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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
6 春待つ日々
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6-4

 衝撃的な話に、晏珠は言葉を失った。隣で聞いていた静牙も、顔を強張らせている。

 御鳥児に選ばれた娘を、金に替えようとするなど。いくら貧しくても、そんなことがあっていいのか。


「何てことを……大体その男、御鳥児を買い取って、一体どうするつもりだったんだ。どのみち王宮に出仕することになるし、国が金を出して買い取ることはないのに」

「話は途切れ途切れで、よく分かりませんでしたが……多分、どこかの貴族に高く買い取ってもらう、みたいなことを言っていたと思います」

「貴族に買い取らせるだと? 養女にして、その家から御鳥児に出すということか……?」


 静牙が顔をしかめて首を捻る。確かに、その可能性もなくはない。御鳥児に選ばれるのは名誉なことであり、家の評判も上がる。出世をもくろむ下級貴族なら、これ幸いと飛びつくかもしれない。

 だが、果耀は貧農の娘だ。いくら珍しい御鳥児と言っても、血筋を重んじる貴族が、果たしてすんなり養女に迎えるだろうか。


「静牙、養女ならまだいい方よ。私は……もっと悪い想像しかできないわ」


 おそらく、養女ではなく、妾として貴族に売るのではないか。まだ幼いので、妾候補という方が正確かもしれない。

 御鳥児として務めを果たした後、年頃になって引退してからが本番だ。希少な御鳥児を貴族の家の息子と娶せて、子を産ませる。そこまで見込んで、貴族に高額で売り付けるのだ。もちろん、身分差があるので正妻にはなり得ない。


「普通の御鳥児でさえ、選ばれると貴族や商家から妻に乞われるって、あなたも言ってたでしょう。きっと、それを狙ったのよ。人買いは」

「……嘆かわしい限りだな。そんなことが罷り通って良いはずがない。王太子殿下に報告しておこう」

「ええ、そうして。……果耀、ごめんなさいね。辛いことを思い出させてしまって」


 果耀がこんなに過酷な過去を抱えていたとは。何気なく好きな歌を聞いただけだったのに、かえって申し訳ないことをしてしまった。

 晏珠が謝ると、果耀は「いいえ」と首を振った。


「今まで、登毘以外に話したことはありませんでした。でも……晏珠様には、何故か自然と話してしまいます。不思議ですね」

「そう? あなたが嫌でなければ良いんだけど……」

「大丈夫です。むしろ、聞いてもらって少し楽になりました。それに、わたしは……登毘に助けてもらいましたから」

「登毘に?」


 床に胡座をかく小柄な鳥番を見ると、少年はにっと笑った。


「うん。おれには、果耀の声が聞こえたんだ」

「果耀の、声?」


 目を瞬かせると、果耀がこくりと頷いた。


「……わたしは、人買いの話を聞きながら寝床の中で泣いていました。明日になったら、きっと売られてしまう。兄や、弟や妹たちにも、もう会えないかもしれない。そう思うと、震えが止まらなくて」

「果耀……」

「布団に潜って、天主様に祈りました。助けてください、どうか助けてください、って。そうしたら、翌朝……登毘が現れたんです」


 思わず視線を向けると、登毘は「たまたま、近くを通り掛ったんだ」と話し始めた。


「おれは子供の頃から、親父と二人であちこち旅してたんだよ。大道芸とか楽器とかで日銭を稼ぎながらね」

「大道芸ってことは、あなたは旅芸人だったの?」

「おう。その日の晩は、ちょうど果耀の村の側の街道で野宿してた。でも、なーんか落ち着かなくってさ。何処からか、呼ばれてるような気がして」


 果耀も登毘も、一度も会ったことはなく。この時点では、お互いのことは全く知らなかったという。だが、それでも登毘は何かを感じ取ったのだ。


「だから、朝になって親父を説得した。村の方に行きたいって。行き先はいつも親父に任せてたから、驚いてたけど。そんなに言うならって、寄り道をしてくれた」

「そこで、果耀に出会ったのね?」

「うん。果耀は家の外で、水汲みをしてるところだった。一目見て分かったよ、おれを呼んだのはこの子だ、って」


 登毘が近付くと、果耀の首元の徴は光り輝いた。それを見た登毘の父は、すぐに事情を察したらしい。随分小さいが、この子は新しい御鳥児だ。お前は鳥番に選ばれたんだ、と息子に話したという。


「でも、果耀は悲しそうで。話を聞いたら、売り飛ばされそうになってるって言うだろ。おれ、びっくりしてさ。つい手を引っ張ったんだ。なら一緒に行こう、って」

「わたしも驚きましたが、気付いたら頷いていました。そこからは、登毘のお父さんに助けられながら、王都を目指したんです。家族には……それ以来会っていません。祝い金や生活費の申請はしましたから、届いているとは思いますが」


 金に目がくらんだ両親は、娘が居なくなったことに気付いて、何を思ったのだろう。

 儲け損なった人買いは激怒したかもしれず、腹いせに弟や妹を二束三文で買い取って、売り飛ばしたかもしれない。決して果耀が悪いわけではないが、複雑な表情を浮かべるのも理解できる。


「それで、王宮に辿り着いたのね?」

「はい。年齢が年齢なので最初は怪しまれましたが……試しに歌ってみるよう言われて。いつもの子守唄しか歌えませんでしたけど、それでもちゃんと認めてもらえました」

「あの神官長が、口を半開きにして驚いててさ。見物だったよ、あれは」


 登毘はくつくつと笑ったが、やがて肩をすくめて言った。


「まあ、その後、まさか軟禁されるとは思わなかったけど」


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