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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
6 春待つ日々
52/75

6-3

「……歌うと、怒る? ご両親が?」


 信じられない告白に、晏珠は呆然とする。

 何故。親は彼女の歌唱力が分からなかったのか。きっと、小さな頃から天賦の才を発揮していたに違いないのに。

 いや、それ以前の問題だ。上手かろうと下手だろうと、子供の歌にそこまで目くじらを立てるものだろうか。


「どうして……ご両親は歌がお嫌いだったの?」

「いいえ、そういうわけでは……多分、わたしの歌声が癪に障ったのだと思います」


 果耀は寂しげに首を振った。


「わたしの農民の生まれで……上に兄が一人、下には弟が二人、妹が二人いました」

「それは……大家族ね。大変だったでしょう」

「はい。とても貧しかったので、毎日子守をしながら畑仕事を手伝っていました」


 幼いうちから果耀は弟の手を引き、妹を背負って野良仕事をしていたという。貧しい農民は子供さえも貴重な労働力なのだ。よくあることと言えばそうだが、やはり心が痛む話である。


「野良仕事には歌が付き物です。大人たちは豊作を願って歌ったり、収穫をしながら歌ったりします。わたしはそれをよく真似て、家で口ずさんでいました。でも……父も母も、とても嫌がりました」



 ――やめな! お前の声を聞いていると無性に苛々するんだよ!

 ――どうせ歌うなら、辻で歌って金でも稼いでこい! そのくらいできるだろう!



 母親には怒鳴り付けられ、酒浸りの父親はそんなことを言って果耀を外に追い出したという。


「わたしは、あまり畑仕事が得意ではなくて……水をやりすぎて苗を枯らしたこともあるし、摘み取った実を川に流してしまったこともあります。両親からは叱られてばかりで、役立たずの穀潰しだと言われていました」

「穀潰しって……あなたはまだ子供だったでしょう。多少の失敗は誰にでもあるわ」

「兄や、同い年の他の子供たちは、立派に働いていたんです。だから、そう言われても仕方ないと思っていました。野良仕事が下手なら、歌で稼いでこいと言われるのも……」


 果耀の目が悲しそうに揺れる。仕事をしては叱られ、家で歌っては叱られ、彼女に心休まる時はあったのだろうか。


「辻に立って、歌ってみようとしたこともあります。けれど、道行く人にじろじろ見られるのがとても怖くて……うまく声が出ませんでした」

「果耀……あなた、そんなことまで?」

「もっと貧しい家では、子供が売られたりもしていました。もし、弟や妹たちが売られてしまったらと思うと……居ても立っても居られなくて」

「弟さんたちを、可愛がっていたのね」


 はい、と果耀はやっと微笑んだ。


「わたし、子供が好きなんです。弟も妹もよく懐いてくれたし、一緒に近所の子供たちの面倒も見ていました」

「それも立派な仕事じゃない。おかげで大人たちは安心して野良仕事ができるのよ?」

「そう、かもしれませんね。両親も、子守唄だけは歌っても怒りませんでした。夜になると弟と妹を寝床に集めて、いつも歌って寝かせていたんです」


 果耀自身、まだ子供と言っていい年齢だ。弟や妹と言っても、いくつも離れていなかっただろう。

 それなのに、大人並みの働きを期待され、親の役目を担わされて。子供として振る舞うことは、彼女には許されなかった。好きな歌を自由に口ずさむことさえも。


「御鳥児の徴も、最初に気づいたのは弟たちでした。首に何か付いてる、と言うので見てみたら……びっくりしました。御鳥児って、伝説みたいなものだと思ってたんです。周りで選ばれた人は誰もいませんでしたし」

「分かるわ。私も驚いたもの。しばらく信じられなくて、隠して生活してたくらいよ」

「わたしも隠していました。両親に見られたら、また叱られるんじゃないかって」


 娘に御鳥児の徴が出たら、喜ぶ親の方が圧倒的に多いだろう。だが、果耀はそうは思わなかった。歌を口ずさむだけで叱られるような環境にいたのだ。怯えて隠してしまうのも無理はない。


「結局は見つかってしまったんですが、両親は最初、御鳥児として名乗りを上げることを渋っていました。『半人前でも、働き手が取られるのは困る』って」

「半人前って、そんな……でも、祝い金や生活費が出るでしょう?」

「それだけでは足りないと思ったみたいです。それに、晏珠様が言われた通り、子守の人手がいなくなるのは困るのでしょう。弟たちのことを考えると……わたしも、行きたくありませんでした」


 果耀の親は、子供のことを労働力としてしか見ていない。いよいよ食べるものがなくなったら、弟や妹たちが売り飛ばされてしまうかもしれないのだ。果耀が心配するのも最もだった。


「じゃあ、徴が出てもしばらくはお家にいたのね?」

「はい。でも、ある晩……両親が、知らない男の人と話しているのを聞いてしまいました」



 ――10才の御鳥児なんて、聞いたことがねえ。こいつは希少だぜ。間違いなく良い値がつくぞ。



「えっ? それって、まさか……」


 絶句した晏珠に、果耀が重々しく頷いた。


「人買い、でした。両親は……わたしを売ろうとしたんです」


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