牙が笑顔で両手を広げたのを見て、晏珠は躊躇いなくその腕の中に飛び込んだ。




