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軟禁、という言葉に晏珠は胸が痛んだ。そうだ。この少女は今、宮を抜け出してきているのだった。
「……そうね。他の御鳥児は、自由に外に出られるのに。果耀だけ閉じ込められるなんて変よね」
「あの神官長、一体何を怖がってるんだろうな。果耀の歌は確かにすごいけど、それだけなのに」
登毘は心底不思議そうに首を傾げる。自分の御鳥児をつかまえて「それだけ」とはよく言ったものだ。まだ年若いのに、妙に冷静なところのある少年である。
言われた果耀も特に気分を害することなく、登毘に同調した。
「わたしは、10才で御鳥児の徴が出ました。他の方よりは早かったのでしょう。でも、だからって特別だとは思っていません。わたしは雪鴒です。冬以外の季節は導けない……」
一人の力がどれほど強く突出していようと、受け持つ季節は一つだけだ。他の季節まで補えるわけではない。結局、四人揃っていないと、気は安定しないのだ。
「御鳥児は一時的な器です。いつか必ず次に譲る時が来ます。わたしの徴も、いずれは消える」
「そして、また次の御鳥児が選ばれる。……考えてみれば、天主様は移り変わるものを愛でておられるのよね。季節にせよ御鳥児にせよ」
御鳥児が次々変わっていくのは、単に天主様が若い少女の声を好むというだけではなく。もっと象徴的な意味があるのかもしれない。
「果耀はもう四年、御鳥児をやってる。あと何年務めることになるのか分からないけど……引退の時が来たら、神官長はどうするつもりなんだろうな?」
登毘の疑問に、静牙が「確かにな」と応じた。
「その時はあっさり守りを解くというなら、是非はともかく理屈は通る。特別な御鳥児だからこそ守っていた、ということだからな。だが……本当にそれで済むだろうか」
「おれも、それを心配してる。あいつ、引退後も何か理由を付けて、果耀を囲い込むつもりなんじゃないかって」
囲い込むとは、なんとも不穏な言い方だ。しかし、登毘がそんな雰囲気を感じ取るほどに強く、朱角は果耀に執着しているのだろう。
泉玉の話では、朱角は晏珠よりも10才ほど年上だという。神官長という役目のせいもあるだろうが、結婚はしていないと聞いている。果耀とは親子ほど年が離れているが、まさか連れ合いに望んでいるなんてことは……ないと思いたい。想像するだけで気色が悪くなってくる。
「晏珠も、就任の時に神官長となんか色々あったんだろ? 女官たちが噂してたけど」
「まあ、そうね。ほら、私は果耀と逆なのよ。年が行き過ぎてたから、やっぱり疑われたの。本物の御鳥児かどうか」
「そうか。じゃあ、果耀みたいに歌で認められたんだな?」
登毘の無邪気な質問に、晏珠は苦笑した。
「残念だけど、私はそんな簡単には行かなくてね。天主様の御加護を受けているかどうか、調べられたのよ」
「調べるって、どうやって?」
「御鳥児は武器の攻撃が弾かれるでしょう。それを確かめられたの。皆の目の前でね」
処女かどうか調べられそうになったことは、流石に言わなかった。だが、登毘は「ええ? 何だよそれ」と口を尖らせる。
「危ないことするよなあ。あの神官長、なんであんなに疑り深いんだろうな。徴が出てれば御鳥児に決まってるのに」
「武器を向けられるなんて、そんな怖いこと……判別するにしても、せめてわたしと同じ方法では駄目だったのでしょうか……?」
「むしろ、歌で納得させたあなたがすごいのよ、果耀。少しばかり歌が上手いくらいでは、あの人は認めないと思うわ」
果耀ほど神がかった歌唱力があれば、歌で疑いを捻じ伏せることも可能だったかもしれない。だが、晏珠にそこまでの才覚はないのだ。残念なことに。
「でも……わたしは、いつも晏珠様の歌声に、癒されてきました」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」
「宮の中にいても、音は聞こえます。風の音や、小鳥の声や、虫の鳴き声なんかも。わたしはそんな音に耳を澄ませるのが好きだったんですが、いつしか、晏珠様の歌がそこに加わりました」
「私の前には、誰も歌っていなかったの? 泉玉も時々歌っていたと聞いてるけど……」
御鳥児はやはり、あまり自分の宮から出ないものなのだろうか。部屋の中に閉じこもってばかりでは、気分が塞いでしまいそうだが。
尋ねた晏珠に、果耀は頷いた。
「泉玉様のお声も、時々聞こえました。でも、歌より、王太子殿下とお喋りされている方が多かったように思います。他の方のお声は……あまり、聞いたことはないですね」
「御鳥児って皆、大人しいのね。私は、皆で楽しく歌うのも好きなんだけど」
「ああ! そういえば、一度皆様で『暁の歌』を歌っていたことがありましたよね」
果耀が思い出したように言った。確かに、あの時も庭の東屋で歌っていた。聞こえていたとしても不思議ではない。
「あまり歌を知らないわたしでも、あの歌なら分かりました。桜喜様や翠芳様と一緒に歌っておられましたよね」
「ええ。鳥番も歌や笛で参加してくれたのよ」
「はい、聞こえていました。とても楽しそうで……わたしもつい、口ずさんでしまいました」
「正直、びっくりしたよ。おれたち、ここに来て四年経つけどさ。御鳥児が合唱してるなんて、初めてだったから。いいなぁって思ったよ」
――おれたちも、一緒に歌えたらいいのにな。
登毘がぽつりと零した言葉に、果耀が目を伏せる。宮から出られない少女にとって、それは口に出すことも憚られる願いなのだろう。今の時間ならともかく、昼間に堂々と宮の外に出るのは、人目があり過ぎて相当困難だ。
黙ってしまった二人に、晏珠は話しかけた。
「ねえ。それなら、今、歌ってみない?」
「えっ? 今……ですか?」
果耀が面食らったように、顔を上げた。




