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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
6 春待つ日々
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6-6

 突然の提案に、果耀は戸惑っている様子だった。


「でも、今……ここで歌ったりしたら、女官を起こしてしまうのでは」

「だよなぁ。果耀の歌声はよく通るし……もしそれで見つかったら、大騒ぎになるぞ?」


 登毘も心配そうにしているが、晏珠は「大丈夫よ」と笑った。


「歌は歌でも、子守唄だから」

「……子守唄、ですか?」

「そう。果耀は、子守唄なら知ってるのよね? これなら分かるんじゃないかしら」


 ――鳥よ 小鳥よ 今夜は月夜

 ――羽をおさめておやすみよ……


 ささやくように歌うと、静牙が目を丸くした。


「晏珠、それは……」

「ええ、あなたと会った時に歌ってた曲よ。どう? 果耀、この歌なら知ってる?」


 果耀は頬を紅潮させて、「はい」と答えた。


「いつも、弟たちに歌っていた子守唄です。懐かしい……」

「やっぱり、そうだと思った。有名な歌だもの。ね、これを今から一緒に歌ってみない? 小さな声で歌えば外には聞こえないわ」


 暁の歌でも良いが、あの歌は皆で朗々と歌い上げる曲だ。流石にこの場で歌ったら外に声が漏れてしまう。けれど、この子守唄なら。

 果耀は少し逡巡していたが、やがてこくりと首を縦に振った。


「……はい。それなら、歌えます」

「良かった。じゃあ、いくわよ。あなたの小さな弟や、妹たちを寝かしつけるつもりでね」


 果耀が再び頷いたのを見て、晏珠は微笑んた。二人で目配せをして、息を合わせる。



 ――鳥よ 小鳥よ 今夜は月夜

 ――羽をおさめておやすみよ


 ――ゆれて ゆられて 籠の中

 ――まもり まもられ 夢の中



 果耀の表情が柔らかく綻ぶ。彼女の歌は、ささやき声であってもやはり別格だった。登毘も、静牙も、微動だにせずに聞き入っている。



 ――愛し 愛らし かわいい子

 ――おいで この手に 抱かれて

 ――羽を伸ばしておやすみよ……



 慈しむような余韻を残して、短い子守唄は終わる。果耀はこの歌で、御鳥児であることを朱角に認めさせたのだ。


「わたし……誰かと一緒に歌うのは、初めてで。なんだか、心がとても暖かくなりました」

「そう、それなら良かったわ」

「本当は、ずっとこうしたかったのかもしれません。好きな歌を、好きな時に、楽しく歌いたかった……」


 果耀は満ち足りた表情を浮かべていた。

 家族と一緒にいたい。楽しく歌を歌いたい。そんな、ほんの些細な願いでさえ、彼女は今まですべて諦めてきた。そして今もなお、自由を大きく制限されている。


「果耀、あなたは御鳥児を終えたらどうしたい?」


 家や人買いから逃げてきて御鳥児になった彼女のことだ。引退してからも、家には戻れないだろう。元御鳥児などという立場になれば、親はまた高値で彼女を売ろうとするかもしれない。


 ――それでも、どうか。希望を持ってほしい。

 願っていい。望んでいいのだ。自身の未来を。


 晏珠の問いかけに、果耀は首を傾げた。


「御鳥児を、終えたら……ですか?」

「そう。今はまだ、想像するのが難しいかもしれないけど……いずれその時は必ず来るでしょう? やりたいことや、行きたい場所を考えてみてもいいんじゃないかしら」

「やりたいことや、行きたい場所……」


 果耀はしばらく思案して、登毘の方を見た。迷っているような様子に、登毘が大きく頷く。


「自分の希望なんだから、何言ったっていいんだよ。果耀」

「希望……そうですね。もし、叶うなら、ですが」


 躊躇いながらも、果耀は話し始める。


「御鳥児になってから、ずっと宮の中にいたので。ここから出たら、登毘みたいに旅をして……この国の色々な場所を見てみたい、です」

「いいわね。素敵な夢だわ」

「わたしは、生まれた村から出たことがありませんでした。登毘と、登毘のお父さんに助けられてここに辿り着くまで、本当に驚きの連続で……大変だったけど、楽しかったんです」


 懐かしむように目を細めた果耀に、登毘が笑って言った。


「果耀、意外と根性あるからな。一応逃げてる立場だったから、王都までは結構早足で来たんだけど、泣き言も言わずにちゃんと付いてきたし」

「そうなのね。すごいじゃない」

「うん。おれはさ、一緒に旅をして、果耀の歌を国中の皆に聞かせてやりたいって思うよ」


 登毘の表情は明るい。果耀を辛い環境から連れ出したのも、希望を抱かせたのも。そして、その夢を叶える力を持っているのも、まさにこの少年だ。彼らは出会うべくして出会った、運命的な繋がりなのだろう。


「きちんと役目を果たせって、親父に口を酸っぱくして言われたから、今は神官長のやり方に従ってるけど。徴が消えて引退したら、もう自由だ。どこにだって行けるし、何だってできる。そうだろ?」

「ええ、その通りね」

「御鳥児でなくなったって、果耀の歌声がすごいことには変わりない。おれと親父は旅芸人だけど、別に果耀の歌でお金を稼ぐとかじゃなくてさ。純粋に皆に聞いてほしいんだ」


 これほどの才能がある歌姫が閉じ込められて、神官や他の御鳥児の前でしか歌う機会がないのは、確かにあまりに勿体ないことかもしれない。

 今は天主様のために歌うのが役目だが、解放されたら誰のために歌っても良いのだ。たとえ朱角が何か画策していたとしても、従う理由はない。登毘や彼の父親と自由に旅をして、好きな歌を歌っている方が、絶対に楽しいだろう。


「……わたしを一緒に連れて行ってくれるの? 登毘」

「当然だろ。まずは親父の捜索からだな。おれたちを王宮に送り届けたら、さっさと一人で旅に行っちまったから」

「あら、随分自由なお父さんなのね」

「一箇所に留まっていられない性格なんだよ、あの親父は。だから、一緒に探してくれよな、果耀」


 登毘の言葉に、果耀は「ええ、もちろん」と嬉しそうに微笑んだ。

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