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一斉に皆の注目を集めた朱角は、落ち着いていた。少なくとも、表面的には。
「……だ、そうだが? 朱角」
「馬鹿馬鹿しい。これは何の茶番ですか、殿下」
嘆くように首を振って、朱角は言う。
「私がその者に命じて、御鳥児である光鴒の暗殺を試みたと? 何故そのような真似をしなければならないのです」
「さあな。だが、確かお前は晏珠の就任の時にもかなり強固に反対していたよな?」
「反対、というのは語弊があります。恐れ多くも神官長として、当然の懸念を申し上げたまでです」
揶揄するような王太子の言葉にも、朱角は動じない。毅然と顔を上げて言い放った。
「仮に反対したとしても、暗殺まで企てる理由がどこにありますか。私は光鴒に個人的な恨みなど一切ございません」
「ほう。では、調家の娘の妄言だと? お前が指示したという事実は一切ないと言うわけだな」
「当然です。その娘が何故私の名を出したのか知りませんが、私は全く無関係です」
きっぱりと言い捨てられて、鳴鈴が気色ばんだ。
「裏切り者!! あなたが全ての計画を立てたくせに、よくもそこまで白を切れるものね!!」
「何を言っているのか、さっぱり分かりませんね」
「嘘よ!! 文達に光鴒を襲わせようとしたことも、凍った湖に落として殺そうとしたことも、今回のことも!! 全部あなたが企てたことよ!! わたくし達は、指示に従って動いただけだわ!!」
手を組んでいた相手にあっさりと切り捨てられ、鳴鈴は顔を真っ赤にして叫んだ。こうなったら何もかも暴露して、意地でも朱角を道連れにするつもりなのだろう。
捨て身の証言に、王太子が薄く笑う。
「つまり、これが初めてではないということだな。今までに二度、光鴒に危害を加えようとして失敗したと」
「……はい。わたくしは神官長と手を組みました。目的が同じだったからです」
答えて、鳴鈴は朱角を睨みつけた。
「恨みがないなんて、どの口が仰るのかしら? あれだけ光鴒のことを悪し様に言っていたくせに」
「悪し様に、か。どう言っていた?」
「『あれは酒楼で体を売っていた、汚らわしい年増女だ。神聖な御鳥児に選ばれるはすがない。有り得ない』と。神官長は仰っていました」
あまりに品のない物言いに、観衆がまたざわめく。晏珠は無意識に体を固めた。
最初から、そう言われ続けてきた。はっきり口に出して言われたのは就任時だけだが、導きの儀で自分を見ていた冷たい目も、言葉より雄弁に晏珠を責め立ててきた。
――お前など、御鳥児ではない、と。
理不尽だと分かっていながらも、強い悪意を向けられるのはやはり堪える。本当はずっと、傷ついていたのだ。晏珠自身が自覚するより、深く。
俯いた晏珠を、隣に立つ静牙が支えてくれる。目線だけで「大丈夫」と伝えて、晏珠は前を向いた。
見届けなければ。そして、立ち向かわなければならない。屈したくない。
不快そうに眉を寄せた朱角を一瞥し、王太子は鳴鈴に話を続けさせた。
「有り得ないと来たか。まるで、天主様が間違えたかのような言い方だな」
「ええ。実際、そう言っておられましたもの」
――天主様は、お間違えになったのだ。よりにもよって、あのような女を選ばれるなど。
――正さなければならない。国が乱れる前に。
周囲のざわめきが大きくなり、不穏な空気が流れた。明らかに不敬な発言だ。王も王妃も流石に聞き流せなかったらしく、顔を曇らせている。
「自分が正しい、天主様が間違っている――と。朱角がそう言ったんだな?」
「仰いました。この期に及んで、嘘など申し上げませんわ」
言い切った鳴鈴に、朱角が苛立たしげに言った。
「いい加減になさってください、殿下。この私が、天主様を貶めるようなことを申し上げたと? それこそ有り得ません、ひどい中傷です」
「だが、この娘は聞いたと言っているぞ?」
「ですから、それは虚言だと言っているのです。御鳥児を焼き殺そうとした大罪人の言うことなど、信じるに値しません。違いますか」
「わたくしが大罪人なら、あなたはさらに上を行く極悪人よ。酒楼に火をつけて焼き殺せと言ったのは、他でもないあなたでしょう!!」
鳴鈴が激高して、さらに吠える。
「わたくしは提案したわよ。一般庶民を巻き込まなくても、他に方法はあるって。でも、あなたは頑なに焼き殺すことに拘ったわ! 父親も、客も、酒に溺れる連中なんてどうせろくな連中じゃない。むしろ浄化されて丁度いい、って!!」
「――殿下!! この女を黙らせてください!! 聞くに耐えない雑言だ!!」
とうとう耐えきれなくなったらしい朱角が、鳴鈴を指差して訴える。
知らず、晏珠は奥歯を噛み締めていた。何てことを。何て、非道なことを。
「……何をしたって言うの。私達が」
「晏珠」
「浄化って何? 酒楼働きの人間や酔客なんか、まとめて焼け死んだ方が街が綺麗になるって? 私達を何だと思ってるのよ……!」
声が震える。大粒の涙がぼろぼろと落ちる。
許せない。許せるはずがない。父と二人、ごく倹しく生きてきただけなのに。何故、そこまで言われなければならないのか。
肩を抱く静牙の手に、ぐっと力が入る。彼もまた、込み上げる怒りを堪えているのが分かった。
朱角はうるさそうに晏珠に視線を向けたが、すぐに王太子に向き直った。
「根拠のない妄言で、神聖な婚儀の場を乱すなど……全く嘆かわしい。殿下、繰り返し申し上げますが、私は無関係です。これ以上罪人扱いされるなら、確たる証拠をお持ちください」
「なるほど。朱角、その言葉、天主様に誓えるか?」
「勿論です。いくらでも誓いましょう」
朱角は相当の自信があるようだった。ここまで徹底的に否定するからには、証拠など周到に隠滅しているに違いない。
しかし、王太子はにやりと笑みを浮かべた。
「分かった。ならば、連れてくるとしよう」
「はい? ……連れてくる、とは?」
不審そうに首を傾げた朱角に背を向け、王太子はまた背後の近衛たちに呼び掛けた。
「――御鳥児を全員、ここに呼べ。今すぐにな」




