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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
7 光の行方
61/75

7-4

 大通りから外れると、人通りは一気に減る。

 晏珠の家は王都と言えども街の端にあり、普段からさほど人は多くない地域である。加えて今日は皆が王宮近くに集まっているため、いつもよりさらに閑散としていた。


 特に大きな危険もなく家まで辿り着いた晏珠は、辺りを見回して呟いた。


「随分静かね……」


 父が倒れたというのが本当なら、常連客や近所の医者が居そうなものだが。誰の姿も見えない。

 警戒しながら酒楼の扉を開くと、中はさらにしんと静まり返っていた。机の上には飲みかけの酒や器がそのままになっている。


「……父さん? いないの?」


 呼びかけても返事はない。

 もっとも、具合が悪いなら寝所に寝かされているのかもしれない。酒楼の奥の扉を抜けた先が、父と自分の生活の場だ。とりあえずは、そちらも見に行かなければなるまい。

 晏珠は振り返り、二人の護衛に声をかけた。


「すみませんが、家の方を見に行ってもいいですか?」

「ええ、もちろんです」


 行きましょう、と護衛が頷きかけたその時。



「――動くな」



 入口の方から、野太い声がした。

 護衛たちが即座に反応し、晏珠を守るように立ち塞がる。


 開いた扉の向こうには、体格の良い男たちが何人も立っていた。そして、見覚えのある顔ぶれが羽交い締めにされている。


「……沃徳おじさん?!」

「あ、晏珠……すまねぇ……!」


 掠れた声を上げた沃徳の他にも、常連客らが屈強な男たちに捕らえられていた。顔に痣ができた者もいる。既に何発か殴られたのかもしれない。


「何をしてるの?! その人たちを離して!」

「晏珠様! 危険です!」


 前に飛び出しかけた晏珠を、護衛が慌てて引き留める。男たちの一人が、ふんと鼻を鳴らした。


「聞こえなかったのか。動くなと言ったはずだが」

「……従う義理はないわ」

「威勢がいいな。だが、あれを見ても同じことを言えるか?」


 男が店の奥を指差す。

 振り返って、晏珠は悲鳴に近い声を上げた。


「父さん!!」


 別の男が、縛り上げた父に刃物を突きつけていた。どうやら、奥に隠れていたらしい。

 無理やり立たされている父の顔色は悪く、脂汗をかいて歯を食いしばっている。意識こそあるが、具合が悪いのは一目瞭然だ。

 晏珠、と涙ながらの沃徳の声が聞こえた。


「すまねぇ……! 丹渓が店を開けてくれたんで、朝から皆で祝い酒を飲んでたら……こいつらが急に雪崩込んできやがって!」

「沃徳おじさん……」

「天主廟に行って、お前を呼び出せって脅されたんだ! 父親が危篤だって言え、やらねえと全員ここで斬り殺すって……!」

「……うるせぇじじいだな、黙りやがれ」


 沃徳を捕らえた男が、さらに首を締め上げる。喉が潰れたような声を出して、沃徳は黙った。


 やはり、これは罠だったのだ。

 父の病気を餌に、自分をここに誘い出す。父や常連客を人質に取って脅せば、たとえ護衛がいてもそう簡単には攻撃できない。始めから、そういう計画だったに違いない。


「やめて! あんた達の目的は私なんでしょ?! 他の人を巻き込まないでよ!!」


 父も、沃徳も、他の客たちも。御鳥児とは何の関係もない。それなのに。

 必死に叫ぶ晏珠に、男たちはにやにやと笑った。


「よく分かってんじゃねえか。なら、大人しく捕まってくれるよな? 御鳥児様よ」

「……私が捕まったら、父さんや皆を離してくれるの?」

「ああ、もちろんだ。俺たちも鬼じゃねぇからな」


 男たちはあっさり頷いたが、護衛の二人はとんでもないと首を振った。


「いけません、晏珠様。こんな奴らが約束を守るわけがない!」

「そうです。事情を知る人間をそのままにしておくとは思えません!」


 二人の言葉はもっともだった。無関係の人々を人質にして脅迫するような連中が、やすやすと目撃者を解放するとは考えにくい。

 だが、ここで従わなければ、男たちはいとも容易く皆を手にかけるだろう。刃を突きつけられた父はもちろん、沃徳ももう少し力を込められたら間違いなく絞め殺される。他の人にしても同じだ。

 苦悩する晏珠に、父が絞り出すように声をかけてきた。


「……晏珠。いいから逃げろ」

「だって、父さん……!」

「お前には、大事なお役目があるだろう。こんなことで投げ出してどうする。それに……あの青年はどうした」


 ――静牙。


 胸が痛んだ。彼がこの事態を知ったら、どう思うだろう。

 戻って来たことを後悔はしていない。自分が来なかったら、男たちはきっと父や沃徳を殺してしまっただろう。そうしておいて、神官長は晏珠を責めるのだ。父の危篤の一報を受けても戻らなかった、不義理な娘だと。


 抵抗すれば皆はすぐにでも殺される。自分の目の前で、呆気なく。そんなことは耐えられない。

 晏珠は護衛から離れ、男たちに歩み寄った。


「晏珠様……!」

「……ごめんなさい。でも、今はこうするしかないわ」


 護衛たちの声を背中に、晏珠はきっぱりと言い放った。

 諦めるわけではない。自分が大人しく身を差し出せば、少しは時間が稼げるだろう。



 ――何かあったら、俺を呼べ。



 静牙の力強い言葉が、耳に蘇る。そうだ。まだ、出来ることはある。


 男たちは満足げに頷き、あっという間に晏珠を縛り上げた。御鳥児を人質に取られた護衛たちも、同様に捕まってしまう。


「これでいいんでしょ。早く皆を解放して」

「まあ、そう急くな。こんなことになった理由くらい聞かせてやるのが礼儀だろ?」


 言いながら、男たちは人質を酒楼の中に集めて座らせた。もちろん、晏珠と護衛たちも一緒に。分かってはいたが、皆をすぐに解放するつもりはないらしい。

 晏珠は顔をしかめて毒づいた。


「ご丁寧なことね。どうせろくでもない理由でしょ」

「あらあら、随分と投げやりね!」


 場にそぐわない高笑いが響く。

 まさか、この声は。


 晏珠は顔を上げる。扉の前に立っていたのは、予想に違わず――鳴鈴と、従者の文達だった。

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