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扉が開くと、豪奢な部屋が目の前に開けた。
朱塗りの柱、きらきらと金色に輝く鳥の飾り。そして、一段高いところに設えられた玉座。国民の大半は一生に一度も目にすることがないだろう人物が、そこに居る。
――あれが、羽ノ国の王、翼蘇雲様。
――そして、隣におられるのが王妃の永蓮様と、王太子の燕月様ね。
威厳のある風貌の王と、華やかな装束に身を包んだ王妃。そして、自分を探すよう命じたという若き王太子に見下ろされ、晏珠は深く頭を下げた。
あの後、天主廟に着いた晏珠と静牙は、出迎えた神官に事情を説明した。
静牙が奏家の人間だということを先に明かしたこともあり、さすがに門前払いされることはなかったものの。晏珠の姿を見た神官はやはり驚きを隠さず、傍に立つ静牙に問いかけてきた。
「疑うわけではないのですが……本当でございますか」
「それを決めるのは俺ではない。だが、少なくとも羽の徴は出ているし、こうして光り輝くのも事実だ。放ってはおけないだろう」
静牙の言葉に、神官はためらいながらも頷いた。
そこからはほとんど流れ作業で、別室に通された晏珠はまず女官たちの手によって着替えさせられた。仕事のために適当に結い上げていた髪も解かれ、何度も櫛を通されて髪飾りを付けられる。渡された装束は真っ白で、胸元が大きく開いており、袖も裾も引きずるほどに長かった。歩きにくいことこの上ないが、これが御鳥児の装束ならば仕方がない。
早々に気疲れした晏珠が部屋から出ると、静牙は既に外で待っていた。こちらは特に着替えた様子はなく、晏珠の姿を見て一瞬目を見開いたものの、すぐにいつもの表情に戻って手を差し伸べてくる。慣れない装束に戸惑っているのが分かったのだろう。
「……ありがとう」
「いや。ここからは輿で王宮に向かうそうだ」
「輿……」
また随分大層な扱いを、とうんざりする晏珠だが、このまま王宮まで歩いて行けと言われてもそれはそれで困る。輿には小さな窓が付いてはいるが、外からは見えないよう囲われているので、途中で晒し者になることはない。御鳥児だと知られないようにするための工夫なのだろう。
静牙はどうするのかと思えば、馬が用意されていた。どうやら彼が馬で輿を先導するということらしい。慣れた様子で馬に撫でる静牙を見て、そういえば、と晏珠は尋ねた。
「聞き忘れていたけれど、あなたは国の兵士なの?」
「ああ。俺は普段、王太子殿下の近衛をしている」
「近衛……だから、直接命令を受けたのね」
御鳥児を探してこいなどという命令は、余程信用のおける人間でないとできないだろう。普段から王太子に側仕えしているのなら、納得できる。
「王宮には先触れを送ってあるが、まず陛下に謁見することになる。王妃様や王太子殿下、神官長も同席する。それから、前任の御鳥児である俺の妹――泉玉とも顔を合わせることになるだろうな」
「……錚々たる顔ぶれね。予想してはいたけど」
ここまで来たら今更逃げるつもりはないが、ため息が漏れる。改めて、とんでもない事態になってしまったものだ。
肩を落とした晏珠を気遣ってか、静牙の声はいつもより柔らかい。
「心配するな。陛下も王妃様も、情が分かる方だ。王太子殿下は……少々前衛的な方ではあるが、悪い方ではない」
「……前衛的って、それ、誉め言葉なの?」
「常識や因習に囚われない、という意味ではな。だから、君のことも柔軟に考えてくれるだろう。それに、何より」
――俺は、君は本物の御鳥児だと確信している。
きっぱりと言い切った静牙に、迷いは微塵も感じられなかった。
「……静牙。この者が、新しい御鳥児か」
官吏や神官たちが並び立つ、静まり返った室内で叩頭した晏珠に届いたのは王の声だった。
自分ではなく静牙に話しかけられたことに幾分ほっとしつつ、汗が背中を伝う。事前に知らされていたとは言え、王族への謁見は、やはり尋常ではない緊張感を強いられる。
隣で膝を付いて頭を下げていた静牙が、「はい、陛下」と答えた。
「この通り、羽の徴が顕現しております」
「そのようだな。しかも、光っておる」
「はい。畏れ多いことですが……」
「鳥番も同時に見つかったということか。良き事だ」
王の言葉に、「ええ、誠に」と優しげな声が応える。王妃の永蓮が相槌を打ったのだろう。
「これで、無事に代替わりできますね」
「うむ。娘、面を上げよ」
促され、晏珠は顔を上げた。全員の視線が身体に突き刺さる。
「名は? 生まれはどこだ」
「……杜晏珠と申します。生まれは王都にございます」
「ほう。して、年齢は?」
来た。いよいよ。
晏珠はすうっと息を吸い込み、はっきりと言い切った。
「25になります」