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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
6 春待つ日々
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6-7

 やがて護衛の交代の時間が来たからと、二人は輝雪宮に戻っていった。

 晏珠は、果耀に貸していた肩掛けをそのまま持って行かせた。彼女は返すと言ったが、外はさっきよりも冷えている。それに。


「次に会う時、返してくれたらいいわ」


 言外に、また話そう、という気持ちを込めて言うと、果耀は嬉しそうに頷いてくれた。




「……無事に帰れたかしら、二人とも」


 寝床に横になって呟くと、脇に腰掛けた静牙が「大丈夫だろう」と答えた。


「登毘はまだ若いが、しっかりしている。果耀も見た目によらず、腹が据わっているようだしな」

「本当よ。まさかあそこから抜け出してくるなんて、驚いたわ」

「それだけ、君に会いたかったんだろうな。襲撃されたことを気にしていたんだろう」

「あの子たちのせいじゃ、ないのにね……」


 晏珠を宮の外に出すのに、神鎮めの儀は都合が良かった。それだけだ。果耀も利用されたようなもので、気にする必要はない。


「そうだな。だが、逆の立場なら君も同じように思ったんじゃないか?」


 静牙の言葉に、晏珠は黙る。確かに、自分なら絶対に気にする。できれば、直接会って謝りたいと思うに違いない。


「面と向かって謝罪できたことで、果耀も少しは心が軽くなっただろう。こんな夜に抜け出してくるのは危ないが……俺は、咎める気にはなれんな」

「……珍しいわね、静牙がそんなこと言うなんて」


 普段規則にうるさい静牙の意外な言葉に目を瞬かせると、彼は苦笑したようだった。


「果耀の境遇には、俺も同情しているからな。全く、神官長も何を考えているのか……」

「私に対する態度と真逆よね。どっちも嫌だけど」


 晏珠のことは外に出してまで殺そうとする一方、果耀のことはひたすら内に閉じ込める。ただ、向いている方向が逆なだけで、強く執着されているという点では同じだ。

 彼女も登毘も、朱角に過剰に保護されていることを気にしていた。当人たちが違和感を覚えるくらいだ。やはり、何かあるのだろう。


「もしかすると……御鳥児という存在に対して、確固たる理想でもあるのかもしれないな」

「理想……つまり、果耀はそれにぴったりで、私は外れてるってこと? 確かに、有り得る話ね」

「ああ。だが、神官長の理想が何だろうと、御鳥児は御鳥児だ。たとえ外れていようが、殺していいはずがない」

「そうよ。私に幻滅するのは勝手だけど、あの人の偏見で命を狙われちゃたまらないわ」


 御鳥児を選ぶのは天主様であって、決して神官長ではない。彼が何を追い求めているのか知らないが、晏珠からすればはた迷惑な話である。


「私だって、好きで選ばれたわけじゃないのに」

「……晏珠」

「ごめん。つい嫌気が差しちゃって」


 鳴鈴の動機にしたって、単なる逆恨みだ。それなのに、どうしてこちらが心苦しさを覚えなければならないのか。静牙を鳥番に選んだのは自分ではないのに。

 しかし、それを口に出したら静牙の立場がないだろう。本人を目の前にして言うことではない。


「……家に、帰りたいか?」

「え?」

「君が嫌になるのも分かる。理不尽に命を狙われれば、誰だって同じことを思うだろう」


 静牙は穏やかな目をして、労るように言った。


「御鳥児の役目を放棄することはできない。外出も、親が危篤になったとか――余程の場合を除いて許可は下りない。帰りたいと言っても、現実的には難しいだろう。だが、思うのは自由だし、今ここで口に出すのも自由だ」

「静牙……」

「君は、人の気持ちを引き出すのが上手い。皆、君の存在に救われただろう。でも、自分の気持ちはどうだ? ちゃんと大事にしているか?」


 ――自分の、気持ち。


 胸が苦しくなって、晏珠は思わず咳き込んだ。上半身を起こすと、静牙が背中を擦ってくれる。


「……してる、わよ。私、そんなに遠慮深い性格じゃないわ。知ってるでしょ?」

「君が物怖じしない性格なのは知っているが、気を遣わないわけじゃないだろう。それに、泉玉も言っていたが、君は時々己を軽んじるところがある」

「そんなこと……」

「自分では分からないだろうな。だが、傍から見ていると心配になるんだ」


 静牙の声は柔らかく、こちらを責める響きは全くなかった。


「言ったはずだぞ。困ったり、悩んだりしたら話してほしいと」

「静牙」

「今、聞いているのは俺だけだ。他の誰もいない。晏珠」


 促されるように肩を叩かれ、晏珠は俯いた。布団を握りしめて、唇を噛みしめる。


「……言ったら、本当に帰りたくなっちゃうじゃない。だから、言わないわ」

「そうか」

「何なのよ、もう。そもそも、あなたが私をここまで連れてきたんでしょう」


 ――もし、静牙に出会わなかったら。


 仮定の話に、意味はないと分かっている。徴を隠し通すのも限界はあっただろう。いずれ誰かに見咎められて、王宮に連れて来られた可能性は高い。

 けれど、考えてしまう。どうしても。


「あの夜、歌っていなかったら……私は、今頃どうしていたのかしら」

「晏珠……」

「あなたに会うこともなく、いつも通り酒楼で働いて……父さんと一緒にお客さんの話を聞いて」


 今は遠くなってしまった日常。確かに生活はぎりぎりだったし、辛いことももちろんあった。

 でも、命を狙われるなんてことはなかった。兵士から武器を向けられたり、真冬の湖に落とされたり。眠り薬を盛られて、襲われそうになったりはしなかった。


 変わり映えはない、けれど平穏な日々。それを一変させたのは、目の前にいる、この実直な青年だ。

 静牙が、自分を見つけて。御鳥児だと看破して。嫌だと言っても聞かずに王宮まで連れてきた。すべては、そこから始まった。


「あなたを、恨むことができたら、良かったのに……」

「恨んでいいぞ。君にはその権利がある」

「それができないから言ってるんでしょ、馬鹿……!」


 堪えていた涙が、とうとう溢れた。

 握った拳で広い胸を叩くが、びくともしない。それがますます悔しくて、晏珠は声を上げて嗚咽した。

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