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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
7 光の行方
59/75

7-2

 静牙を見送り、昼の祈りと食事を終えると、晏珠はひと息ついた。


 王宮では、そろそろ式が始まる頃だ。奥まった御鳥児の宮はいつも通り静かだが、外では王都の人々も浮足立っているだろう。王太子の正妃の輿入れとなれば、ちょっとしたお祭り状態だ。

 生家の酒楼にも、昼間から常連客が訪れて飲んでいるかもしれない。羽目を外しすぎなければ、少しくらいはいいだろう。何しろ、国を挙げてのめでたい日なのだから。


 少し考えて、晏珠は泉玉に祝いの文をしたためることにした。もちろん事前に祝意は伝えているし、友人として贈り物も送っているが、無事当日を迎えられたことを改めて祝いたかった。

 どのみち午後からは特に予定もない。翠芳や桜喜が尋ねてきてくれるかもしれないが、その時はその時だ。急ぎではないので、中断しても問題はない。


 筆と紙を用意しようと立ち上がった晏珠に、女官が「晏珠様」と声を掛けてきた。


「神官から、至急の文が届いております」

「至急……? 私に?」

「はい。先程持参されました。できるだけ早くお読みになるようにと」


 差し出された文を受け取ると、女官は頭を下げて退室していく。

 通常、御鳥児宛の文は一旦神官が預かり、何日分かをまとめて配達役が届けてくる。急ぎの場合は例外的に神官が自ら持ってくると聞いていたが、実際はこれが初めてだ。一体、何の知らせだろう。

 心を落ち着かせて文を開くと、信じられない文字が目に飛び込んできた。



「――えっ?! 父さんが倒れた?!」



 差出人は、家の近くの天主廟だった。酒楼の常連客が、何とかして晏珠に知らせてほしいと駆け込んできたという。


 肺の病を患っていた父の丹渓が倒れているのを、今朝店にやって来た常連客が発見した。すぐに医者を呼んだものの、意識はなく、状況は予断を許さない。御鳥児という役目は分かっているが、万が一ということもある。一旦帰宅できないか――そんな内容が、流麗な文字で記されていた。

 常連客は読み書きができない人も多いため、天主廟の神官が代筆してくれたようだ。


「そんな……父さん……」


 文を持つ手がぶるぶると震える。父は確かに持病があり、薬も飲んでいた。完治させる術はなく、少しずつ悪化していたのは事実である。

 けれど、まさかこれほど急に容態が変わるなんて。しかも、よりによってこんな日に。



 ――待って。これ、本当のことなの?



 疑いがちらりと掠めて、頭が少し冷えた。


 泉玉が王太子妃として後宮入りする日。鳥番の静牙も兄として参列するため、陽光宮を離れている。晏珠を亡き者をしようとする輩にとって、こんなに都合の良い日はそうそうないだろう。


 湖に落とされた例の一件以来、晏珠は宮の外には出ていない。王太子の計らいで、警備もかなり厳重になっていた。暗殺を目論む側にとっては、大層やりにくい状況であるはずだ。


 ならば。晏珠が、自分から外に出るよう仕向ければいい。

 それも、常時張り付いている静牙が不在の日に。


 護衛なら他にもいるが、王太子の近衛を務めていた静牙ほど腕が立つ男はそうはいない。御鳥児には武器こそ効かないが、捕らえてしまえば殺す方法などいくらでもあるのだ。現に先日、溺死させられそうになったのだから。



 ――この文が、もしも罠なら。のこのこ外に出て行くのは、間違いなく危険だ。



 誰かに頼んで、こっそり真偽を確かめてきてもらう手もある。が、信賴できる人物をどうやって見極めればいいのか。

 何と言っても今日は王太子の婚儀だ。神鎮めの儀の際に晏珠を護衛してくれた腕の立つ青年たちは、ほとんど皆王宮の護衛に充てられていると聞いている。今宮の外にいる護衛たちは、先程見た限りでは知らない顔触ればかりだった。


 それに、もし、自分が行かなかったら。

 父の名前を使っただけならばまだ良い。だが、既に刺客が差し向けられていて、父が人質に取られていたら? 罠を警戒して行かない選択をすれば、どうなるか分かったものではない。



 晏珠は唇を噛み締める。駄目だ。父の無事をこの目で確かめなければ、とても落ち着いていられない。



 事情が事情なだけに、神官に申請すれば外出の許可は下りるだろう。すると、晏珠が宮を出たことを朱角は把握できる。それはそれで危険だ。

 しかし、果耀のようにこっそり抜け出すのは相当困難である。宮から宮へ移動するだけならともかく、王宮の外に出る安全な道筋など、晏珠には見当も付かないのだから。



 ――くれぐれも気をつけろよ。



 心配げな表情で、後ろ髪を引かれるように出て行った静牙の姿が浮かぶ。


 ここで大人しくしていると、約束した。自分を軽んじるなと、何度も言われた。

 今から自分がしようとしていることを、彼が知ったら。きっと全力で引き留められる。馬鹿なことをするな、なぜ自分を呼ばなかった、と。叱られるくらいでは済まないかもしれない。


 けれど、行かないわけにはいかないのだ。

 たとえどんなに危険でも、罠の可能性が高いとしても。大切な家族を失ってしまうくらいなら。



「……ごめんね、静牙」



 許してくれなくてもいい。叱責も、怒りも、全て甘んじて受ける。だから、今は。



 ――正式に申請して。家に、戻る。



 手にした文を握りしめて、晏珠は覚悟を決めた。

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