表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
7 光の行方
62/75

7-5

 悠然と入ってきた鳴鈴は、縛られた晏珠を見下ろして嘲るように笑った。


「無様な姿ですわね、晏珠様」

「……鳴鈴。これはあなたが仕組んだの?」


 つとめて冷静に尋ねると、鳴鈴は不快そうに眉を寄せた。


「わたくしを呼び捨てとは……これだから育ちの悪い女は困りますわ」

「こんなことをする相手に払う敬意なんてないわね。それで、何のつもり? わざわざあなたがお越しになるなんて」


 彼女が直々に姿を見せたということは、ここにいる全員、生きて帰すつもりはない、ということだろう。いっそあからさまで、清々しいくらいだ。


「もちろん、この目できちんと見届けるためよ。『今回こそ』ね」

「……何を、って聞くまでもないわね」

「あら、察しは悪くないようね。感心だわ」


 前回は湖に落とすところまでは確認したものの、晏珠の命は奪いそこねた。故に、今回は徹底して始末するつもりなのだろう。


 だとしたら、自分のすべきことは一つしかない。できるだけ、鳴鈴の話を引き伸ばす。そして。



 ――静牙。



 たった一人の鳥番の名を、心の中で呼ぶ。


 御鳥児の助けを求める声は、鳥番に届く。

 鳥呼び唄は、国中どこにいても鳥番に聞こえるという。果耀の泣き声は、登毘に届いた。泉玉が弱っている時、王太子の燕月が必ずやって来たのも。酔い潰れた静牙が、晏珠の声なき呼びかけに目を覚ましたのも、きっと同じ理屈だ。

 歌っても、歌わなくても。声に出さなくても。御鳥児の叫びを、鳥番は聞き取ることができるのだろう。ならば。


 静牙との約束の一つを、自分は破った。宮で大人しくしていることはできなかった。

 けれど、もう一つの約束なら。今からでも守れる。


 ――俺を呼べ、と彼は言った。

 何処にいても、何をしていても、絶対に助けに行く、と。


 勝ち誇った顔の鳴鈴を見上げつつ、晏珠は心を決めた。鳴鈴の話に適当に相槌を打ちながら、心の中で静牙に呼びかけ続けることなら、できる。

 今まさに妹の式に参列している彼を呼びつけることに、罪悪感はある。だが、今呼ばないでいつ呼ぶのか。



 ――静牙。

 ――静牙、気付いて。



「あなたのような下賤な女が御鳥児になったせいで、わたくしの人生が台無しにされるなんて、あってはなりませんわ」

「……あなたの人生、ね。そんなに静牙と結婚したかったの? お姉さんの婚約者を奪ってまで?」


 鳴鈴の顔が歪んだ。お姉様、と憎々しげに呟く。


「そうよ。許せるわけがないでしょう? 結婚なんてしそうになかったあのお姉様が、わたくしを差し置いて幸せを掴むなんて。泉玉もよ。正妃になれないなら、王太子に嫁ぐ意味なんてないわ」

「呆れた……そんな理由で? あなた、静牙を慕っているわけではないの?」

「そんなことはどうでもいいのよ。わたくしは負けることが我慢ならないの。お姉様にも、泉玉にもね」


 傲然と言い切った鳴鈴は、さらに話を続けた。


「静牙様の正妻になれば、泉玉はわたくしの義妹だわ。そして、いずれは王妃の義姉という立場になれるのよ」

「そう……泉玉に『負けない』ために、静牙の存在は都合が良いってことね。あなたにとっては」


 怒りが沸々と込み上げてくる。静牙を真に愛しているなら、自分を恨むのも分からなくはない、と思っていたのに。



 ――静牙。あなたの疑問は正しかったわ。



 心の中で呼びかけながら、こっそり謝罪する。鳴鈴は静牙を慕ってなどいなかったのだ。


「あなたさえいなければ、わたくしは今頃静牙様の妻になっていたわ。調家からの申し出なら、お断りなどされなかったはず」

「私がいなくなったところで、静牙があなたを選ぶと本気で思ってるの? だとしたら随分おめでたいわね」


 ぴしゃりと言い切って、晏珠は鳴鈴を見据えた。



 ――静牙。静牙、聞こえる?



「家の力で無理を通したとしても、その先に待つのは虚しさだけよ。あなたが満たされることはない。永遠にね」

「……黙りなさい」

「彩鈴様も、泉玉も、あなたのことなんて相手にしてないわ。あなただけが、勝ち負けに拘ってる。その時点で、あなたはもうとっくに『負けてる』のよ」

「うるさい! 黙りなさいよ! 文達、さっさとこの女を黙らせて!」


 従者が音もなく動き、晏珠の口を布で塞いだ。そのまま首の後ろで結ばれ、喋れなくなってしまう。文達の目は虚ろで冷たい。あの晩の愛想の良さが噓のようだった。今の姿が、本来の彼なのだろう。

 それにしても、失敗した。もう少し時間を稼ぎたかったのに。

 晏珠は鳴鈴を煽ったことを悔やんだが、どのみち時間の問題だ。代わりに、心の声に集中する。



 ――静牙。

 ――静牙、お願い、届いて。



 静かになった晏珠を睨みつけて、鳴鈴は肩で息をしながら言った。


「……あなたは、父親の病気の知らせを聞いて、ここにやって来た。父親は無事に回復して、酒楼はまた客で賑わう。そこで、お祝いだからと特別な酒が開けられる」


 喋る鳴鈴の背後で、男たちが大きな酒壺を運んできた。晏珠たちの側まで来て蓋を開けると、強い酒精の香りが漂う。かなり度数の強い酒だ。


炎酒(えんしゅ)よ。知ってるわよね、あなた方なら」

「炎酒だと……? なぜ、そんなものを……」


 口のきけない晏珠の代わりに、父の丹渓が答える。鳴鈴は恍惚と笑った。


「これの名前の由来は、度数が強すぎて、火を近付けると炎が上がること。それを利用して、余興に使われることもある。さあ、祝いの席で羽目を外した客が、()()()()これに火をつけたとしたら……どうなるかしら?」


 晏珠は目を見開いた。まさか、彼らの目的は。

 丹渓が苦々しく吐き出した。


「この店ごと……娘と儂らを焼き殺すつもりか」

「ご明察ね。恨むなら、思い上がった娘を恨みなさい!」


 鳴鈴はころころと笑う。晏珠は目を閉じて、一際強く、彼の名を呼んだ。



 ――静牙。静牙、静牙。

 ――助けて。皆を助けて、お願い……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ