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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
7 光の行方
60/75

7-3

 王宮を出ると、晏珠は二人の護衛を振り返った。


「では、この先よろしくお願いします」

「承知しました。ですが……」


 護衛の一人が、躊躇いながら口を開く。


「本当によろしいのですか。御鳥児が輿や馬車を使わず、徒歩で向かうなどと……」

「構いません。見てください。この人出を」


 王都の大通りはいつもの数倍の人出で、かなり混み合っている。慶事にあやかって商売に精を出す者、いつもより豪華な食材を買い求める者、道端で芸を披露して稼ぐ者。様々な思惑の庶民たちが、王宮の側に集まっているのだ。式が終わると国民に向かって新王太子妃のお披露目もあるらしいので、尚更だろう。


「この中を通り抜けるには、輿や馬車では逆に時間がかかりますし、目立ちすぎます」

「しかし、雑踏に紛れるのも危険では?」

「大丈夫です。私に武器は効きませんし、服装もこの通り、女官のものを借りてきましたから。私が御鳥児とは、誰も分からないでしょう」


 服装については、宮を抜け出してきた果耀の「女官に変装しようとした」という言葉から閃いたものだ。

 通常の御鳥児よりも年上であることが、今回は幸いした。果耀には大き過ぎたかもしれないが、自分にはぴったりである。首元も隠れるし、鳥番が側に居ないので徴が光ることもない。


 それに、晏珠は心の中だけで思う。

 護衛の彼らは、神官が手配した人物だ。信賴に値するかどうか、正確には分からない。万が一自分に危害を加えようとするなら、雑踏に紛れてしまった方が安全な気がした。何か画策していたとしても、これだけ人目があれば、そう簡単に事は起こせないはずだ。


 晏珠の言葉に護衛たちは顔を見合わせたが、やがて頷いた。


「分かりました。仰せのままに」

「ありがとう。じゃあ、行きましょう」


 一つ息をついて、晏珠はごった返す大通りに足を踏み出した。






 父の危篤の報が届いたことを理由に外出の申請を出すと、意外にも神官たちは渋った。理由は単純で、神官長の朱角が王太子の婚儀に参列しており不在だったからだ。

 晏珠の外出を禁じたのは王太子である。いくら家族が病気とは言え、神官長が不在の中、それに反する決定をしても良いのか。残された神官たちでは、なかなか判断が付かなかったらしい。


 しばらく待たされたものの、結局申請は許可された。前例に従えば許可しない理由がない、という、如何にも役人的な決定の仕方だった。

 その代わり、護衛を二人付けることが条件とされた。これには晏珠も同意せざるを得なかった。


 が、輿か馬車で向かうようにという提案には、「徒歩で行きます」ときっぱり断った。

 建前としては「かえって時間がかかる」ことと「目立つ」ことを上げたが、以前の襲撃のことを考えると、自分できちんと状況を把握できる方が良いだろうと思ったのだ。何しろ今回、静牙は側に居ない。輿や馬車の中に隠れていては、対応が遅れる。


 神官たちは難色を示していたものの、晏珠の意見にも理があることは認めたらしい。女官の服を着ていくことにも同意した。

 とにかく「御鳥児の身に何かあれば自分たちの責任になる」という危惧が色濃く、何とか回避して無事に戻ってくることだけを求められたという印象であった。


 ――朱角は、自分の外出を把握しているのだろうか。


 婚儀に参列しているなら、知らなかったという主張も通るだろう。しかし、それすらも布石である気がしてならない。何か起こった時に自分は関係ないと言うためにも、この日を選んだのではないか。

 加えて、鳴鈴の存在も気になる。彼女が式に出ているかどうかは分からないが、神官長の朱角よりは自由に動けるはずだ。何らかの形で暗躍していてもおかしくはない。


 道行く人々は一様に明るい笑顔を浮かべており、国の慶事を存分に満喫している。急ぎ足で王都の外れを目指す自分たちのことなど、気に留める人はいない。



 ――父さん。どうか、無事でいて……!



 本当に病状が悪化していたとしても、嘘だったとしても。どちらにせよ心配が募る。

 もしも罠だとしたら、心底許し難い。自分を陥れるために大切な家族を巻き込むなど、あってはならないことだ。

 思わず胸を押さえた晏珠に、護衛が声を掛けてきた。


「晏珠様、大丈夫ですか?」

「お疲れになったら仰ってください。いざとなったら背負っていきますので」


 労るような口調に、晏珠は表情を和らげる。


「平気です、ごめんなさい。父が心配で、つい」

「そうですよね。ご無事だと良いのですが……自分も母一人子一人の家族なので、気持ちはよく分かります」

「俺も、病気がちな妹がいまして。正直、家から何か知らせが来るたびに肝が冷えますよ」


 逸る晏珠を落ち着かせるように、二人は砕けた口調で話してくれる。

 少し、肩の力が抜けた。確証はないが、この二人は信じても良い気がする。これほど家族を大事に思っている人たちなら、きっと。


「……待っててね、父さん」

「はい? 何か仰いましたか?」

「いえ、ただの独り言です。すみません、先を急ぎましょう」


 人混みを掻き分けてくれる護衛たちに感謝しつつ、晏珠は顔を上げて歩を早めた。

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