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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
1 晩夏の出会い
5/75

1-5

 静牙の言葉に、晏珠は首元の徴を指でそっと撫でた。


「それで、離れると光らなくなるのね……」


 昨晩、静牙と離れて自室に戻ると、徴の光は嘘のように消えた。そうして朝、再び彼のそばに立つと光り出した。それが、こんな理由だったとは。

 想像をはるかに超えた物騒な話に、鳥肌が立つ。早くも後悔がよぎり始めた晏珠に、静牙は幾分口調を和らげて言った。


「まあ、俺もまさか自分が鳥番だとは思っていなかったが」

「えっ? あなた、鳥番だから御鳥児を探しに来ていたんじゃないの?」


 確か、王太子から御鳥児探しを命じられていると言っていなかったか。今の話を聞く限り、鳥番だから直々に命令されたと考えるのが自然だろうに。


「いや。鳥番には、御鳥児のような一目で分かるような徴は何もない。御鳥児の羽の徴が光って、初めて自分がそうだと分かる」

「……じゃあ、鳥番の自覚もないまま、闇雲に御鳥児を探してたってこと? よく見つけられたわね」


 気の遠くなるような話だ。国に一体、何人の年頃の娘がいると思っているのか。何の当てもなく町中を彷徨うつもりだったのだろうか。

 はっきりと呆れた晏珠に、静牙は肩をすくめた。


「そうなるな。……まあ、王太子殿下もさすがに俺一人を捜索に向かわせたわけじゃない。他にも命じられた者はいるし、各地方にも捜索の命令が出ている」

「……どうして、そこまでするの」


 自分が名乗り出なかったという負い目から、つい小声になってしまった晏珠に、静牙は「当たり前だろう」と返した。


「御鳥児は、すぐに名乗り出てくることがほとんどだからな。それが、お触れが出て10日経ってもまだ国中のどこからも声が上がらない。もしや何かあったのかと、心配されて当然だ」

「……そう、だったのね」

「御鳥児の力は悪用されると危険だと、さっきも話しただろう。羽ノ国はもう何百年も安定した治世が続いているが、国境では隣国との小競り合いは起こっている。もし他国の密偵に攫われて、その身を盾に脅されでもしたら、国の一大事だからな」


 熱を込めて話す静牙に、晏珠はさすがに罪悪感を覚えた。何かの間違いに違いないと言い聞かせ、勝手な判断で名乗り出なかったのは自分だ。

 本当に自分が御鳥児なのか、正直なところまだ実感はない。だが、早めに名乗り出て判断を仰いでいたら、静牙を含め大勢の人数が動かされることはなかっただろう。王太子の命令と聞いた時には驚いたが、国にとってはそれほどの大事なのだ。御鳥児の身の安全は。


「……まあ、殿下が捜索を急がせたのは別の理由もあると思うが」

「え?」

「いや、すまない。こっちの話だ」


 わずかに苦笑した静牙は、少しばかり萎れた晏珠に言った。


「そういうわけで、俺が君を見つけたのはほとんど偶然だ。多少町中で聞き込みはしたが、めぼしい成果もなかったしな。そろそろ今日の宿に戻るかと思っていたところで――君の歌が、聞こえた」

「……よく聞こえたわね。そんなに大声では歌っていないはずなんだけど」


 あの時歌っていたのは、母親が幼子をあやしながら歌う子守唄だ。一応人に聞かせるために多少声を張ってはいたが、元々は囁くように歌う曲である。晏珠の家は大通りからはかなり外れていることもあり、まさか店の外にまで聞こえているとは全く思っていなかったのに。

 首を傾げた晏珠には、静牙は「そうだな」と頷く。


「今思えば俺も不思議だが、あの時は確かに聞こえた。それで足を向けたら、酒楼の中で君が歌っていて……何故だろうな。ああ、見つけた、と思った」

「そう……」

「近付いたら羽の徴が光り出したのには驚いたが、おかげで確信が持てた。君は徴を隠していたからな」

「……驚いてたようには見えなかったんだけど」


 むしろ自分が一人で狼狽していたと言ってもいい。驚いたのならもっと驚いた顔をすればいいものを。とにかく表情が硬いのだ、この青年は。

 晏珠が零すと、静牙は顎を撫でた。

 

「すまん。顔が怖いからもっと笑えと妹にも言われるんだが、難しいものだな」

「え?! あなた、妹がいるの?」


 妹。この人の妹ということは、五名家の令嬢ということだ。一体どんな少女なのだろう。静牙は上背があるが、妹もやはり背が高く凛としているのだろうか。それともお嬢様らしく、ふんわりと可愛らしい少女なのだろうか。

 想像を巡らせる晏珠に、静牙は涼しい顔で言い放った。


「ああ。妹は、君の前任だ」

「……へ? 前任?」

「そうだ。最近まで、夏の御鳥児――光鴒を務めていた」


 静牙の妹が、前任。

 夏の御鳥児――光鴒。


「ちょっと待って……情報が多すぎて眩暈がしてきたんだけど」

「眩暈? 大丈夫か?」

「あなたのせいなんだけど?!」


 もう嫌だ。やっぱり帰りたい、と晏珠は頭を抱えた。

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