7-10
王太子の言葉に、朱角が初めて動揺を見せた。
「御鳥児をここに……? 殿下、神官長の私の許可なくそのような真似は……」
「なんだ? 呼んだら不都合でもあるのか」
「そういう意味ではございません、呼ぶ意味が見出だせないと申しているのです」
「お前がなくても、俺にはある」
王太子はにべもなかった。間もなく近衛が戻ってきて、膝を付く。
「殿下。全員お揃いです」
「よし。通せ」
許可の声を聞き、奥から御鳥児と鳥番が順に姿を現した。翠芳と柳星。桜喜と蒼雷。そして――驚くべきことに、果耀と登毘もいる。朱角が顔色を変えた。
「殿下、どういうことです! 雪鴒を宮から出すなど!」
「どういうことも何も、全員と言っただろう」
「いけません! 雪鴒は特別な御鳥児です、このような場に出てくる方ではない! もし御身に何かあったら……!!」
「何があるのですか、神官長様」
朱角の叫びを遮って、果耀の声が響いた。
「わたしは四年間、護衛の方に囲まれて生活してきました。その間、光鴒のような危険な目に遭ったことなど一度もありません」
「危険な目になど、一度たりとも遭ってはならない! あなたは特別なのです!」
「じゃあ、他の者なら遭ってもいいってのか」
口を開いたのは登毘だった。一見いつものように飄々としているが、口調には明らかに怒りが混じっている。
「晏珠が湖に落とされた後、あんたは護衛を増やしたか? 果耀みたいに全力で守ろうとしたか?」
「……護衛なら、王太子殿下が増やされたでしょう。それに、野盗の仕業なら、王宮にいれば危険が及ぶ可能性は低いのは明白です」
「野盗ねえ。なら、翠芳が代わりに神鎮めに向かう時、なんで護衛を増やせと言わなかった? たまたま晏珠が標的になっただけなら、翠芳だって狙われるかもしれねーだろ」
苦しい言い訳に、柳星がすかさず口を挟む。翠芳が怒りを押し殺した声で言った。
「神官長様、あなたは知っておられたのではないですか。光鴒以外が狙われることはない、と」
「そんなことは……」
返答に窮した朱角に、蒼雷がさらに畳み掛ける。
「知らなくてこの対応なら、それはそれでひどい差別じゃないの? 自分の気に入った御鳥児だけは守るけど、他は知らないってことでしょ」
「それはあなたの誤認です、他の御鳥児をおろそかにしたつもりはありません!」
「無意識なら余計に性質が悪いね。俺は忘れてないよ。導きの儀で、あんたが桜喜を馬鹿にしたことを」
次々と暴露されていく話に、王太子が苦笑して「まあ、そのくらいにしておけ」と制止した。
「随分と鳥番たちに嫌われたものだな、朱角。だが、本題はここからだ」
「本題、とは……」
「調鳴鈴は、お前が共犯だと言っている。しかしお前は違うと言う。どちらが正しいのか、天主様に判断を仰ごうじゃないか。『神起こしの儀』でな」
「神起こし、ですと?」
耳慣れない言葉に朱角が眉を寄せる。王太子は振り返り、彩鈴に向かって頷いた。
「我が側室の彩鈴が、古い書物から見つけてくれた。神鎮めの逆の儀式――神起こしという儀式があることをな」
「そんな話は聞いたことがありません。何かの間違いでは? そもそも、一体どのような儀式ですか」
「長いこと忘れられていた儀式だからな、知らないのも無理はない。彩鈴、説明してやれ」
促されて、彩鈴が前に進み出た。捕らえられた妹に一瞬目をやり、朱角に向かって話し始める。
「神鎮めは、大きな天災が起こった時、天主様のお怒りを鎮めるために御鳥児が歌を奉納する儀式です。これは皆の知るところですね。神起こしはその逆――天主様の怒りを呼び起こすものです」
「天主様の怒りを呼び起こす……? そのようなことをしたら国が大変なことになります!」
「ええ。ですから、ごく限られた状況でしか行われません。国を揺るがす凶事を意図的に起こした者がおり、天主様から直々に罰を与えていただく必要がある、と判断された場合のみです」
天主様から、直々に罰を。
晏珠は背筋がぞくりと冷えた。文字通り天罰ということだろうが、一体、どのような罰が与えられるのか。想像もつかない。
「御鳥児が四人で揃って歌うことで、天主様に訴えるのです。国を脅かした者に天罰を、と」
「全員で……? 神鎮めでさえ四人で歌うことはないのに?」
「それだけ重大な事案だということだな。いいか、朱角。これは天主様による審判なんだ」
王太子は厳かに言い放った。
「天主様は全て見ておられる。無関係なら、天罰を食らうことはない。堂々としていればいいんだ」
「それはそうですが、しかし……!」
「お前の言うことが事実なら、鳴鈴だけが罰を食らうことになるさ。彩鈴、天罰とはどんなものだ?」
「文献には複数の証言があり、状況によって異なります。例えば、頭上から雷が直撃した、体が急に火に包まれた……等々」
彩鈴の言葉に、鳴鈴がひっと短い悲鳴を上げた。
「お、お姉様……! わたくしを助けてくださらないの?!」
「あなたには、何度も忠告の文を送ったはずよ。それなのに、御鳥児の殺害未遂、民家への放火……仕出かした事の大きさを考えれば、庇い立てはできないわ、鳴鈴」
「そんな……嫌よ! 助けて、誰か!!」
泣き叫ぶ鳴鈴の横で、文達は魂が抜けたように黙っている。彩鈴は辛そうに目を伏せた。
王太子が、並んだ御鳥児たちに呼び掛ける。
「神起こしの歌は、神鎮めの逆――つまり、旋律を逆さまに歌うことになる。分かるか?」
「逆さまとは……神鎮めの歌の終わりを始まりの音として、逆に歌っていくということですか」
「話が早いな、花鴒。その通りだ。例によって楽譜はないが、できるだろう?」
問われた桜喜は、翠芳と果耀と顔を見合わせたが、やがてこくりと頷いた。
「できる、と思います」
「流石は神の小鳥だな。晏珠、お前も加わってもらうが、喉の具合は大丈夫か?」
「はい。問題ありません」
喉を撫でながら、頭の中で音をなぞる。
神の怒りを呼び起こすという旋律。逆さまに辿るのは本来なら難しいはずなのに、なぜか不可能とは思わなかった。自然に旋律が浮かんでくる。
晏珠が御鳥児の列に加わると、参列者たちがどよめいた。無理もない。御鳥児が四人並んでいる光景など、滅多に見られるものではない。
泉玉が心配そうにこちらを見ている。安心させるように微笑み、晏珠は他の三人と視線を合わせた。




