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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
7 光の行方
67/75

7-10

 王太子の言葉に、朱角が初めて動揺を見せた。


「御鳥児をここに……? 殿下、神官長の私の許可なくそのような真似は……」

「なんだ? 呼んだら不都合でもあるのか」

「そういう意味ではございません、呼ぶ意味が見出だせないと申しているのです」

「お前がなくても、俺にはある」


 王太子はにべもなかった。間もなく近衛が戻ってきて、膝を付く。


「殿下。全員お揃いです」

「よし。通せ」


 許可の声を聞き、奥から御鳥児と鳥番が順に姿を現した。翠芳と柳星。桜喜と蒼雷。そして――驚くべきことに、果耀と登毘もいる。朱角が顔色を変えた。


「殿下、どういうことです! 雪鴒を宮から出すなど!」

「どういうことも何も、全員と言っただろう」

「いけません! 雪鴒は特別な御鳥児です、このような場に出てくる方ではない! もし御身に何かあったら……!!」

「何があるのですか、神官長様」


 朱角の叫びを遮って、果耀の声が響いた。


「わたしは四年間、護衛の方に囲まれて生活してきました。その間、光鴒のような危険な目に遭ったことなど一度もありません」

「危険な目になど、一度たりとも遭ってはならない! あなたは特別なのです!」

「じゃあ、他の者なら遭ってもいいってのか」


 口を開いたのは登毘だった。一見いつものように飄々としているが、口調には明らかに怒りが混じっている。


「晏珠が湖に落とされた後、あんたは護衛を増やしたか? 果耀みたいに全力で守ろうとしたか?」

「……護衛なら、王太子殿下が増やされたでしょう。それに、野盗の仕業なら、王宮にいれば危険が及ぶ可能性は低いのは明白です」

「野盗ねえ。なら、翠芳が代わりに神鎮めに向かう時、なんで護衛を増やせと言わなかった? ()()()()晏珠が標的になっただけなら、翠芳だって狙われるかもしれねーだろ」


 苦しい言い訳に、柳星がすかさず口を挟む。翠芳が怒りを押し殺した声で言った。


「神官長様、あなたは知っておられたのではないですか。光鴒以外が狙われることはない、と」

「そんなことは……」


 返答に窮した朱角に、蒼雷がさらに畳み掛ける。


「知らなくてこの対応なら、それはそれでひどい差別じゃないの? 自分の気に入った御鳥児だけは守るけど、他は知らないってことでしょ」

「それはあなたの誤認です、他の御鳥児をおろそかにしたつもりはありません!」

「無意識なら余計に性質が悪いね。俺は忘れてないよ。導きの儀で、あんたが桜喜を馬鹿にしたことを」


 次々と暴露されていく話に、王太子が苦笑して「まあ、そのくらいにしておけ」と制止した。


「随分と鳥番たちに嫌われたものだな、朱角。だが、本題はここからだ」

「本題、とは……」

「調鳴鈴は、お前が共犯だと言っている。しかしお前は違うと言う。どちらが正しいのか、天主様に判断を仰ごうじゃないか。『神起こしの儀』でな」

「神起こし、ですと?」


 耳慣れない言葉に朱角が眉を寄せる。王太子は振り返り、彩鈴に向かって頷いた。


「我が側室の彩鈴が、古い書物から見つけてくれた。神鎮めの逆の儀式――神起こしという儀式があることをな」

「そんな話は聞いたことがありません。何かの間違いでは? そもそも、一体どのような儀式ですか」

「長いこと忘れられていた儀式だからな、知らないのも無理はない。彩鈴、説明してやれ」


 促されて、彩鈴が前に進み出た。捕らえられた妹に一瞬目をやり、朱角に向かって話し始める。


「神鎮めは、大きな天災が起こった時、天主様のお怒りを鎮めるために御鳥児が歌を奉納する儀式です。これは皆の知るところですね。神起こしはその逆――天主様の怒りを呼び起こすものです」

「天主様の怒りを呼び起こす……? そのようなことをしたら国が大変なことになります!」

「ええ。ですから、ごく限られた状況でしか行われません。国を揺るがす凶事を意図的に起こした者がおり、天主様から直々に罰を与えていただく必要がある、と判断された場合のみです」


 天主様から、直々に罰を。

 晏珠は背筋がぞくりと冷えた。文字通り天罰ということだろうが、一体、どのような罰が与えられるのか。想像もつかない。


「御鳥児が四人で揃って歌うことで、天主様に訴えるのです。国を脅かした者に天罰を、と」

「全員で……? 神鎮めでさえ四人で歌うことはないのに?」

「それだけ重大な事案だということだな。いいか、朱角。これは天主様による審判なんだ」


 王太子は厳かに言い放った。


「天主様は全て見ておられる。無関係なら、天罰を食らうことはない。堂々としていればいいんだ」

「それはそうですが、しかし……!」

「お前の言うことが事実なら、鳴鈴だけが罰を食らうことになるさ。彩鈴、天罰とはどんなものだ?」

「文献には複数の証言があり、状況によって異なります。例えば、頭上から雷が直撃した、体が急に火に包まれた……等々」


 彩鈴の言葉に、鳴鈴がひっと短い悲鳴を上げた。


「お、お姉様……! わたくしを助けてくださらないの?!」

「あなたには、何度も忠告の文を送ったはずよ。それなのに、御鳥児の殺害未遂、民家への放火……仕出かした事の大きさを考えれば、庇い立てはできないわ、鳴鈴」

「そんな……嫌よ! 助けて、誰か!!」


 泣き叫ぶ鳴鈴の横で、文達は魂が抜けたように黙っている。彩鈴は辛そうに目を伏せた。

 王太子が、並んだ御鳥児たちに呼び掛ける。


「神起こしの歌は、神鎮めの逆――つまり、旋律を逆さまに歌うことになる。分かるか?」

「逆さまとは……神鎮めの歌の終わりを始まりの音として、逆に歌っていくということですか」

「話が早いな、花鴒。その通りだ。例によって楽譜はないが、できるだろう?」


 問われた桜喜は、翠芳と果耀と顔を見合わせたが、やがてこくりと頷いた。


「できる、と思います」

「流石は神の小鳥だな。晏珠、お前も加わってもらうが、喉の具合は大丈夫か?」

「はい。問題ありません」


 喉を撫でながら、頭の中で音をなぞる。

 神の怒りを呼び起こすという旋律。逆さまに辿るのは本来なら難しいはずなのに、なぜか不可能とは思わなかった。自然に旋律が浮かんでくる。


 晏珠が御鳥児の列に加わると、参列者たちがどよめいた。無理もない。御鳥児が四人並んでいる光景など、滅多に見られるものではない。

 泉玉が心配そうにこちらを見ている。安心させるように微笑み、晏珠は他の三人と視線を合わせた。

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