5-11
「それは……どういうことですか?」
嫉妬心から自分を殺そうとするほど、静牙との結婚を強く望んでいるなら。恋心があるのは明らかではないのか。
だが、彩鈴は物憂げな顔で答えた。
「鳴鈴は幼い頃から、王太子殿下の妃になるべく育てられてきました。しかし、殿下は早々に泉玉様を正妃とすると決められて、さらには御鳥児と鳥番という揺るぎない絆で結ばれた。おそらく、あの子はそれに耐えられなかったのです」
「……自分が一番になれないから、ですか?」
「はい。今からどんなに努力しても、泉玉様には敵わない。惨めな状況で後宮に入るくらいなら、自分を一番にしてくれそうな人に嫁ぎたい……そう思ったのではないかと」
「すると、静牙がそのお眼鏡に叶ったということですね」
この人なら自分を一番大事にしてくれる、と。彼女に思わせるような行動でもあったのだろうか。
しかし、当の静牙は首を傾げていた。
「そんなつもりは全くなかったが……」
「……あなたのことだから、自覚なく優しくしたんじゃないの? 罪作りね」
「何でそうなる。俺がそんな器用な男に見えるか?」
「器用とか不器用とかじゃなくて。普段との落差が大きい分、期待させちゃうんじゃないかってことよ」
晏珠と静牙が言い合っていると、燕月が「まあ、落ち着け」と仲裁に入ってきた。
「とにかく、鳴鈴は静牙に執着してるってことだ。調家の令嬢なら、いくらでも嫁ぎ先はあるだろうに。今更他の男に乗り換えるのも、負けた気になるのかもしれないな」
「理由はどうあれ、妹が暴走しているのは確かです。誰かが諌められたら良いのですが、あの子はわたくしの忠告など聞きませんし、両親もどこまで把握しているのか……。この場をお借りして、お二人にはお詫び申し上げます」
深々と頭を下げた彩鈴に、晏珠は慌てる。彩鈴が謝る必要は全くない。
「とんでもない。お話して下さって助かりました、事情はよく分かりましたので」
「力及ばず、申し訳ありません。今は、妹がこれ以上、悪事に手を染めることがないよう祈るばかりです。今後何か情報が得られれば、すぐに殿下にお伝えしますので」
どうやら、彩鈴は晏珠たちに全面的に協力してくれるらしい。ともすれば家や妹の意向に反することになる上、鳴鈴が罪に問われたら自身の地位も危ぶまれるはずなのに。
感情に流されず、正道を見失わない、強く賢い女性だ。基本的に泉玉しか目に入っていない燕月も、彩鈴のことは一人の人間として信頼しているのだろう。
その彩鈴は顔を上げて、晏珠にふっと笑いかけた。
「それにしても……静牙様が、ここまで表情が豊かな方だとは存じ上げませんでした。きっと、晏珠様のお力ですね」
「えっ? 静牙が、表情豊か?」
「ええ。こういう言い方は失礼かもしれませんが。あなたと話している時の静牙様は、とても人間らしく見えます」
思わず、晏珠はまじまじと静牙を見つめた。この表情筋が凍りついているような男が、表情豊かなどと称されるとは。
「いつも通りに見えますけど……もしそうだとしたら、彩鈴様がおられたからでは?」
「……あら。これは静牙様も苦労されますわね」
「それは間違いないな。頑張れよ、静牙。安心しろ、まだ時間はたっぷりある」
「……何の話ですか、まったく」
彩鈴と燕月に笑われて、静牙が嘆息する。その顔は、少しばかり赤くなっているように見えた。
病み上がりの体に障るからと、早めに引き上げていった二人を見送った後、晏珠は寝所で横になった。たったこれだけで疲れてしまうとは、やはり一度死にかけたという事実は侮れない。体にかなりの負担がかかったのだろう。
「……素敵な方だったわね、彩鈴様」
隣に座った静牙に話しかけると、「そうだな」と柔らかな答えが返ってきた。
「殿下も、泉玉とは別の形で、彩鈴様のことは大切にしておられる。色々な経緯があったようだが……あの方が側室に入られたことは、国のためには良かったんだろう」
「そうね。でも……」
――あなたは、本当に良かったの。
聞きかけたが、途中でやめた。静牙は多分、「良かった」としか言わない。たとえ本心がどうであれ。
彩鈴は、静牙の婚約者を外されたことにそこまで頓着していない様子だった。しかし、静牙はどうだったのだろう。
異性としては、あまり意識していなかったかもしれない。だが、少なくとも、彼なりに結婚を真剣に考えた相手だ。一度は婚約を決めた相手が王太子に嫁ぐことになった時、本当に何も思わなかったのか。
それに、鳴鈴の動機は少しずつ分かってきたが、朱角の方はどうなのか。
彼にもまた、何か強いわだかまりがあるのだろうか。御鳥児になるまで縁もゆかりもなかった自分を、執拗に殺そうとするほどの、何かが。
今考えても仕方ないことなのに、嫌な思考の渦を止められない。体の不調もせいもあるが、自分が強い悪意を向けられていることを痛感させられれば、流石に精神的に参る。
晏珠は目を閉じて、深く息を吐いた。
「ごめんなさい……少し、眠ってもいい?」
「ああ。ゆっくり寝てくれ。俺はここにいるから」
静牙の声は優しくて、何だか泣きたくなる。夢うつつで、晏珠は呟いた。
「行かないで、ね、静牙……」
彼を縛り付けているのは、自分だと分かっている。
自分が御鳥児にならなければ、朱角も、そして鳴鈴も。きっと、こんなことにはならなかった。
自分がいなくなれば、全部解決する。そんな思いが常に心の片隅にあり、ずっと晏珠を苦しませている。
けれど、思ってしまう。願ってしまう。
――ここにいて。一人にしないで、と。
布団の上に投げ出された手が、温かなもので包まれる。どうやら、静牙が手を握ってくれたようだ。何か言われたような気もするが、もう、よく聞こえない。
与えられた温もりに安堵して、晏珠はとろとろと眠りに落ちていった。




