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婚儀の席はざわついていた。
祝いの席から王太子妃の兄が突如姿を消したかと思うと、御鳥児を伴って戻ったのだ。一体何事かと、皆が騒然となるのも分かる。
――あれが、当代の光鴒だと?
――本当か。女官ではないのか?
――いや、当代はかなり年上だと聞いている。しかし、王太子妃の兄が鳥番を務めていたとは……。
参列している貴族たちが、こそこそと囁き合っている。晏珠は肩を竦めた。女官の装束からは既に着替えており、首元の徴ははっきりと光っているのに、相変わらずの反応だ。
静牙が晏珠を連れて御前に進み出ると、正装した王太子の燕月が口角を上げる。隣では婚礼衣装に身を包んだ泉玉が涙を浮かべて、「良かった……」と呟いていた。
「戻ったか、静牙。無事だな?」
「恐れ入ります。殿下のご明察あればこそです」
恭しく頭を下げた静牙に、燕月は満足げに頷く。
「そうだろう。晏珠、お前も大事ないか?」
「はい。ありがとうございます」
晏珠も深々と頭を垂れる。父も無事に医者に引き渡せたし、客も皆軽傷で済んだ。鳴鈴も捕らえることができた。自分たちは紛れもなく、この人に助けられたのだ。
「それは何よりだ。だが、声が些か掠れていないか?」
「殿下。晏珠は煙で喉を痛めております。凶徒が彼女の家に火を放ち、家族や知人もろとも焼き殺そうとしたのです」
静牙の言葉に、泉玉が悲鳴を上げた。周りの参列者たちの間にも、さざ波のように動揺が広がっていく。
「そんな……なんて恐ろしいことを……!」
「……溺死の次は焼死狙いか。ふん、なるほどな」
王太子は唇を歪め、成り行きを見守っていた王と王妃に向き直った。
「陛下。お聞きの通りです。この晴れやかな婚儀の日に、御鳥児の暗殺というとんでもない陰謀を企てた者がおります」
「うむ。どうやら、そのようだな」
「凶徒の一人は捕らえましたが、共犯者がいると口にしている様子。このままにはしておけません。ここは、私に任せてもらえませんか」
王と王妃は顔を見合わせたが、困惑した表情で言った。
「燕月。それは国の一大事には違いないが……今は婚儀の最中だ。終わった後に追求すれば良かろう」
「わたくしも同意見です。今やらなくてはならない理由があるのですか?」
「まさにその通り。今でなくてはならないのです。何故なら……」
燕月は参列者を見渡して、はっきりと言い切った。
「共犯者は、この婚儀に参列している人物だからです。捕らえた者がそう白状しております」
参列者が一斉にどよめいた。
晏珠が身なりを整えている間に、二人の護衛は王太子に先に顛末を伝えに行っている。鳴鈴が話した内容も、彼はとうに知っているのだ。
王太子は普段の軽薄さが嘘のように、厳しい顔で続ける。
「御鳥児を殺そうとするような卑劣な輩が、王家の婚儀に何食わぬ顔で出席するなど言語道断。天主様がお許しになるはずがない。この場で罪を暴き、即刻叩き出すべきです」
威厳に満ちた声に、王も、王妃も感じ入った様子だった。
「そうか。ならば、致し方あるまい」
「ええ、確かに。……しかし、燕月。どのように罪を暴くのです?」
王妃の問いに、王太子は我が意を得たりといった様子で答える。
「それについては私に考えがあります。ですが、まずは共犯者の口から名指しをしてもらいましょうか。――さあ、連れてこい!」
王太子の命令に、近衛たちが動く。
やがて、後ろ手に縛られた鳴鈴と文達が、皆の前に突き出された。どよめきが、一層大きくなる。
――あれは、調家の娘ではないか?
――まさか……調家が御鳥児の暗殺を? どういうことだ?
鳴鈴はぶるぶると震えて蒼白になっていたが、一方の文達は感情の消えた目で呆然としている。
「め、鳴鈴……?! お前が何故そこに……!」
「そんな……何かの間違いでしょう?!」
群衆の中から悲痛な声が聞こえた。愕然とする父親と、顔を覆った母親が見える。
五名家筆頭の調家なら、王太子の婚儀に出席していて当然だ。親は鳴鈴の行為を黙認しているのかと思ったが、そうではなかったらしい。
「残念だが、この二人は火をつけた現場で捕らえられた。言い逃れはできん」
「し、しかし……! 何故娘がそのようなことを!!」
「理由は今後明らかにしていく。が、御鳥児のみならず、一般庶民も巻き添えにしかけたのは事実だ。家としても責任を問われることになるだろう」
王太子の言葉に、両親が激しく泣き崩れる。側室として参列していた彩鈴が、「鳴鈴……」と悲しげに目を伏せた。泉玉も複雑な表情を浮かべている。
今にも気を失いそうな鳴鈴に、「さて、調鳴鈴」と燕月は問いかけた。
「お前が光鴒を焼き殺そうとしたのは明白だが……その場にいた護衛の証言では、ある人物に命じられての行動だそうだな?」
「は……はい……」
もはや誤魔化しが効かないことは理解しているらしく、鳴鈴は震える声で答えた。
「それが誰なのかも、護衛たちは聞いたと言っている。晏珠、お前も聞いていたな?」
「はい。然と聞きました」
晏珠が頷いたのを見て、王太子はさらに鳴鈴に畳み掛けた。
「もう、隠しておく意味はない。お前が今更口を噤んでも、俺も、晏珠も、共犯者が誰かは分かっている。お前自身が喋ったんだからな?」
「……お、お許しを……!」
「そう思うなら、この場で、お前の口からはっきり言うことだ。いいか。問うぞ」
王太子は皆に聞こえるよう、よく通る声で鳴鈴を問い詰めた。
「父親が危篤だと騙して光鴒を呼び出し、生家の酒楼ごと彼女を焼き殺そうと企てたのは――誰だ?」
鳴鈴の唇が震え、かすかに動いた。
「……、です……」
「聞こえないな。もう一度言え、はっきりと」
促されて、鳴鈴はぐっと歯を食いしばった。こんな大勢の前で罪を咎められるなど、彼女にとってはさぞかし屈辱だろう。だが、王太子は欠片も容赦しない。
「言わないということは、単独犯として処罰されるということだが。それを許容するんだな?」
王太子の最後のひと押しに、鳴鈴はきっと顔を上げ、甲高い声で叫んだ。
「――神官長の! 朱角様です!!」
その場にいた全員の視線が、神官長へと向けられる。晏珠の目に、朱角が僅かに顔をしかめたのが見えた。




